NHK放送100年の特集が問いかけた「メディアの本当の役割」とは|2025年3月23日放送まとめ
2025年3月23日(日)の夜、NHK総合で放送された特集番組『メディアが私たちをつくってきた!?』は、放送100年という大きな節目にあわせて、私たちとメディアとの関係を改めて見つめ直す内容でした。放送は23時から0時15分までの75分間。小野文恵アナウンサーの司会のもと、政治学者の姜尚中さん、作家の平野啓一郎さん、タレントのアンジェリーナ1/3さんが出演し、時代ごとにメディアが果たしてきた役割を、映像資料や研究結果とともに解説していきました。テーマは、「放送はわたしたちに何を伝えてきたのか」、そして「これから放送はどうあるべきか」。ラジオの誕生から現代のSNS時代まで、メディアの進化と私たちの意識の変化を丁寧にたどり、未来へのヒントを探る番組でした。
ラジオ放送の始まりと変化:夢の箱が戦意高揚の道具に
1925年、日本で初めてラジオ放送がスタートしました。当時は「夢の箱」とも呼ばれ、人々に新しい世界を届ける存在でした。放送の初期には、「平和」「教養」「欧米との貿易」など、社会に役立つ知識や情報を伝える番組が中心でしたが、時代が進むとその内容が大きく変わっていきます。
・1930年代後半には、「アジア」「資源」といったキーワードが番組に多く登場
・1933年頃からは「軍事」や「娯楽」へと放送内容が変化
・街頭ラジオが普及し、人々がニュースを共有する空間が生まれた
1937年以降、満州事変や国家総動員法の成立を機に、ラジオは政府の情報操作の道具に変貌しました。ナチスの宣伝戦略を参考に、政府の役人や軍人が放送局に入り込み、ラジオは国民の意識を操作するために使われました。それまでの放送は淡々とした読み上げ方でしたが、次第に「雄たけび調」と呼ばれる感情的な語り方が使われ、人々の心を動かす演出が始まりました。早稲田大学の研究でも、音声の調子が聞き手の感情に強く影響することが明らかになっており、メディアが感情に訴える力を持っていることが科学的にも裏付けられています。
テレビの登場と「市民の議論の場」の誕生
1953年、テレビ放送が始まりました。1960年代には多くの家庭にテレビが設置され、茶の間で家族そろって番組を見る文化が広がっていきます。ラジオと違い、映像と音声の両方を使って情報を伝えるテレビは、より直接的に人々の心に訴えるメディアとして強い影響力を持つようになりました。
・NHKの「日本の素顔」など、社会の実情を伝えるドキュメンタリーが人気に
・CMの増加により、民放局では広告との関係も強くなった
・放送局の中に広告代理店の担当者が入るなど、経済とメディアが結びついていく
一方で、テレビは社会問題にも正面から向き合いました。1950年代以降、日本各地で公害が深刻化する中、テレビはその実態をいち早く伝え、国民の関心を高める重要な役割を果たしました。とくに「水俣病」の報道では、企業と行政の責任を明らかにし、被害者の声を全国に届けました。NHKのドキュメンタリー「埋もれた報告」は、公文書を通して長年の隠ぺいを明らかにし、公共放送の使命を体現した番組として高く評価されています。
取材を担当したディレクター・大治浩之輔さんは、胎児性水俣病の患者の声に耳を傾けるなかで、自分の取材姿勢を見つめ直したと語っています。法政大学の小林教授は、こうした経験を通してテレビ自身が「公共とは何か」を学び、育っていったのではないかと分析しました。
ワイドショーの時代と“感情”を軸にした放送の進化
1980年代に入ると、テレビは次のステージに進みます。フジテレビの「3時のあなた」など、ワイドショー番組が次々と放送され、視聴率を競う時代に突入しました。芸能スキャンダルや事件、動物の話題など、日常の話題を取り上げることで視聴者の感情に訴える構成が特徴となりました。
・テレビカメラがフィルムからビデオへと変わり、速報性が向上
・視聴率データがリアルタイムで得られるようになり、番組内容も敏感に変化
・リポーターの登場や、テロップの手書き風デザインなど、感情表現が強化
人の脳は「理屈より感情を処理する方がエネルギーが少なくて済む」と言われています。ワイドショーはその特性を活かして、難しい内容でも視聴者が理解しやすいよう工夫し、メディアが“わかりやすく伝える”努力をしていたことがわかります。
NHKスペシャル「電子立国 日本の自叙伝」では、ディレクター自らが出演し、模型や実物を使って解説するという、当時としては革新的な手法も取り入れられました。
インターネットとSNS時代の到来、そして分断の始まり
1990年代後半からインターネットが急速に広まりました。市民が自由に情報を発信できるようになり、世界中で草の根的な民主主義の実現に期待が高まりました。たとえば、ある企業が芸術家に不当な圧力をかけた際、その情報が瞬く間に世界中に広まり、ボイコット運動が企業に圧力を与えるなど、市民が社会を動かす力が現実になったのです。
しかし、時代が進むにつれ、SNSの登場がメディアの性質を大きく変えていきます。
・アルゴリズムにより、好みの情報ばかりが表示され、意見の多様性が失われる
・「いいね」や「シェア」が情報の価値を決めるようになり、本質から遠ざかる傾向
・短い動画やテキストに人気が集中し、深い内容が敬遠されがち
情報の洪水の中で、正しい情報を見つけることが難しくなり、フェイクニュースや誤情報の拡散が問題になっています。SNSは阪神・淡路大震災と東日本大震災の情報伝達にも大きな影響を与えましたが、使い方を誤れば、中毒性のある危険なメディアにもなりかねません。
テレビがこれから果たすべき「公共」の役割とは
SNSが主流となった今でも、テレビには全国一斉に正確な情報を届ける力があります。災害時や選挙、社会的事件の際には、信頼できる情報源として多くの人がテレビに注目します。番組内でも「SNSの時代だからこそ、テレビには“共通の土台”を作る役割がある」と指摘されました。
姜尚中さんは「公共は国家ではなく、一人ひとりから始まる」と語り、平野啓一郎さんは「第三者による客観的な報道があってこそ、議論が成り立つ」と話していました。テレビは感情と理屈の両方に訴え、社会のバランスを保つ大切な存在であり続けることが求められています。
今回の番組は、過去100年のメディアの歩みを深く掘り下げながら、これからの100年に向けて私たちがどうメディアと関わるべきかを問いかけるものでした。今後も、テレビが社会とつながる「公共の広場」として、信頼と責任を持ち続けることが大切です。私たち一人ひとりが、受け取る情報の意味を考え、賢く選び取る意識を持つことが、未来のメディアをよりよいものにする第一歩なのかもしれません。
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