ゴジラと35人の海賊〜アカデミー賞への道 特別編〜
2025年6月21日放送のNHK『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜』では、「ゴジラと35人の海賊〜アカデミー賞への道 特別編〜」と題して、映画『ゴジラ-1.0』がアカデミー賞を受賞するまでの知られざる挑戦の道のりが描かれました。小さなスタジオから始まった夢が、どのようにして世界の頂点に届いたのか。仲間との絆と情熱に満ちた航海の記録が紹介されました。
日本VFXの出遅れと最初の仲間たち
1986年の日本では、映画に使うVFX(視覚効果)の技術がハリウッドに比べて20年も遅れているといわれていました。コンピューターで映像を作る技術を教えてくれる人もおらず、機材も情報も限られていて、手探りで学ぶしかありませんでした。そんな中、山崎貴さんは「映画を作りたい」という情熱を持ち、同じ夢を抱いたわずか5人の仲間たちとチームを結成しました。
最初は理想ばかりが先行し、なかなか結果が出せない時期も続きました。ですが、努力の積み重ねにより、2000年公開の『ジュブナイル』で監督デビューを果たします。この作品はCGで宇宙船やロボットを描いた意欲作であり、VFXの新たな可能性を日本で示すきっかけとなりました。
その後、昭和30年代の町並みを再現した『ALWAYS 三丁目の夕日』が大ヒットします。実際に町を建てるのではなく、背景や建物の一部をVFXで再現したことで、多くの観客に感動と懐かしさを届けました。
この成功がきっかけとなり、山崎監督のもとにはさらに多くのスタッフが集まりました。「この船に乗せてくれ」と自ら名乗りをあげる仲間たちが現れ、チームは次第に大きくなっていきました。
以下のような人たちが加わっていきました。
・VFXに強い憧れを持ち、自主制作で学んできた若者
・手描きアニメ出身で、映像表現の幅を広げたいと考えたベテラン
・ゲーム業界で培ったCG技術を映画に活かしたいと転身してきた人材
このように、それぞれ異なる背景を持ちながらも、「良い映画を作りたい」という思いでつながった仲間たちがチームを形作っていきました。設備も人手も限られた環境で、彼らは少しずつ技術を学び合い、互いを支えながら前に進みました。こうして生まれたチームが、のちにアカデミー賞を受賞する『ゴジラ-1.0』制作へとつながる出発点となったのです。
初のゴジラ表現とVFXへの挑戦
2007年、日本映画において初めてVFXを使ってゴジラが街を破壊するシーンが制作されました。それは特撮ではなく、CGで巨大怪獣を動かすという新たな試みでした。しかしこの挑戦は、技術的な限界や経験不足によって、まだ完成度の面で課題が多く、VFXの“未熟さ”をはっきりと露呈するものでもありました。
それでも山崎監督と仲間たちは歩みを止めず、次の作品へと挑戦を続けます。『ALWAYS 続・三丁目の夕日』では、より精密な背景描写や自然な光の表現に力を注ぎ、町並みの質感が一段とリアルになりました。また、2010年公開の『SPACE BATTLESHIP ヤマト』では、宇宙空間を舞台にした壮大な戦闘シーンをCGで再現するという大きなステップに挑みました。
この作品では、
・宇宙空間でのリアルな光と影の再現
・ヤマトの質感やメカの重量感を意識したCG処理
・爆発やエネルギー波などの特殊効果演出
といった要素が取り入れられ、日本のVFXが大作映画にも対応できることを証明する重要な一歩となりました。
こうした経験の積み重ねが、後の『ゴジラ-1.0』へとつながり、仲間たちは「よりリアルに」「より迫力をもって」表現する技術と目を養っていきました。1本1本の映画制作が、実践と成長の場となり、それが結果として国際的な評価へとつながっていったのです。
仲間との絆と支え合い
映画『ゴジラ-1.0』の制作現場では、技術的な困難だけでなく、一人ひとりの人生の背景や心の葛藤も交錯していました。スタッフの一人である佐藤さんも、そのひとりです。東日本大震災を経験し、さらに母親を病気で亡くすという深い悲しみを抱えながら、このチームに加わりました。
入社直後は、自分の居場所をうまく見つけられず、周囲の空気になじめずに悩む日々が続いたといいます。しかし、プロジェクトが進むにつれて、職場には次第に誰もが率直に意見を出し合える風通しの良い雰囲気が生まれていきました。立場や経験に関係なく、皆が同じ方向を向いて、映画づくりに向き合うことで、佐藤さんも少しずつ仲間の輪の中へと溶け込んでいきました。
作業が本格化すると、VFXによって生まれる膨大なデータがサーバーを圧迫し、限界寸前にまで達する状況に陥りました。映像一つひとつの質にこだわった結果、処理にかかる負担も想定を上回るものになっていたのです。作業は過酷を極め、スタッフの間にも疲労と緊張が積み重なっていきました。
そんなとき、山崎監督が口にした「失敗するならこの仲間で」という言葉が、現場全体に大きな安心感をもたらしました。責任を押しつけ合うのではなく、一緒に挑み、一緒に乗り越えるという姿勢がそこにはありました。
・ミスや遅れがあっても、責めるのではなくカバーし合う
・互いの得意分野を生かして補い合う作業分担
・大変なときほど、黙って手を差し伸べる空気
こうした支え合いの精神が、現場の基盤となっていきました。ただ映画を作るだけではない、信頼でつながるチームだからこそ、難しい挑戦にも立ち向かうことができたのです。それはまるで、大海原に出た35人の乗組員が、一隻の船を全員で進めていく航海のような姿でした。
試写会からアカデミー賞へ
2023年3月、『ゴジラ-1.0』の制作を支えてきた35人のスタッフたちは、ついに完成した作品を試写で披露する日を迎えました。膨大なデータ処理や精密なVFXの積み重ねによって形づくられた映像は、スクリーンに映し出され、スタッフ一人ひとりの努力が結実した瞬間でもありました。
この試写を経て、映画は無事に全国公開へとこぎつけます。そしてその約2か月後、チームにアカデミー賞視覚効果賞のノミネートの可能性があるという驚きのニュースが届きました。これは、日本映画界にとっても極めて珍しく、希望に満ちた知らせでした。
しかしその一方で、授賞式の舞台に並ぶライバルは、桁違いの予算を投入して製作されたハリウッドの大作ばかり。通常なら数百人、場合によっては1000人規模のスタッフで構成されるVFXチームが相手です。それに対して『ゴジラ-1.0』の制作チームはたった35人。しかもスタート時点ではわずか5人の海賊たちから始まった物語です。
・限られた人数
・限られた予算
・日本独自の制作環境
それでも彼らは“自分たちのやり方”を貫きました。試写や公開後の反応に一喜一憂せず、日々積み上げた技術と表現が世界に届くことを信じて静かに結果を待ちました。
受賞が決まるその日、スタジオでは全員が中継映像を見守っていました。発表の瞬間、喜びが爆発したのは言うまでもありません。最初は誰も知らなかった、小さなスタジオの海賊たちが、世界最高峰の舞台に名を刻んだのです。これは、個々の力と仲間の支え合いによって築かれた、ひとつの大きな奇跡のような瞬間でした。
世界を驚かせた受賞とこれからの航海
最後に訪れたのは、スタジオの心臓部であるサーバー室。山崎さんと早川さんは同期として長年ともに船を進めてきた仲間です。『ゴジラ-1.0』がアカデミー視覚効果賞を受賞したことで、世界にその名を刻むことになりました。授賞式にはスタジオ内で選ばれた4人が参加。35人の海賊たちは、それぞれの持ち場で光を放ち、まだまだ続く航海の先に、新たな夢を見て進み続けています。
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