医療事故100件超の“告発”が動かした現実とは
2025年4月21日に放送されたNHK『クローズアップ現代』では、医療事故に関する100件以上の告発が社会を動かし始めている現実に迫りました。前回2024年11月の放送がきっかけとなり、視聴者や関係者から寄せられた声をもとに、医療現場で起きている深刻な問題、そして制度の限界について深く掘り下げました。遺族の証言、制度の仕組み、行政の対応、さらには改善へ向かう病院の取り組みまで、番組で紹介されたすべての内容をまとめてお届けします。
100件を超える“医療事故”の告発が寄せられた理由
番組は、冒頭で「なぜこれほどの数の告発が届いたのか」という問いかけから始まりました。前回の放送で取り上げられた、医療事故を繰り返す一部の医師の実態が、多くの視聴者にとって他人事ではなかったのです。NHKには、その後わずか数日で100件以上の情報が寄せられ、その多くが「自分の家族も同じような目に遭った」という内容でした。
告発の中で最も注目を集めたのが、東京都にある日本大学医学部附属板橋病院での事例です。大学生だった今井杏海さんは、「伝染性単核球症」と診断され入院。退院予定日に発熱が続いていたものの、「大丈夫」という言葉だけで帰宅を促されました。その後、激しい腹痛と嘔吐に苦しみ再入院したときにはすでに重篤状態となり、約10日後に亡くなりました。
遺族は、医療事故調査制度に基づいて調査を実施すると病院から説明を受けましたが、それ以降、調査の進捗について一切の連絡がないまま現在に至っていると訴えます。制度上、遺族に調査内容を逐一報告する義務がなく、病院側の裁量に委ねられていることが問題視されました。
医療事故調査制度の“穴”とは何か
医療事故調査制度は、2015年に導入された制度で、目的は責任の追及ではなく、再発防止のための原因究明です。しかし番組では、制度の運用面に深刻な課題があることが繰り返し指摘されました。
取材に応じた医師や関係者の証言によれば、制度の大きな問題点として以下の点があげられています。
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事故かどうかを判断するのは病院自身である
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制度の対象が「死亡事例」に限られている
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病院が事故を認めなければ制度の対象外となる
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遺族や患者に対して調査の進捗報告義務がない
ある医師は、8件の医療事故に関わったとして兵庫県で在宅起訴されました。この医師の問題が広く知られるようになったきっかけは、被害者遺族がWEB漫画の形で経緯を公開したことでした。このケースも死亡事例ではなく、脊髄の神経を切断されたという深刻な事故であったにもかかわらず、制度の対象外として放置されていました。
さらに京都第一赤十字病院では、開頭手術の際に本来摘出すべき腫瘍ではなく正常な組織を誤って切除するミスが起き、患者は後遺症に苦しむことになりました。にもかかわらず、病院側はミスを明確に説明せず、患者が真相を知ったのは1年後に雑誌で報じられた取材記事を読んだときでした。
なぜ制度は機能しないのか 専門家の指摘
スタジオでは、名古屋大学医学部附属病院副病院長で、医療安全に長年関わってきた長尾能雅さんが登場。制度が機能しない要因について、次のように説明しました。
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制度上、医療事故かどうかを最終的に判断するのは医療機関であり、第三者が介入しにくい構造になっている
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予期せぬ深刻な被害が出た場合でも、「死亡していなければ対象外」となってしまう
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制度創設時に予定されていた5年ごとの見直しが、十分に行われていない
このように、制度そのものの設計と運用が現実に追いついていない状況が続いています。調査の負担が重いとする医療機関側の事情も理解できる一方で、被害者や遺族の「知りたい」「知らせてほしい」という当たり前の声に応えられていないことが最大の問題といえます。
運用の違いが“病院格差”を生む
一方で、制度の限界を感じながらも、独自に医療安全の取り組みを強化している病院も紹介されました。神奈川県立病院機構では、事故の有無にかかわらず情報公開のルールを明確にし、遺族との定期的な情報共有を実施。透明性のある対応を通して、信頼回復につなげています。
岩手県では、笹川さん夫妻が医療事故で息子を亡くしましたが、病院側は事故調査が始まる前から自主的に情報を開示。2週間ごとに進捗を伝え、再発防止策について丁寧な説明を行いました。このように、制度に依存せずとも、真摯な姿勢と意思があれば信頼を築くことは可能であると番組は強調しました。
長尾さんが副院長を務める名古屋大学医学部附属病院では、「ヒヤリハット」の報告数を増やすことで重大事故の予兆を早期に察知し、実際に事故件数を減らすことに成功しています。
今、私たちが考えるべきこと
番組の締めくくりでは、制度の見直しに向けた提言や、今後の方向性について整理されました。「再発防止」という本来の目的を果たすためには、制度そのものの透明性と柔軟性が必要です。
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調査対象を死亡事例以外にも拡大する
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第三者機関の積極的な関与を制度化する
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遺族や患者への説明責任を明文化する
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病院の情報開示の義務化を進める
医療は命に関わる分野であり、一つのミスが人生を大きく変えてしまう現実があります。今回の『クローズアップ現代』の特集は、その重さに向き合い、制度の根本から見直す必要性を私たちに突きつけた内容でした。
放送を通して可視化された課題の数々が、今後の制度改革へとつながることが期待されます。私たち一人ひとりが、「もし自分だったら」と考えることから、社会は少しずつ変わっていきます。
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