K2未踏のライン 平出和也と中島健郎の軌跡|2025年7月6日放送
2025年7月6日にNHK総合で放送された「NHKスペシャル K2未踏のライン 平出和也と中島健郎の軌跡」は、世界で2番目に高い山・K2に挑む2人の登山家の姿を追ったドキュメンタリーでした。過酷な自然の中、命をかけて未知の壁に挑戦する2人の姿が映し出され、登山の魅力と厳しさがリアルに伝わってきました。
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世界的登山家 平出和也と中島健郎
平出和也さんは長野県富士見町出身、1979年生まれです。大学時代に登山と出会い、以降は数々の未踏ルートに挑戦してきました。これまでにインド・カメット峰南東壁、パキスタン・シスパーレ北東壁、ラカポシ南壁、ティリチミール北壁などで、世界初登頂を達成。世界最高峰の登山賞といわれるピオレドール賞を4回受賞する、日本を代表する登山家です。また、山岳カメラマンとしても活動し、過酷な山の世界を写真と映像で伝え続けてきました。
中島健郎さんは奈良県高取町出身、1984年生まれです。大学時代からネパールの未踏峰を含む登山を経験し、パンバリヒマールの初登頂にも成功しています。卒業後は登山ガイド兼山岳カメラマンとして活躍。テレビ番組『イッテQ!』の撮影にも携わるなど、多方面で活躍してきました。平出さんとともにシスパーレ北東壁やラカポシ南壁で未踏ルートを切り開き、ピオレドール賞も受賞しました。
この二人は、日本だけでなく世界からも「最強の登山家ペア」と呼ばれています。特に酸素ボンベや固定ロープを使用しないアルパインスタイルにこだわり、純粋な登山の美しさと厳しさを体現してきたことで知られています。
K2の麓へ 6月28日・Day12
標高8611mのK2は、世界で2番目に高い山です。今回、登山家の中島健郎さんと平出和也さんが目指したのは、そのK2の中でもこれまでほとんど挑戦されたことのない西壁ルートです。K2はパキスタンのカラコルム山脈にそびえ立ち、登頂の難しさから「世界一過酷な山」とも呼ばれています。
今回の挑戦で中島さんは7回目のK2遠征、平出さんはなんと20回以上もこの山を訪れているベテランです。6月28日、ベースキャンプを設置してから6日目、2人はK2西壁の偵察に向かいました。この西壁は、過去に組織的な大人数の隊が「極地法」で登頂した例はありますが、軽量装備で登る「アルパインスタイル」での登頂者はいません。
2人はK2の麓にあるベースキャンプよりさらに高い位置に、アドバンスド・ベースキャンプを設置しました。そこを拠点に選んだ理由は、挑戦するルート「鎌」と呼ばれる弧を描く特徴的なラインを狙うためです。
この鎌のルートは、下から見ても全体像がわからないほど複雑です。特に「鎌の刃」と呼ばれる部分は非常に急な斜面で、岩の形もごつごつと不規則。以下のような危険が想定されていました。
・急斜面のため滑落の危険が高い
・岩の凹凸が激しく、足場が安定しない
・下からは見えないため事前の情報が少ない
・気象条件が変わりやすく、ルートが雪や氷で隠れる可能性がある
こうした地形のため、ルート選びはとても重要です。2人は、山全体のラインを見極めつつ、登頂よりもまず「無事に帰ってくること」を最優先に計画を立てていました。
また、アルパインスタイルは軽量装備でスピーディーに登ることを前提としているため、準備やルート判断のミスが命取りになります。平出さんと中島さんは、これまで世界中の未踏の壁に挑んできた経験を生かし、K2西壁という未知のルートに慎重にアプローチしていきました。
この日は、天候の様子を見ながら偵察を終え、次なる高所順応やアタックに備えて準備を進めることになりました。険しいK2西壁は、2人の経験と判断力を試す厳しい挑戦の舞台となっていったのです。
高所順応と偵察 6月29日・Day13
6月29日、2人はK2西壁への挑戦に向けて再び偵察に出発しました。この日は高所に体を慣らす高所順応も兼ねていて、非常に重要な一日でした。高所では空気が薄くなるため、いきなり高い場所に行くと体調を崩す危険があります。そのため、事前に少しずつ標高を上げて体を慣らす必要があるのです。
2人が背負った荷物は、1人あたり約13キロ。酸素ボンベは使わず、極力軽くした装備だけを持って登ります。荷物の中身は必要最低限に絞られ、以下のようなものだけが入っていました。
・登攀用ロープや安全装備
・アルファ米などの簡素な食料
・お湯を沸かすための道具
・防寒着や寝袋
・撮影機材
2人は山岳カメラマンでもあるため、互いに撮影しながらの登攀です。標高6500m地点に設ける予定のキャンプ1を目指し、慎重に進みました。
この日のルートには特に危険なポイントがありました。それが、セラックと呼ばれる巨大な氷の塊です。セラックはいつ崩れてもおかしくない不安定な氷の壁で、下を通るだけでも命がけです。2人はそのセラック地帯を通過する際、極限の緊張感の中、一歩一歩慎重に進みました。
無事にキャンプ1予定地に到達した2人は、予定通りアドバンスド・ベースキャンプへ戻ることにしました。食事はアルファ米とお茶だけ。山では、荷物をできるだけ軽くするために、こうした簡単で軽量な食事が基本です。アルファ米はお湯をかけるだけで食べられるため、厳しい環境でも重宝されます。
この偵察と高所順応のおかげで、2人は体の状態やルートの危険ポイントを改めて確認することができました。K2西壁への挑戦は、こうした地道な準備と慎重な判断の積み重ねが欠かせないのです。
未踏の壁に挑む理由
平出和也さんと中島健郎さんがペアを組んだのは、今から10年前のことです。それ以来、2人は誰も登ったことのない壁にこだわり続けてきました。誰も足を踏み入れたことがない場所へ行くのは、大きな不安と危険が伴いますが、それ以上に魅力があると2人は感じています。
中島さんにとって登山はただのスポーツや挑戦ではなく、「一種のアート」だと考えています。どうやって登るのか、どのラインを選ぶのか、そのすべてに自分のこだわりと美意識が表れるからです。より美しいルートを選んで登りきることが、何よりの達成感になると語っています。
一方の平出さんは、誰も足跡をつけていない場所に立つことの不安も正直に受け止めています。しかし、その不安の中でこそ自分と向き合い、自分自身がどう成長できるのかを考える場所だと感じています。未踏の壁に挑むことは、ただ山を登るだけでなく、自分自身を知り、自分を鍛える旅でもあるのです。
2人はこれまでにもカールンコーシ、スパーレティ、リチミール、ラカポシといった未踏の山や壁に挑み続けてきました。どの挑戦も簡単ではなく、時には命の危険さえ感じることもありましたが、それでも2人は新たな壁、新たなルートを求め続けています。
山に登る理由は人それぞれですが、2人にとってはただ頂上を目指すだけではなく、そこに至るまでの過程や、自分の限界を越える経験そのものが、かけがえのない価値になっているのです。だからこそ、今回のK2西壁という世界でも屈指の難関に挑むことを決めたのでした。
難所を越えて 7月1日・Day15
6月30日、平出和也さんと中島健郎さんは2回目の偵察に出発しました。今回の目的は、高所順応をさらに進めることと、より上のルート状況を確認することです。2人は標高6500mにあるキャンプ1で1泊し、翌日さらなる高みを目指しました。
標高7000mを超えた地点には、「第一バンド」と呼ばれる危険な場所があります。そこは氷と岩が入り混じる、まさに自然が作り出した難所です。氷の斜面は滑りやすく、岩は不安定で、気を抜けばすぐに足を取られます。また、崩れやすい場所も多く、一歩間違えば大きな事故につながるため、細心の注意を払って進みました。
この第一バンドを越え、2人は標高7300m地点まで登ることに成功しました。この高さは、K2西壁の約半分にあたります。ここまで登ることで、より詳細な地形やルートの難易度を確認することができました。
その日のうちに2人は登ってきたルートを慎重に下降し、再びキャンプ1へ戻りました。過酷な環境の中でも、冷静な判断とチームワークで無事に行動を終えたのです。
そんな中、平出さんはふと家族のことを思い返していました。結婚して9年、どんな過酷な挑戦でも続けてこられたのは、家族の支えがあったからだと実感していました。山に挑むことは命がけですが、家族の存在が心の支えとなり、困難な壁にも立ち向かえるのです。
この日の偵察と高所順応は、今後の挑戦に向けて大きな一歩となりました。2人は、さらに準備を整え、いよいよK2西壁の本格的なアタックに向けて動き出していきます。
1度目のアタックと葛藤
7月2日、平出和也さんと中島健郎さんは4日ぶりにベースキャンプへ戻りました。今回の偵察と高所順応で、K2西壁の難しさを改めて痛感した2人。これまで世界中の未踏の壁に挑んできた彼らですが、K2西壁はそのどれよりも困難だと感じていました。
平出さんは冷静に、「山頂をゴールにしてはいけない」と語りました。理想は美しいラインでルートを完結させ、山頂に立つこと。しかし、命を落としては意味がない。登頂そのものよりも、無事に生きて帰ることが最優先だという強い思いがありました。
その後、天候が急激に悪化し、2人は計画を進められないまま、ベースキャンプでの停滞を余儀なくされました。標高の高いK2では、天候が読めず、少しの判断ミスが命に関わるため、慎重な行動が必要です。
ようやく天気が回復したのは7月14日。2人は再びアタックを開始し、標高6500mのキャンプ1に到達しました。しかし、そこには予想外の出来事が待っていました。事前に置いていたはずの装備がすべて消えていたのです。原因は不明ですが、これにより計画は振り出しに戻ってしまいました。
K2への挑戦の2か月前、中島さんは自分自身に問いかけ続けていました。「なぜ、危険を冒してまで山に登るのか」。その問いに答えが出ないまま、眠れぬ夜を何度も過ごしました。けれど、その答えが見つからないからこそ、2人は山に登り続けているのかもしれません。危険の先にしか得られないもの、わからないことを知るために、未知の壁に挑むのです。
まとめ
今回のK2西壁への挑戦は、ただの登山や冒険ではなく、2人にとって己と向き合う戦いであり、人生そのものを見つめ直す旅でもありました。NHKスペシャルは、登山の厳しさとともに、仲間との絆、限界を超えようとする人間の強さ、そして不安や葛藤を丁寧に映し出していました。見る人に、挑戦する意味や生き方について深く考えさせられる内容となっていました。
次回の【NHKスペシャル】命を診る 心を診る 〜小児集中治療室の日々〜|国立成育医療研究センターの最前線 2025年7月13日放送
【ソース】
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/
https://ja.wikipedia.org/wiki/平出和也
https://ja.wikipedia.org/wiki/中島健郎
https://www.asahi.com/articles/ASS8Q3F92S8QOXIE02WM.html
https://note.com/energy4life/n/nafaf7a57e8b5
https://www.climbing-net.com/news/k2westface_20250308/
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