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【NHKスペシャル 未完のバトン】5月30日|“均等法の母”赤松良子と40年後の今|2025年放送

NHKスペシャル

“均等法の母”に続く長い列

2025年5月30日に放送されたNHKスペシャル『未完のバトン 第3回 “均等法の母”に続く長い列』は、男女雇用機会均等法の成立からちょうど40年という節目に合わせて企画された特集番組です。この法律の成立に尽力し、「均等法の母」と呼ばれた赤松良子さんの功績と、現代に続く女性たちの課題と向き合う姿を描いています。未公開の資料をもとに構成された本番組は、昭和から令和へと続く「雇用の平等」の歴史と、そのバトンを受け継ぐ人々の記録です。

赤松良子さんが遺した「未完のバトン」

2024年、94歳でこの世を去った赤松良子さん。旧労働省婦人少年局長として、男女雇用機会均等法の成立に大きく貢献した人物です。今回の番組では、赤松さんの遺品の中から発見された大量の未公開資料が初めて明かされました。そこには、彼女が法案の成立に向けて何を考え、どんな壁と闘ってきたかが、細やかに記録されていました。

赤松さんが本格的に法整備を志したのは、1979年の「女子差別撤廃条約」批准がきっかけでした。当時の日本では女性の働く環境は決して平等ではなく、採用段階から明らかな性差別が存在していました。赤松さんはその現実に正面から向き合い、均等法の必要性を強く訴え続けました。

発見された資料の中には、以下のような取り組みや苦悩が記されています。

  • 企業側からの強い反発への対応:制度導入が企業活動の自由を妨げると反対される中、粘り強く対話を重ねていた記録

  • 妊娠・出産による不利益取り扱いの改善要求:配置転換や降格など、不当な扱いをなくすための要望書の草案

  • 男性の育児休業取得促進のアイデアメモ:男女双方が子育てできる社会にするための構想

  • 非正規雇用女性の保護強化の資料:正社員と非正規で処遇に差がある実態を具体的な数値で示した内部報告

  • 女性の政治参加を支援する政策メモ:意思決定の場に女性をもっと送り出す必要性に関する提言

特に注目すべきは、「法案の骨抜き」を防ぐための記録です。当時、一部の政治家や官僚は、法案に法的拘束力を持たせないよう調整を進めようとしていました。赤松さんはそれを事前に察知し、関係者への働きかけや報道機関への説明を通じて、内容が骨抜きになるのを防ごうと奔走していました。

また、当時の社会全体にあった「男は仕事、女は家庭」という強い価値観も大きな障壁でした。この固定観念が、制度改革に対する無関心や抵抗感を生み出していたのです。赤松さんは講演会や公聴会、新聞寄稿などを通じて、「女性が自由に働けることは、男性にとっても生きやすい社会を作ること」と繰り返し訴えていました。

彼女のノートには、「女性が働きやすい社会こそが、真に豊かな社会」という言葉が何度も登場します。これは理念ではなく、実践の中で何度も確認された信念でした。

赤松さんが生涯をかけて実現しようとしたのは、法律の一文にとどまらない、社会全体の意識改革でした。今回明かされた資料の数々からは、その歩みがまだ「未完」であること、そしてその「バトン」が確かに今を生きる私たちへと託されていることが、あらためて伝わってきました。

赤松さんが託したものと現代女性の葛藤

番組の後半では、赤松良子さんが残した「バトン」を受け取り、今の時代にそれを生かそうとする人々の姿が描かれました。均等法が成立してから40年が経っても、職場や家庭でのジェンダーの壁は完全に消えたわけではなく、日常の中で「平等とは何か」を問い続ける人々の実例が紹介されました。

なかでも印象的だったのは、女性管理職として働くある課長の姿です。所属する企業では女性管理職が非常に少なく、「誰にも相談できない」「自分だけが浮いているようだ」と感じる中、それでも責任ある立場を全うし、後進を育てようと努力していました。孤独やプレッシャーを抱えながらも、自分が変わることで会社が少しずつ変わると信じて、日々の業務に向き合う姿勢が丁寧に描かれていました。

また、育児と仕事の両立に悩むパートタイマーの母親も登場しました。彼女は出産を機に正社員を退職し、再び働き始めたものの、子どもの発熱や保育園の呼び出しで予定通りに働けない日も多く、「職場に迷惑をかけているのでは」と自責の念を抱えていました。しかし、同じ立場の仲間と支え合う中で、「完璧でなくていい。働き続けることに意味がある」と気づき、仕事を辞めずに続けることが自分にも子どもにもプラスになると考えるようになったというエピソードも紹介されました。

さらに、男性の育児参加を積極的に後押しする企業に勤める若い男性社員も取り上げられました。育児休業を取得することで「同僚に申し訳ない」「昇進が遅れるのでは」といった不安を感じつつも、赤松さんの言葉に影響を受け、「自分が変われば、職場全体の価値観も変えられる」と思い、休業を実現。子どもと向き合う中で、育児は女性だけのものではなく、人としての成長の機会でもあると実感したといいます。

・管理職として模索を続ける女性の孤独と挑戦
・育児と仕事の板挟みで揺れながらも働き続ける母親の葛藤
・男性が育児に関わることの価値を実感する新しい家族観

これらの事例からは、均等法が“過去の法律”ではなく、今も社会の中で活きている試みであることが伝わってきます。そして同時に、それがまだ「完成されたもの」ではなく、一人ひとりが受け取ったバトンをどう活かすかで、社会のかたちが変わっていくことを実感させてくれる内容でした。赤松さんの理念は、現在も静かに、しかし確かに生き続けているのです。

「均等法」は完成ではない。“未完のバトン”が意味するもの

男女雇用機会均等法は1985年5月に成立し、1986年4月に施行されました。当初は、募集や採用、配置、昇進において「努力義務」とされていたため、実際には企業側に強制力を持たず、制度としての限界が明らかでした。多くの企業が法の理念には賛同しながらも、実際には従来の性別による慣習的な運用を変えるまでには至らなかったのです。

その後、1997年と2006年の2度の改正を経て、ようやく差別の明確な禁止規定が加えられました。具体的には、採用・昇進などにおける性別による差別の禁止、さらには妊娠や出産、育児を理由とした不利益な取り扱いも法的に禁じられるようになりました。これは、赤松良子さんが当初から求めていた「実効性のある平等」に近づく大きな前進でした。

しかし、2025年の現在においても、法の目的が完全に達成されたとは言えません。

  • 女性管理職の割合は依然として低く、企業によっては課長職以上の女性がほとんどいないという現状も続いています。

  • 出産や育児といったライフイベントとの両立に悩む人は多く、働きながら育児を担う女性たちは、今も時間や責任のバランスに苦しんでいます。

  • 非正規雇用の女性労働者が全体の半数を超える状況も続いており、安定した雇用や社会保障の面での格差は依然として大きな問題です。

これらの現実は、「法律がある」ことと「平等が実現されている」ことの間に、大きな隔たりがあることを示しています。法の条文が存在していても、社会の意識や企業の風土が変わらなければ、制度は機能しきれないのです。

番組のタイトルにもなっている「未完のバトン」という言葉は、この現状を象徴しています。赤松良子さんが始めた改革は「完成」ではなく、「これから」のための出発点。その意思を引き継ぐのは、行政でも企業でもなく、今を生きるすべての市民一人ひとりです。

制度を活かすのは人の意志であり、社会の変化はその意志の積み重ねによって起こる。赤松さんの遺した「未完のバトン」は、過去のものではなく、未来に向かって差し出されているのです。これからの私たちの選択と行動こそが、「均等法」を真に完成へと導く力になるのだと、番組は静かに、しかし確かに問いかけていました。

まとめ

番組を通して描かれたのは、過去から現在、そして未来へとつながる「平等」の道のりです。赤松良子さんが全力で取り組んだ法整備は、社会の意識を少しずつ変えてきました。しかしそれは、完成されたものではなく、今を生きる私たち一人ひとりが受け取る「バトン」です。

男女問わず、生きやすい社会とは何か。その問いを改めて突きつけられる1時間でした。


※放送の内容と異なる場合があります。
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