幻のシーラカンス王国に長期密着!4億年の謎に迫る深海大調査|2025年3月2日放送
NHKスペシャル『ディープオーシャン 幻のシーラカンス王国』(2025年3月2日放送)は、地球上で最も神秘的な魚とされる「シーラカンス」に迫る壮大な深海ドキュメンタリーでした。今なお多くの謎を抱えるシーラカンスの生態に、国際チームが世界で初めて長期密着調査を行いました。4億年前から姿を変えず、恐竜よりも前の時代から生き続ける“生きた化石”の驚きの世界が、最新技術と研究者の熱意で明かされていきました。
1938年に再発見された「幻の魚」シーラカンスの衝撃
シーラカンスは、教科書にも「絶滅した魚」と書かれていた存在でした。それが1938年、南アフリカ沖で突然姿を現したのです。ある漁師が魚を網にかけ、博物館に持ち込んだところ、それがかつて化石でしか知られていなかったシーラカンスだと判明しました。まさに“生きた化石”の再発見でした。
この再発見がいかに驚くべきことだったのか、具体的には次のような点が挙げられます。
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シーラカンスは約4億年前から姿をほとんど変えていない
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恐竜よりも古い時代に生きていた魚と同じ形をしていた
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科学者の間ではすでに絶滅したと信じられていた
その後、1953年には再び南アフリカの深海から釣り上げられ、これが一度限りの偶然ではないことが証明されました。そして1997年、インドネシア・スラウェシ島でも生きたシーラカンスが発見され、この魚がアフリカとインドネシアの限られた海域に今も生息していることがわかってきました。
シーラカンスの特徴的な部分は、体の形だけではありません。
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「肉鰭(にくき)」と呼ばれる特殊なヒレを持っている
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骨格が陸上動物の手足に近く、進化のカギを握るとされている
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体長は1.5〜2メートルほどで、体重は100キロを超えることもある
また、捕獲された個体の調査により、寿命はおよそ100年に及ぶことも判明しました。これも多くの魚類とは大きく異なる点です。
さらに驚くべきなのは、シーラカンスがこれまで一度も陸に適応せず、深海という環境に特化して生き続けてきたという事実です。進化の大きな流れの中で、取り残されたのではなく、自ら変わらずに生き延びた稀有な存在ともいえます。
このように、シーラカンスの再発見は「絶滅」の常識をくつがえしただけでなく、私たち人類の進化や自然の歴史を見つめ直すきっかけとなったのです。今も世界中の研究者たちがこの魚を深く調べ続けており、これからも新しい発見が期待されています。
インドネシア沖で始まった世界初の長期密着調査
今回の調査の舞台は、インドネシアのスラウェシ島沖。ここは、世界でも特に生物の多様性が高い地域として知られています。サンゴ礁が豊かに広がり、その下には火山活動によってできた複雑な地形が続いています。深海には無数の洞窟や崖が存在し、シーラカンスがひっそりと暮らしている可能性がある場所として注目されてきました。
この重要な調査を担ったのが、日本の「アクアマリンふくしま」の岩田博士と、南アフリカ生物多様性研究所のケリー博士です。国を越えて協力し合う研究チームが、ついにシーラカンスの実態を解き明かすために動き出しました。
使用されたのは、調査船「Ocean Xplorer号」。この船には最新の潜水装置や観測機器が搭載されており、深海に潜って長時間の観察を行うことが可能です。研究者たちはこの船から潜水艇に乗り込み、水深200メートルを超える深海へと向かいました。
この調査では、以下のような特別な環境がポイントとなりました。
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海底に多くの洞窟が存在すること
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急な崖や複雑な地形が広がっていること
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強い海流が流れ込むため、調査が難航しやすいこと
岩田博士とケリー博士は、こうした環境に合わせて調査ルートを細かく調整しながら慎重に進行しました。潜水艇の中は限られたスペースと空気の中で、緊張感のある作業が続きます。
このようにして始まったのが、世界初のシーラカンス長期密着調査です。これまで「偶然の発見」に頼るしかなかったシーラカンスの観察を、計画的かつ継続的に行うことが可能になったという点で、今回のプロジェクトは大きな意味を持っています。今後の研究にもつながる、重要な一歩といえる調査がついに始まったのです。
苦戦続きの初日~2日目、予測不能な深海の難しさ
調査初日から2日目にかけて、研究チームはさっそく深海特有の過酷な環境に直面しました。目指す水深は200メートル以上。そこはすでに太陽の光がまったく届かない世界であり、ライトの光だけを頼りに調査が行われました。目に見えるものすべてが暗闇に包まれ、何が潜んでいるかもわからない緊張の連続でした。
潜水艇は急な崖沿いをゆっくりと移動しながら、シーラカンスの特徴である目の反射光を探して進みます。これまでの記録では、ライトが当たったときに光るシーラカンスの目が唯一の手がかりとなっていたため、研究者たちは神経をとがらせながら画面を見つめていました。
ところが、この海域は簡単には調査を許してくれません。
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強い海流が突然流れ込むため、機体が安定せず操作が難しい
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バッテリーの消耗が予想以上に早く、調査時間が限られてしまう
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潮の流れが複雑で、地図通りに進めない場面が多い
それでも、潜水艇が海底を進む中で、ヒョウモンシャチブリやマハタモドキといった珍しい魚たちをいくつも発見することができました。これだけでも貴重な映像資料となりますが、今回の目標はあくまでシーラカンスの発見と観察です。本命の姿はなかなか現れず、研究チームは焦りと緊張の中で次の一手を模索していきます。
さらに、調査中の潜水艇「ナディア号」と「ネプチューン号」は、限られた時間の中で動ける距離にも制限があり、作戦の立て直しも必要となってきました。自然が相手の調査では、人間の思い通りには進まない現実が突きつけられます。
こうして迎えた2日間は、まさに“見えない敵”との戦い。深海という予測不能なフィールドの厳しさを、改めて痛感させられるスタートとなりました。
3日目、ついにシーラカンス発見!動かぬその姿に注目
調査開始から3日目、ついにその瞬間が訪れました。これまでの困難が嘘のように、海流が比較的穏やかな水深160メートルの岩陰で、1匹のシーラカンスがじっと身をひそめている姿が確認されたのです。研究チームは慎重にカメラを向け、世界中の科学者が夢見た「生きたシーラカンス」の姿をついに映像に収めることに成功しました。
このシーラカンスはまったく泳ぐ気配を見せず、まるで化石のように動かずにその場にとどまっていました。一見すると休んでいるように見えますが、注目すべきはその動きの“なさ”の中に潜む微細な姿勢の調整でした。強い海流の中でも流されないよう、体の向きをこまめに変えてバランスを保っていたのです。
特に注目されたのが、「肉鰭(にくき)」と呼ばれる特殊なヒレの動きでした。
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このヒレには3つの骨があり、まるで関節のように動かせる構造になっている
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多くの魚のヒレが単純な動きしかできないのに対し、肉鰭は複雑な動きが可能
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地球の歴史の中で、この肉鰭が手足へと進化していった可能性がある
つまり、シーラカンスの肉鰭は、陸上動物の手足のルーツとも言われる重要な器官なのです。このような動きをじっくりと観察できたのは、今回の長期密着調査の大きな成果の一つでした。
また、シーラカンスの姿勢維持の仕方や、崖沿いにとどまる様子からは、深海での暮らしぶりを支える適応力の高さもうかがえました。外見は古代のままでも、その動きには生き抜くための進化がしっかりと刻まれていることが感じられます。
この発見により、研究チームの士気は一気に高まり、より深い観察と記録への挑戦が本格的にスタートしました。シーラカンスの謎を解き明かす手がかりが、目の前で少しずつ姿を現し始めたのです。
昼夜交代での72時間連続追跡作戦
シーラカンスをより深く知るため、調査チームは昼夜交代制で72時間にわたる連続追跡作戦を決行しました。これまで限られた時間しか観察できなかった中で、長時間にわたって一匹のシーラカンスの行動を記録し続けるのは世界でも初めての試みでした。
この作戦は夕方からスタートし、夜間の行動にも注目しました。シーラカンスは普段、岩陰でじっとしていることが多いのですが、追跡開始から39時間が経過した頃、ついにその個体が動き出したのです。
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シーラカンスは静かに岩陰を離れた
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垂直にそびえる深海の崖をのぼり、アーチ状にくぼんだ岩の隙間に移動
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その隙間には、なんと8匹ものシーラカンスが集まっていた
中でも注目されたのが、立ち泳ぎをしながらお腹を白く見せていた1匹の個体です。この行動に対し、ケリー博士は「異性へのアピール行動の可能性がある」と分析しました。これまで知られていなかった社会的な関わりや繁殖のヒントが、こうした自然な行動観察から見えてきたのです。
さらに、シーラカンスたちの泳ぎの中で、特に重要な発見がありました。肉鰭(にくき)を前に突き出すような動きが観察されたのです。東京大学の古生物学者・平沢博士はこの映像を見て、「私たち人間の手足の動きにつながる進化のヒントかもしれない」と述べました。
一見するとシーラカンスの泳ぎはゆっくりですが、よく見ると肉鰭を使って非常に繊細にバランスをとっていることが分かりました。
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筋肉の動きは緻密で、ヒレの一つひとつが独立して動いていた
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水流に逆らいながらも、無駄な力を使わずに浮かぶように泳いでいた
こうした映像は、シーラカンスの運動能力や行動パターンを理解するための貴重な資料になります。そして、「なぜこの魚が何億年も生き延びてきたのか」という問いに、少しずつ答えが見え始めてきました。
72時間の連続観察は、ただ長時間追うだけでなく、深海という過酷な環境で自然な行動を引き出すことに成功した画期的な成果です。この調査によって、これまで想像に頼るしかなかったシーラカンスの“日常”が、リアルな映像で私たちに届いたのです。
捕食の瞬間をとらえた貴重な映像と“頭蓋内関節”の謎
今回の調査では、シーラカンスが実際にエサをとらえる貴重な瞬間もカメラに記録されました。定点カメラがとらえたのは、深海で静かに身をひそめていたシーラカンスが、ハダカイワシを一瞬で捕らえる様子です。普段はほとんど動かずエネルギーを温存しているシーラカンスですが、狩りのときには驚くほど俊敏な動きを見せました。
この素早い動きの秘密は、「頭蓋内関節(ずがいないかんせつ)」というシーラカンスだけが持っている特別な仕組みにあります。頭の中にもうひとつ関節があることで、口を普通の魚よりも大きく、素早く開けることができるのです。
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頭蓋内関節が開くと、上あごごと持ち上がるように口が大きく開く
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その動きは一瞬で、逃げ足の速い魚も逃さない
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現代の生き物でこの関節を持っているのはシーラカンスだけ
このような構造を持つことで、深海のようにエサが少ない環境でも、確実に獲物をしとめることができるのです。しかも深海は水温が低いため、シーラカンスはなるべく無駄な動きをせず、エネルギーを節約しながら暮らしています。そのため、必要なときにだけ素早く動けるような身体のつくりになっていることが今回の観察でよくわかりました。
また、今回の映像は、シーラカンスがどうやってエサを見つけ、どう動いて獲物を捕らえるのかという、これまで想像に頼っていた部分をはじめて実際に確認できた記録として、とても価値のあるものです。
このような特殊な構造を今も残しているという事実は、シーラカンスが何億年もの間、変わらない深海の世界で生き延びてきた理由のひとつともいえるでしょう。そして、こうした映像が残されたことで、進化の過程を探る手がかりとしても重要な資料になると期待されています。
シーラカンスに迫る現代の脅威
今回の調査では、プラスチックごみを飲み込んで命を落としたシーラカンスの存在も確認されました。人間の活動が深海生物にも影響を与えていることを痛感させられるシーンでした。
終わりに
今回のNHKスペシャルでは、シーラカンスという“生きた化石”の生命の神秘に迫り、私たち人間の進化のルーツや自然との関わりについて深く考えさせられる内容でした。これまで「謎」とされてきた存在に対し、最新の技術と国際協力によってここまで迫ることができたのは画期的な一歩です。
今後も、こうした調査が続くことで、深海という未知の世界が少しずつ明らかになっていくことを期待したいです。
放送の内容と異なる場合があります。
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