剣道の真髄が問われた世界大会の舞台と背景
剣道は、いまや世界300万人以上が学ぶ武道となり、西洋にもその精神が広がりつつあります。2003年にグラスゴーで行われた世界剣道選手権大会は、日本が過去11回すべて優勝してきた伝統と実績をかけた大舞台でした。エリザベス女王夫妻も観戦に訪れるなど、注目度の高い大会でした。
-
日本は3月に代表選手を選出
-
合宿は過去最多の6回を実施
-
礼儀作法を改めて徹底し、武道としての品格を重視
剣道はオリンピック種目にすべきか長年議論されていますが、日本は一貫して反対の立場です。理由は、オリンピックでは勝敗が強く重視され、剣道が本来持つ礼と心の在り方が損なわれる可能性があるからです。日本代表には勝つことだけでなく、「世界の模範」となる試合運びも求められていました。
栄花直輝選手が背負った思いとこれまでの道のり
この大会で大将を務めた栄花直輝さんは、北海道警察に勤務する警察官でありながら、長年にわたってトップレベルの剣道を続けてきた選手です。当時35歳。体には慢性的な故障も抱えており、出場そのものを辞退するか悩みながらも、自らの意思で4度目の世界大会に挑む決意を固めました。
栄花さんの歩みには、苦い経験が積み重なっています。6年前、京都で行われた世界大会では団体戦の一員に選ばれながら、予選1試合のみに起用され、あとは補欠扱いとなる屈辱を味わいました。それは、自分が選手として信頼されていないことを痛感した瞬間でもありました。
一時は「勝ちたい」気持ちが強くなりすぎて、自分を見失っていた栄花さんは、一人きりで道場に通い、雑巾がけから剣道を見直すことで心を整えていきました。その結果、自分の剣道が少しずつ変わり始め、無心で打てる一撃の価値に気づくことができたのです。
熱戦の連続と緊張が極まる代表戦
大会初戦、日本の相手はフランス。前の4人が勝ち進み、栄花さんは大将として登場。相手の動きが止まった瞬間に、見事な連続技で試合を決めるという理想的な形で勝利しました。この試合を含め、5対0で日本は初戦を突破します。
続く試合では、ドイツやイタリアなどの強豪国と激戦を繰り広げ、準決勝に進出。栄花選手はイタリア戦でも二本勝ちを収めます。重圧の中で意識していたのは、「勝ちたい気持ちを捨てること」。これこそが、心を乱さず正確な動きを導く鍵だったのです。
そして決勝。宿命のライバル韓国との対戦です。日本は22勝3引き分け、韓国は23勝2引き分けと互角の成績。1人目が日本勝利、2人目引き分け、3人目で韓国が巻き返し、4人目が再び引き分け。試合の行方は、すべて大将戦に託されることになります。
しかし、大将戦でも決定打が出ず、勝敗は大会史上初の代表戦にもつれ込みます。時間無制限・一本勝負のこの戦いに、日本は栄花選手を送り出します。相手は、韓国最強の剣士キム・キョンナム選手。これまで日本人に一度も敗れていない絶対的な選手です。
構えを直すわずかな間合いの中、栄花さんは片手突きで一本を決め、日本に12連覇をもたらしました。技術だけでなく、心の強さが導いた一撃でした。栄花さんには、地元で指導する道場の子どもたちとの約束もありました。剣道を通して学んだ姿勢を、次世代に伝えるという使命感も背負っていたのです。
放送後の振り返りと現在の栄花さんの活動
番組のラストでは、栄花さんのその後にもふれられました。優勝から1年後、日本代表はアメリカに準決勝で敗れ、連覇がストップしましたが、以降は再び日本が5連覇。昨年の大会では、男女ともに団体・個人で優勝するという快挙を達成しています。
現在の栄花直輝さんは、北海道大学で教士として剣道を指導する一方で、剣道の魅力や精神を伝える活動を精力的に行っています。代表引退のきっかけは「勝つことよりも、伝えることが自分の役目になった」と感じたからです。
また、八段の剣士のみが出場できる「全日本選抜剣道八段優勝大会」では、栄花さんは2連覇を達成。これは技術だけでなく、精神面の強さが問われる大会であり、まさに剣道の真髄を極め続けている証でもあります。
剣道における一撃とは、単なる勝敗を決める技ではなく、心の在り方そのものです。今回の再放送を通して、「ただ一撃にかける」ことの意味と、その重さを多くの人が感じ取ったに違いありません。剣道を通して生きる姿勢を示した栄花さんの物語は、今も剣道を学ぶ人たちにとって大きな指針となっています。
コメント