香港 百年のカオス 借り物の場所 借り物の時間
2025年6月16日にNHK総合で放送された『映像の世紀バタフライエフェクト』は、かつてイギリスの植民地だった香港の100年にわたる激動の歴史を振り返る内容でした。今回の放送は再放送で、2024年に大きな反響を呼んだ「香港編」のアンコールです。小さな漁村だった香港が、なぜ600万人が暮らす巨大都市へと変貌したのか。その背後には、植民地支配、戦乱、自由への願い、そして国家による抑圧など、さまざまな出来事がありました。「借り物の場所、借り物の時間」という言葉が象徴するように、香港の自由には期限があったのです。番組では貴重な映像資料とともに、その歴史を多角的に紹介しました。
アヘン戦争から始まった香港の植民地時代と国際都市化
香港の運命は1842年のアヘン戦争終結とともに大きく変わりました。イギリスは戦争の賠償として香港島を獲得し、続いて九龍半島や新界も租借地として加えました。これにより香港は、イギリスによる植民地統治の下で、自由貿易が可能な港湾都市として発展していきます。租借契約の期限は1997年までとされており、香港は始まりから「期限付きの自由」を生きる場所でした。
当時の貴重な映像では、ペニンシュラホテルなどの格式ある建物や、空港の近くを低空で着陸する飛行機の映像も映し出され、急速な近代化と混沌が共存する都市の姿が描かれました。
大陸から押し寄せた移民と九龍城塞の魔窟
中国本土で戦乱や共産革命が続く中、多くの人々が安全を求めて香港に逃れてきました。とくに1949年の中華人民共和国成立後は、人口が短期間で約4倍に増加します。住む場所が足りなくなった多くの人々は、法の届かない場所である九龍城塞に密集して暮らすようになり、この場所は「魔窟」とも呼ばれました。
このような混沌とした環境で育った一人が、後に香港映画界の伝説となるブルース・リーです。幼少期から子役として活動していた彼は、九龍で育ち、後に武術家イップ・マンにカンフーを学びます。
映画界のスター誕生と文化大革命の影響
ブルース・リーは、アメリカに渡り『ロングストリート』などに出演し、アジア系俳優として初の国際的スターとなります。その後、香港映画に戻り、『ドラゴン危機一発』や『燃えよドラゴン』などの大ヒット作で世界中を魅了しました。彼の活躍は、香港が文化的にも世界に影響を与える存在であることを示しましたが、32歳という若さで急逝し、その死は世界に衝撃を与えました。
一方で1967年には、文化大革命の影響を受けた親中派が六七暴動を起こします。街中で爆弾事件が相次ぎ、緊張が高まりました。それでも香港は経済的に急成長し、1975年にはイギリスのエリザベス女王が訪問。華やかな一面の裏で、犯罪組織の影も濃くなっていきました。
サッチャーとトウ小平の交渉と天安門事件
1982年、イギリスのマーガレット・サッチャー首相と中国のトウ小平が会談を行い、香港は1997年に中国へ返還されることが正式に決まります。このとき、中国側は「一国二制度」を提案し、2047年まで香港の資本主義体制と自由が維持されると約束されました。
しかし1989年の天安門事件は、香港の人々に深い不安をもたらします。民主化を求めて立ち上がった若者たちが軍によって弾圧され、多数が命を落としたこの事件は、自由の保証が本当に守られるのかという疑念を呼び起こしました。結果、多くの香港市民がカナダやイギリスなどへの移住を検討するようになります。
この頃、香港からはアンディ・ラウ、ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファといった俳優たちが世界に進出し、香港映画の黄金期を築いていました。
民主化の闘士ジミー・ライの決断と香港の返還
このような中で、実業家ジミー・ライは香港にとどまることを選び、アパレルブランド「GIORDANO」や新聞『アップル・デイリー』を立ち上げます。ジミー・ライは中国政府に批判的な立場を明確にし、報道の自由を守るために戦い続けました。1997年、香港はついに中国に返還され、「一国二制度」がスタートします。
返還後、表面的には自由が保たれているように見えましたが、中国政府の干渉は徐々に強まっていきました。2014年には雨傘革命が発生し、多くの若者たちが選挙制度改革を求めて立ち上がりました。
自由への抑圧と続く裁判闘争
ジミー・ライは雨傘革命を支持し、政府からの圧力を受けながらも活動を続けました。しかし2020年、ついに逮捕され、その後も自由を求めて裁判を続けています。彼の姿勢は、多くの香港市民にとって自由と民主主義の象徴となっています。
番組の終盤では、「借り物の場所、借り物の時間」という言葉の重みが再び語られました。香港の自由は、まるで誰かから一時的に借りているかのように不安定で、いつ終わってもおかしくないものでした。その中で懸命に生き抜いた人々の姿が、このドキュメンタリーの中心にありました。
まとめ
『映像の世紀バタフライエフェクト』は、映像という記録を通して、歴史の複雑さや人々の思いを伝える番組です。今回の香港編は、自由とは何か、歴史とはどう向き合うべきかを考えさせられる、非常に深い内容でした。
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