クマが絶滅どころか増えているって本当?その理由と未来を探る
「日本のクマは絶滅する」――そんな未来予測が発表されたのは1991年のこと。ヒグマもツキノワグマも、数が減りすぎて未来は暗いと考えられていました。ところが、30年以上たった今、現実はまったく逆。クマは“絶滅”どころか増え、人里に出没するニュースが後を絶ちません。いったい何が起きているのでしょうか?この番組では、「根絶から保護へ」という歴史的な方針転換、日本社会の変化がもたらした意外な影響、そして科学的なクマ対策の最前線をもとに、クマと人間が共に生きる未来を考えます。
「根絶」から「保護」へ──クマ対策の転換が始まった時代
駆除が“当たり前”だった昭和の日本
かつての日本では、クマは「人間の敵」とみなされていました。特に北海道では、三毛別羆事件(1915年)をはじめとする悲惨な被害が記憶に残り、「ヒグマ=危険生物」という意識が根強く残っていました。昭和期の地方自治体は、農作物や家畜を守るために「駆除報奨金制度」を設け、捕獲数が評価される時代もありました。
1966年からは「春グマ駆除」と呼ばれる捕獲活動が開始。繁殖期に山を下りるヒグマを集中的に仕留めることで、被害を防ごうとしました。しかしこの方法は、結果的に母グマや子グマも犠牲にするもので、個体数は大幅に減少。1970年代末には「もうヒグマが見られなくなる」との声が広がりました。
保護の動きが広がった1980〜90年代
1980年代に入り、世界的に「野生動物保全」への関心が高まり、日本でも流れが変わり始めます。研究者たちが調査を進める中で、「ヒグマの生息域が分断されている」「人間活動が繁殖地を奪っている」といった実態が明らかになりました。こうした背景のもと、1990年代初頭には「駆除ではなく管理へ」という転換が各地で進みます。
北海道では1990年に春グマ駆除を廃止。さらに環境庁(現・環境省)は「保護獣管理」の考え方を導入し、絶滅を防ぐためのモニタリングを強化しました。これによりヒグマの数は次第に回復し、2020年代に入ると推定個体数は約1万1000頭以上に達したとされています。
この方針転換は、単なる“動物愛護”ではなく、科学的根拠に基づいた「共存型管理」の始まりでした。
クマが増えた背景には“人間社会の変化”があった
山の餌が減った?ドングリ不作がもたらす“クマの飢え”
クマが人里に姿を見せる大きな理由のひとつが、「餌の不作」です。クマはドングリやブナの実などの堅果類を主食にしており、これらが不作になると山の中で食料が足りなくなります。2023年の東北地方ではブナの実の不作が深刻で、クマが次々と住宅地に出没。山形・秋田・青森では人身被害が相次ぎました。
不作は自然現象のように見えますが、その背後には気候変動があります。近年、夏の高温や乾燥により花芽が落ちやすくなり、実りが不安定に。さらに暖冬で冬眠が短くなる傾向もあり、クマが活動する期間が延びているのです。
“人の手が入らない森”がクマを招く
かつて人々が薪を取り、畑を耕していた里山は、人間と野生動物の緩衝地帯でした。しかし、農業人口の減少や高齢化により耕作放棄地が増え、森が人里にまで迫っています。人の気配が消えた場所はクマにとって安全で、食べ物も豊富。結果的に“人里に近い森”が、クマの新たな生活圏になってしまったのです。
農業構造の変化も影響
ヒグマが好むデントコーン(飼料用トウモロコシ)畑が、無人化・大規模化することで、クマが自由に出入りできるようになりました。さらに放置された果樹園や家庭菜園の柿の実、家庭ゴミ、ペットフードなど、クマにとって“人間の町は食料庫”になりつつあります。
クマの「人慣れ」現象
人がいない地域が増える一方で、クマが人を恐れなくなっているのも問題です。都市近郊では、夜間に人家の庭に現れても、追い払われることが少ないため、クマが「人間は危険ではない」と学習してしまうのです。
科学が導く新しいクマ対策
ゾーニングという考え方
現在のクマ対策の主流は、「ゾーニング」と呼ばれる仕組みです。環境省の出没対応マニュアルでは、土地を「人の生活圏」「緩衝地帯」「コア生息地」に区分し、それぞれに異なるルールを設けています。
・生活圏では、クマを寄せつけないために餌となるもの(ゴミ・果実・蜂蜜など)を徹底管理。
・緩衝地帯では、視界を確保し、防護柵やセンサーを設置。
・コア生息地では、捕獲ではなく生態観察や環境調査を重視する。
この「すみ分け」は、クマを完全に排除するのではなく、人とクマの境界を明確にして距離を保つことを目的としています。
科学的データによる個体数の把握
北海道大学や兵庫県立大学では、クマの毛や糞からDNAを抽出し、個体を識別する研究が進んでいます。これにより、目撃情報に頼らず正確な個体数を把握できるようになりました。また、AI技術を活用した「クマ出没リスクマップ」では、地形・植生・過去の出没データを基に、危険地域を予測。自治体が警戒区域を設定する際の指針になっています。
地域の取り組みも進化
近年では、地元住民が主体となった「クマ対策協議会」も増加。例えば北海道札幌市南区では、市民が参加して森の見回りや、果実の収穫・伐採を行い、クマが寄りつかない環境づくりを進めています。兵庫県や長野県でも、地元の小学校でクマ対策の授業を実施し、「クマの行動を知ることが命を守る第一歩」と啓発しています。
クマとの共生は“自然との向き合い方”そのもの
クマが増えたことは、単なる動物問題ではありません。私たち人間の暮らし方、森との距離、環境への姿勢を映し出す“鏡”です。クマを敵視するのでも、保護だけを優先するのでもなく、「共に生きる」ためのルールをどう作るかが問われています。
そのためには、地域ごとに最適なバランスを取ることが重要です。山間部では農作物被害を防ぐためのフェンス設置が急務ですが、一方で観光や環境教育にクマの存在を活かす動きも出ています。たとえば知床半島では、「ヒグマの観察ツアー」がエコツーリズムとして注目を集め、野生との適切な距離の取り方を学ぶ場となっています。
まとめ:クマとの共生は“これからの社会の形”を映す
この記事のポイントは次の3つです。
・1991年の未来予測「絶滅」は、保護政策の成功によって真逆の結果に。
・クマの増加は、里山の衰退、気候変動、農業構造の変化など人間側の変化が背景にある。
・これからはゾーニング、AIリスクマップ、地域協働など“科学と地域の力”を合わせた共生がカギ。
クマを見かけたとき、恐怖や排除だけで終わらせず、「なぜここに来たのか」を考えること。それこそが、私たちが自然と向き合う第一歩です。
『未来予測反省会「日本のクマは絶滅する」』では、影山優佳さん、長谷川忍さんの軽妙な進行のもと、間野勉(生態学者)、大井徹(石川県立大学特任教授)、森光由樹(兵庫県立大学准教授)といった専門家が、過去から現在、そして未来への課題を徹底分析します。
放送後には、実際のデータや専門家の見解、地域の事例を追記し、さらに詳しいレポートとして更新予定です。
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