球速180km/hは本当に夢なのか?“未来予測反省会”が描くピッチャー進化論
野球ファンなら誰もが一度は考えたことがあるでしょう。「大谷翔平を超える投手は現れるのか?」「いつか180km/hを投げるピッチャーが出てくるのか?」そんな夢のような話題を正面から検証したのが、NHK『未来予測反省会「野球のピッチャーの球速は180km/hになる」』(2025年10月21日放送)です。
番組では、2019年に筑波大学の川村卓教授が発言した「未来の投手は180km/hを出す可能性がある」という予測をもとに、過去15年間の球速の変化やスポーツ科学の進歩、さらには選手の意識の変化までを掘り下げました。
しかし現実は、あのアロルディス・チャップマンが記録した時速170km/hがいまだに破られていません。なぜ“人類最速の壁”は更新されないのでしょうか?番組では、球速が伸びない理由をデータ・科学・人間の身体能力の観点から丁寧に検証していました。
球速の限界?進化しているのに“最高速”が止まった理由
まず最初に番組で提示されたのは、「平均球速は確実に上がっている」という事実です。
プロ野球でもメジャーリーグでも、10年前と比べると平均で約5〜10km/hも速くなっています。トレーニング法や栄養管理、回復の技術が格段に進化したことで、選手全体のレベルは上がっているのです。
ところが、「最速記録」だけは15年以上も更新されていない。この現象にスポーツ科学者の川村卓教授は、「人間の筋肉や骨格の構造に、ある種の“物理的限界”がある」と指摘します。
投球動作は、下半身から上半身へと連動して力を伝える“運動の連鎖”。どこか一つでも動きがズレれば球速は上がらない。180km/hを出すには、筋力だけでなく神経系の反応速度や関節可動域など、すべてが極限レベルで噛み合わなければならない――つまり「単純な筋トレでは到達できない世界」だと説明されました。
“速さ”よりも“打たれない球” 変わるピッチャーの価値観
一方で、番組は「球速がすべてではない」という新しい価値観にも焦点を当てました。
かつては“剛速球ピッチャー”が最も評価される時代でしたが、今は違います。
野球データアナリストの星川太輔さんは「近年の投手は、速い球を投げるより“打者にとって速く感じる球”を作ることにシフトしている」と語ります。
実際、メジャーでも日本球界でも、150km/h台でも空振りを量産する投手が増えています。その秘密は「回転効率」と「リリースポイント」。
ボールが持つ回転の軸や回転数によって、打者の目には“浮き上がる”ように見えたり、“沈む”ように見えたりします。
これらを数値化できるようになったのが、最新の計測機器――「トラックマン」や「ラプソード」などの登場です。
これらの装置が球質・スピン量・変化量を精密に測定し、データを可視化することで、選手たちは「速さ」ではなく「打者を錯覚させる球質」を追求するようになったのです。
トレーニングの進化 “故障を防ぎながら速く”が常識に
番組では、スポーツ科学と現場の指導がどのように融合しているかも紹介されました。
登場したのは、トレーニングコーチの早津寛史さん。彼が指摘したのは「現代野球は“ケガをしない投げ方”が最優先」になっているということ。
一昔前のように「限界まで速球を投げ込む」練習では、肩や肘の靭帯を痛める危険が大きく、長期的なキャリアを失ってしまうリスクがあります。
今は、筋肉よりも“動きの連動性”を重視。体の回転軸を意識したフォーム改良や、筋膜リリース・体幹安定トレーニングなど、より繊細なメソッドが採用されています。
また、最新のモーションキャプチャ技術を使い、投球フォームを3Dで解析。わずかな角度のズレを修正して効率的な力の伝達を実現する――そんな“科学と身体感覚の融合”が、現代ピッチングの根底にあるのです。
現役投手・和田毅が語る“速さ以外の武器”
福岡ソフトバンクホークスの和田毅投手も番組に出演。40歳を超えてもなお現役で活躍する秘訣について、「球速だけを追いかけなくなった」と率直に語りました。
和田投手は若い頃から150km/h前後のストレートを持っていましたが、年齢とともに球速が落ちる中で、投球術を磨いてきたと言います。
「たとえ球速が落ちても、コントロールや配球の工夫で打者を抑えられる。相手の狙いを外す投球ができれば、速さ以上に効果的なんです」とコメント。
この発言は、番組のテーマ「速さの限界とは何か?」に対する一つの答えにもなっていました。
“データ革命”が変えた投手育成と戦略
かつては勘や経験に頼っていたピッチング指導も、今ではデータ解析が主流です。
球の回転数や回転軸、打球の角度、さらには打者の反応速度までが数値化され、AIが最適な配球パターンを提案する時代になっています。
その結果、「全員が速い球を投げる必要はない」という考え方が定着。
たとえばスライダーのキレを活かすタイプ、シンカーでゴロを打たせるタイプ、フォークで空振りを狙うタイプ――投手の個性をデータで引き出すスタイルが確立されつつあります。
つまり、“最速”を目指すこと自体が目的ではなくなり、“最適”な投球を追求する時代に入っているのです。
180km/hを超える日は来るのか?
番組の最後、司会の影山優佳さんが問いかけました。「180km/hという壁は、やっぱり人間には越えられないのでしょうか?」
これに対して川村卓教授は、静かにこう答えました。
「限界は“その時代の常識”が決めている。技術が進めば、常識の方が変わる可能性もある」
つまり、現時点で170km/hが限界でも、いつか“常識”が塗り替えられるかもしれないということ。
たとえば、人工知能による投球フォーム解析や、バイオメカニクスを応用したトレーニングウェアの開発が進めば、180km/hを投げる投手が生まれる日も遠くない――そう示唆して番組は締めくくられました。
まとめ:未来の投手は“速さ”ではなく“新しい知性”で進化する
・180km/hの壁は、いまも人類が挑戦を続ける“究極の到達点”
・球速を追うよりも、“打者を錯覚させる技術”が進化中
・データと科学が、投手の個性を最大限に引き出す時代へ
野球はもはや「腕力の勝負」ではなく、「知の競争」の時代に入りました。
速球を超えるのは、もしかすると“新しい発想のピッチャー”かもしれません。
それは肉体の限界を超え、データと感性を融合させた“未来型の投手”。180km/hの夢は、今も確かに続いています。
出典:NHK『未来予測反省会「野球のピッチャーの球速は180km/hになる」』(2025年10月21日放送)
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