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NHK 【ファミリーヒストリー】岩崎宏美の奄美大島ルーツと畠デンマツの歌声の記憶『佐渡島にも続く家系譜』|2025年12月9日

ファミリーヒストリー
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岩崎宏美〜奄美と佐渡に刻まれた声のルーツ〜

『ファミリーヒストリー』2025年12月9日放送回では、岩崎宏美が歩んできた家族の歴史が丁寧に紐解かれました。2025年の『第76回NHK紅白歌合戦』に37年ぶりの出場が決まった今、なぜあの唯一無二の歌声が生まれたのか、その答えを“奄美大島”と“佐渡島”という二つの土地が静かに教えてくれます。このページでは『ファミリーヒストリー(2025年12月9日)』の内容をわかりやすくまとめています。

オープニングで語られた現在の岩崎宏美

番組冒頭では、紅白復帰の知らせに沸く岩崎宏美の姿が映し出され、彼女の“今”が物語の入口になりました。副題『母から継いだ声 父を変えた歌』の通り、歌手として再び注目を浴びるいま、家族のルーツをたどる旅が始まります。歌声の原点を探るキーワードとして『シンデレラ・ハネムーン』『聖母たちのララバイ』『思秋期』といった代表曲が自然に浮かび上がります。

奄美大島に続く母方のルーツをたどる旅

驚きの事実として明かされたのは、母方の系譜が奄美大島につながっていたこと。奄美の文化には、集落ごとに受け継がれてきた“島唄”があり、その響きは土地の風土と深く結びついています。宏美の力強い声、繊細な表現力の根にこの文化が眠っていた可能性が示されました。

曾祖母・畠デンマツは奄美の唄者だった

奄美で“唄者”と呼ばれるのは、伝統の島唄を受け継ぎ、地域に響かせる特別な存在。その中のひとりが曾祖母の畠デンマツでした。島唄『徳之島節』に「伝松」という名が登場し、デンマツを指すのかは断定されていないものの、それほど名の知られた唄者だったことを物語ります。歌に向かう心、声への誇りが代々受け継がれてきたことが自然と伝わります。

母スエの戦争体験と苦難の避難生活

母の岩崎スエは戦時下、故郷の奄美を離れ疎開することになりました。戦火の中での生活は不安が尽きず、暮らしを立て直すのも容易ではありませんでした。戦後は東京へ移り住むこととなり、働きながら生活を支える日々が続きます。こうした“生き抜いた経験”が、家族を支える強さとして娘の宏美にも流れていきます。

東京での出会いから始まる若き日の歩み

東京で働く中、スエは後に夫となる岩崎兼三と出会います。戦後の混乱期に上京し、生活基盤を築こうと懸命に働く時代。ふたりの出会いは、奄美からの移動と戦争体験の延長線上にあり、家族の歴史はここから新しい章へと進んでいきました。

父方のルーツは佐渡島へつながる物語

母方とは対照的に、父方のルーツは佐渡島にありました。先祖は『佐渡島の金山』の麓に広がる街で暮らし、時代の移り変わりとともに島を離れ上京していきます。奄美と佐渡という異なる文化が、のちにひとつの家族の中で交差することになります。

祖父・容久が歩んだ壮絶な人生

父方の祖父である岩崎容久は佐渡を出て上京後、製材所で働きながら生活していました。しかし東京大空襲で住まいも仕事も失い、戦後は自ら製材加工機の販売会社を立ち上げるなど困難を乗り越えていきます。さらに、GHQにより禁止されていた剣道の復活にも尽力し、地域の文化を守る役割も果たしました。立身出世を誓いながら家族を支え続けた姿が印象に残ります。

動物を愛した父・兼三の夢と現実

容久の長男である岩崎兼三は、幼い頃から動物が好きで、伝書鳩や犬、鶏、鯉などたくさんの生き物を育てていました。しかし、家業を継ぐことを望んだ父からの期待と、自分の“獣医になりたい”という夢との間で葛藤する少年時代を過ごしました。その後スエと出会い、ふたりの人生が重なり、家庭が築かれていきます。

歌手を目指した宏美と父との間にあった葛藤

学生時代の岩崎宏美はオーディション番組『スター誕生!』に挑戦し、その才能を認められました。しかし父の兼三は強く反対し、夢への道は険しいものでした。それでも宏美は歌への情熱を手放さず、『思秋期』など多くの代表曲を生み出し、歌手として大きく成長していきます。やがて父の中にも変化が生まれ、娘の歌手人生を受け止めるようになっていく姿が番組で描かれました。

まとめ

奄美大島の島唄、佐渡島の歴史、戦争、移動、そして父と娘の葛藤。岩崎宏美の歌声は、複雑に重なり合う家族のルーツが結晶したものだと感じさせられます。『シンデレラ・ハネムーン』や『聖母たちのララバイ』に息づく響きは、奄美の自然や佐渡の暮らしが遠い記憶として結ばれた結果でもあります。一人の歌手の物語を超え、家族が歩んできた長い道のりの尊さを深く味わえる内容でした。

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奄美の島唄文化の基礎知識を紹介します

しげゆき
しげゆき

奄美の島唄は、島の暮らしや歴史、自然と深くつながって受け継がれてきた大切な文化です。ここでは、その特徴や背景をより具体的に紹介します。

島唄とは何か

島唄は、奄美諸島の集落ごとに伝わってきた民謡の総称で、宗教行事の歌・童歌・仕事歌・祭りの歌など、生活のあらゆる場面と重なって生まれました。歌詞は奄美の方言で構成され、自然をたたえる言葉や暮らしの喜び、別れの思いなどが込められています。島ごとに伝えられ方が異なり、同じ曲名でも節や歌い回しが違うことも多く、地域性の豊かさがそのまま音として残っています。

島唄の歌い方と音楽的特徴

奄美の島唄は、裏声の響きを生かした高音域の歌い方が特徴です。細く伸びる声が海風のように広がり、曲の情景がそのまま浮かぶと言われています。掛け合いで歌う形や、歌い手を支える合いの手が入る構造も多く、集落の人々が一緒に歌い、支え合いながら伝えてきた姿がそのまま音楽に表れています。歌詞の中には古い言葉も多く、歴史や風習を知る手がかりにもなっています。

伴奏楽器と演奏スタイル

伴奏には奄美三線が使われますが、これは沖縄の三線とは弦の太さや響きが異なり、より鋭く乾いた音色が特徴です。音を強くはじくことで歌声が際立ち、島唄ならではの世界がつくられます。曲の場面によっては小太鼓や指笛が加わり、祭りの高揚感や集落のにぎわいをそのまま音にしています。楽器は単なる背景ではなく、歌とともに感情を運ぶ大切な役割を担っています。

島唄が育まれた背景と役割

奄美諸島では昔から、自然への祈りや集落の結びつきがとても強く、その中心に歌がありました。行事の始まりから終わりまで歌が寄り添う文化が続き、生活の中で自然に覚え、自然に受け継ぐ形が長く保たれてきました。仕事の合間に歌うことで疲れを分け合い、祝いごとでは喜びを分かち合い、別れの時は思いを歌に託してきました。こうした歌の力が、人々の心をつなぐ大切な役割を果たしてきました。
時代が進むにつれて歌い手が少なくなる時期もありましたが、現在は保存会や若い唄者の活動によって、島唄がまた地域の誇りとして見直されています。大会やイベントを通して若い世代が学び、島全体で伝統を守る動きが広がっています。

島唄の現代的な広がり

奄美出身の歌手が全国で活躍するようになり、島唄の技法を取り入れた曲が広く親しまれるようになりました。裏声を生かした歌い方や方言の響きが、現代の音楽の中でも強い存在感を持ち、新しい表現として受け入れられています。
また、観光の場でも島唄は欠かせない存在となり、奄美を訪れる人にとって島の文化や心を象徴する音として親しまれています。島唄に触れることで、土地の歴史や自然の豊かさに気づき、文化そのものへの理解が深まっています。こうした広がりが、島唄が今も生き続ける大きな力になっています。


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