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NHK【時をかけるテレビ】さよならレザン再び…全盲のテノール歌手・天野亨が語る盲導犬との絆と新たな相棒ファラド|2025年10月10日

時をかけるテレビ

盲導犬レザンとの“さよなら”が教えてくれたもの

大切な存在との別れに、心が揺れたことはありませんか?
どれだけ覚悟をしても、手放す瞬間は簡単ではありません。
2025年10月10日放送のNHK『時をかけるテレビ』では、テノール歌手 天野亨 さんと盲導犬 レザン の別れを描いた『さよならレザン〜盲導犬とテノール歌手〜』が再び紹介されました。
この番組は、ただの再放送ではなく、20年以上の時を経て「人と犬の絆」「自立と支え合い」の意味を改めて問いかける時間となりました。

天野亨と盲導犬レザンの“5年間の軌跡”

36歳のテノール歌手 天野亨 さんは、全盲というハンデを抱えながらも、国内外で数多くのステージに立ち、聴く人の心に響く歌声を届けてきました。澄んだ高音とあたたかみのある声質で、聴衆を包み込むように歌う姿は、多くの人に勇気を与えてきました。ステージ上では自立した姿を見せる天野さんですが、その日々を陰で支えていたのが盲導犬 レザン です。

レザンは、8歳になる雄のラブラドール・レトリバー。天野さんと出会って5年、まるで息の合ったコンビのように、全国のコンサート会場を共に巡ってきました。人混みの中でも冷静に歩き、信号の変化を察知して足を止め、段差や階段では一歩先に立って安全を確かめる。列車の乗車時には座席まで誘導し、天野さんが安心して座るまで静かに待つ姿はまさに“目”そのものでした。

しかし、年月を重ねる中でレザンの体には少しずつ衰えが現れました。後ろ脚の関節を痛め、歩くたびに小さな負担が積み重なり、さらに白内障の兆候も見え始めます。長年にわたる移動や屋外での活動が体に負担をかけていたのです。それでもレザンは一度も弱音を吐かず、天野さんのそばで静かに仕事を続けていました。その姿には、長年の訓練と強い責任感がにじんでいました。

天野さんはそんなレザンを見て、胸の奥にある思いを固めます。獣医から「まだ1年ほどは現役を続けられる」と言われても、彼は早めの引退を決意しました。理由はひとつ、「これ以上、レザンに無理をさせたくない」という愛情でした。自分の活動を優先するのではなく、相棒の体を思いやる――それは、盲導犬を“道具”ではなく“家族”として見つめる天野さんならではの決断でした。

レザンとの生活は、ただの介助ではなく“対等な信頼関係”の積み重ねでした。毎朝、ハーネスを装着する瞬間、天野さんが「今日もよろしく」と声をかけると、レザンは軽くしっぽを振って応える。その何気ないやりとりに、言葉以上の絆がありました。互いに支え合い、学び合いながら歩んできた日々。その5年間が、天野さんの音楽にも生き方にも大きな力を与えていたのです。

そして、引退を決めたその日から、天野さんは残された2週間を“感謝の時間”として過ごすことにしました。コンサートや散歩、日常のすべてを「ありがとう」で満たすように、1日1日を噛みしめながら過ごしていったのです。

涙のラストステージと別れの日

最後の1週間、天野亨 さんと盲導犬 レザン は、栃木県の 下野市立祇園小学校 で共にステージに立ちました。これが、ふたりにとって“最後の共演”となるコンサートでした。体育館いっぱいに集まった子どもたちの前で、天野さんは「レザンにありがとうを伝えたい」と静かに語りかけ、ゆっくりと歌い始めます。長年の相棒に捧げるその歌声は、まるで祈りのようにやさしく響きました。

しかし、曲の途中で天野さんの声は震え、言葉が途切れました。レザンの方へ顔を向けた瞬間、こみ上げる涙を止められなかったのです。マイク越しに伝わる嗚咽に、会場の空気が静まり返りました。そこにあったのは、ただの仕事仲間との別れではなく、人生を共に歩んだ“家族”を見送る痛みと感謝でした。

別れの2日前、天野さんはレザンの新しい生活を託す夫婦の家を訪ねます。そこは緑に囲まれた静かな住宅地。かつて犬を大切に育てた経験のある夫婦の優しいまなざしに、天野さんの表情にも安堵が浮かびました。家の中には犬用のベッドや水飲み場がすでに用意されており、レザンのために迎え入れる準備が整っていました。天野さんは、「この人たちなら大丈夫だ」と心の中でつぶやいたといいます。

そして迎えた最後の日。レザンはハーネスをつけ、いつものように天野さんを静かに導きました。行き先は、これまでで最もつらい“目的地”――新しい飼い主の家。道中、レザンの足取りはしっかりとしていましたが、どこか迷いのない強さを感じさせました。それは「最後まで仕事をやり遂げたい」という彼なりの誇りだったのかもしれません。

玄関の前に着くと、天野さんはレザンに向かって小さく「ステイ」と告げました。別れを悟ったようにレザンは静かに立ち止まりましたが、次の瞬間、天野さんの背を追うように駆け寄ってきました。その動きを見た瞬間、天野さんの目から再び涙がこぼれ落ちました。

振り返らずに歩き出す天野さんの背中、そしてその場に残るレザン――二人の姿は、言葉では語り尽くせない信頼と愛情の結晶でした。5年間を共に過ごした時間が、確かにそこに生きていたのです。

20年後の再会、そして新たな盲導犬“ファラド”へ

放送から1年後、天野亨 さんは、かつての相棒 レザン と再会を果たします。再会の場は、レザンの新しい飼い主の家。そこには、穏やかな時間が流れていました。リビングの床に寝そべり、やさしい表情でしっぽをゆっくり振るレザン。その姿を見た瞬間、天野さんの胸に張りつめていた思いがふっとほどけたといいます。「元気でいてくれて本当によかった」――その言葉に、5年間を共にした時間と別れの日の涙がすべて報われたようでした。

レザンは、新しい家族のもとで愛情を受けながら穏やかな日々を過ごし、やがて16歳で静かにその生涯を閉じました。盲導犬としての使命を全うし、家族として最期まで人のそばに寄り添い続けたレザン。その姿は、今も多くの人の心に焼きついています。

そして現在、天野さんのそばにいるのは、5代目となる盲導犬 ファラド。10歳になる雄のラブラドール・レトリバーで、真面目で几帳面、どんな場面でも落ち着いて行動できる頼れる存在です。初めて出会ったときから、天野さんはファラドの誠実なまなざしに「また一緒に歩いていける」と確信したといいます。

天野さんはファラドについて、「頭を少し撫でるだけで、何を考えているのか分かる」と語ります。その言葉には、長年にわたって築き上げてきた“言葉を超えた絆”が感じられます。盲導犬との関係は、単なる介助ではなく、互いの存在を感じ取りながら支え合うパートナーシップ。レザンが残した温もりは、今もファラドを通して天野さんの心の中に生き続けているのです。

盲導犬を支える人たちと、広がる社会の課題

天野亨 さんがこれまで共に歩んできた盲導犬たちは、すべて 東京都練馬区のアイメイト協会 で育成された犬たちです。アイメイト協会は、日本でも最も長い歴史を持つ盲導犬育成団体のひとつで、創設以来、約1500組以上の視覚障害者と盲導犬のペアを送り出してきました。施設内では常時およそ50頭の犬が訓練を受けており、パピー(子犬)の頃から一頭ずつの性格や適性を見極めながら、人と寄り添うための力を育てています。

訓練期間は4か月から最長で1年におよびます。訓練士と犬がペアを組み、街中での歩行練習、信号や段差の判断、障害物の回避、そして「人の安全を最優先に考える冷静さ」を徹底して身につけていきます。すべての犬が盲導犬になれるわけではなく、その中で人と共に生きる使命を託されるのはわずか8割ほど。彼らはまさに、“人の自由を支える存在”として社会へ送り出されるのです。

2002年には 身体障害者補助犬法 が施行され、公共施設や飲食店、医療機関などで盲導犬の受け入れが義務化されました。法律によって社会の理解が進んだように見えますが、現実にはまだ課題が残っています。最近の調査では、全国のおよそ48%の施設がいまだに盲導犬の同伴を拒否しているという結果が出ています。衛生面への誤解やスタッフの知識不足など、理解の遅れが根強く残っているのが現状です。

さらに、セルフレジ の普及など新しい社会システムの変化も、視覚障害者にとって新たな壁となっています。支払い機械の操作やQRコード決済など、目で確認することが前提の仕組みが多く、盲導犬と利用するには工夫が必要な場面も増えています。こうした現実に対し、天野さんはスタジオで静かに語りました。

「困っている人を見たら、ためらわず声をかけてほしい」

その言葉には、単なる呼びかけを超えた想いが込められています。盲導犬は“支援の象徴”ではなく、“自立のパートナー”です。天野さんは、「盲導犬は自由のためにいる。彼らがいるから、私は自分の人生を広げることができるのです」と語りました。その言葉のとおり、盲導犬は障害を補うための存在ではなく、“人の可能性を解き放つ存在”。レザンやファラドをはじめとする彼らの姿は、私たちに「共に生きる社会」の在り方を静かに問いかけています。

人と犬が教えてくれる“支え合う生き方”

このドキュメンタリー『さよならレザン〜盲導犬とテノール歌手〜』が、放送から20年以上経った今も多くの人の胸に深く残り続けているのは、そこに描かれているものが“支援”という枠を超えた人と動物の尊厳の物語だからです。盲導犬は単に目の代わりを務める存在ではなく、人が人として生きる力を支える“心の伴走者”でもあります。

番組の中で描かれたのは、天野亨 さんが盲導犬 レザン に導かれながら、舞台へ、街へ、人生へと一歩ずつ進んでいく姿。そこでは、人間が犬を「使う」関係ではなく、犬が人の人生を「導く」存在として描かれています。天野さんにとってレザンは、ただの介助犬ではなく、自立を支え、生きる勇気を与えてくれる“もうひとりの自分”のような存在だったのです。

盲導犬が示しているのは、社会が見失いかけている“やさしさの原点”です。見えないものを信じ、相手の存在を尊重し合うという、ごく当たり前の心の在り方。その絆は、言葉や立場を超えて通い合う信頼であり、人間社会に欠けつつある「他者を思う力」を静かに思い出させてくれます。

人と犬が互いを支え合う姿は、単なる感動では終わりません。そこには、“共に生きること”の本当の意味が映し出されています。盲導犬が導くのは道だけではなく、私たち一人ひとりの心の中にある、思いやりと尊厳の道なのです。

まとめ

この記事のポイントは以下の3つです。
天野亨 と盲導犬 レザン の5年間は、人と動物の信頼の深さを示す物語だった。
・盲導犬育成を支える アイメイト協会 の活動は、1500組以上の人生を支えてきた。
・法律整備が進む一方で、社会の理解はまだ途上。私たち一人ひとりの意識が必要。

盲導犬との絆を通して見えるのは、「支えること」「見守ること」の尊さです。
レザンが天野さんを導いたように、誰かの道を照らす行動を、私たちも日常の中で少しずつ広げていきたいですね。


出典:
NHK総合『時をかけるテレビ 池上彰 さよならレザン 盲導犬とテノール歌手』(2025年10月10日放送)
https://www.nhk.jp/p/ts/QW7K8K9P7R/


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