「1000分の1ミリの戦い 技能五輪」
2025年9月5日に放送されたNHK総合「時をかけるテレビ」では、1997年のNHKスペシャル「1000分の1ミリの戦い~技能五輪・技術立国再建への挑戦~」が特集されました。この番組は日本のものづくりを支える若い技能者たちが、わずか1000分の1ミリの精度を競い合う世界大会「技能五輪」に挑んだ姿を描いたドキュメンタリーです。当時の熱気あふれる現場映像に加え、25年以上経った今だからこそ語られる課題や未来への展望が紹介されました。この記事では、放送されたすべてのエピソードを整理しながら、詳しく内容を振り返っていきます。
技能五輪とは?日本が挑んだ舞台
技能五輪国際大会は22歳以下の若手技能者が参加し、工業やサービスに関わる基盤技術を競う大会です。1997年の第34回大会はスイス・ザンクトガレンで開かれ、世界30の国と地域から553人が参加しました。日本代表は29人。かつては日本が圧倒的な強豪で、金メダルの常連国でしたが、この頃は韓国や台湾、さらにはヨーロッパ諸国の勢いが増していました。日本の目標は金メダル8個でしたが、国内では技能者の数が減り始め、苦しい状況のなかでの挑戦となりました。
溶接に挑んだ小林修さんの奮闘
溶接は日本が誇ってきた技能の一つです。しかしロボットの導入やコストダウン競争により、溶接工自体の数が減少していました。そんな中、代表として選ばれたのが大手電機メーカー勤務の**小林修さん(21歳)**でした。彼の所属する会社は日本最多の溶接工を抱え、過去には金メダリストを多数輩出していましたが、直近3大会では入賞すら果たせていませんでした。小林さんは16年ぶりの金メダルを目指し、3年間訓練に専念しました。
大会では、配点の高い応用課題「大型円筒のオールポジション溶接」に挑戦。体をねじらせながら均一に溶接する高難度の作業です。小林さんは元金メダリスト・八代さんの指導を受けて準備してきました。最終課題では小さな隙間を発見し、減点覚悟で補修を行いましたが、その跡が残り結果は9位。しかし、その姿勢は多くの観客に感銘を与え、後に彼は現場で活躍し続け、技能五輪のコーチも務めました。
精密機器組立に挑んだ田上俊一さんの勝利
もう一人の注目選手が「精密機器組立」種目の田上俊一さん(22歳)です。愛知の自動車部品メーカーに勤め、5年前から特別強化選手として英才教育を受けてきました。課題は縦6cm・横10cmの台座に19個の部品を組み立て、自動車の変速機のようにスムーズに動かすこと。田上さんは1000種類以上の工具を持参し、1000分の1ミリ単位で誤差を修正しました。
勝負の分かれ目は設計図に書かれていない「遊び」の寸法です。彼は温度や湿度、材料特性を考慮して数値化しましたが、一度は部品が動かず失敗に直面。しかし設計図自体の不備を冷静に指摘し、新しい部品を再設計して挑戦しました。その結果、史上最高得点で金メダルを獲得。日本代表にとって貴重な栄光となりました。
日本の技能五輪の歩みと五十嵐兄弟
日本が技能五輪に初めて参加したのは1962年。8人の代表で挑み、いきなり5つの金メダルを獲得しました。高度経済成長期には技能者の力が製造業の飛躍を支え、五十嵐兄弟のように兄弟で金メダルを獲得した例も生まれました。彼らは電話交換機の開発などに携わり、日本の産業を支えました。
しかし80年代以降、部品の多くが海外製に置き換わり、工場は単純作業にシフト。技能者の比率は社員全体の8%程度に落ち込みました。大会に選手を送り出す企業も減り、日本の存在感は薄れていきました。
1997年大会の結末と課題
38種目を終えた結果、日本は金メダル2個にとどまり、過去最低の結果となりました。溶接ではオーストラリアが国家プロジェクトで育成した選手が優勝。韓国、台湾、ヨーロッパ勢も躍進しました。日本が掲げた「金メダル8個」の目標は大きく崩れ、日本の技術力低下を象徴する出来事となりました。
スタジオでの議論とその後の歩み
放送後半では池上彰さんと寺島実郎さん(日本総合研究所会長)が議論しました。寺島さんは「2007年問題」と呼ばれる団塊世代の大量退職で技能伝承が途絶えたことに警鐘を鳴らし、「真剣に対策を考えなければならない」と語りました。
その後の近況として、田上さんは現在、電気自動車の開発に欠かせない部品の試作に携わり「世の中にないものを作りたい」と挑戦を続けています。小林さんも現場で働き続け、技能五輪のコーチとして後進を指導しました。
現代の技能五輪と未来の展望
2024年の技能五輪では競技職種が59種目に増え、「洋菓子製造」「美容」「造園」など多様化。日本は14種目でメダルを獲得しました。次回は中国・上海で2026年に開催され、2028年には愛知県で開催されます。愛知県安城市の企業では「産業機械」職種で4連覇中。入社6年目の泉知里さんが次の代表候補として訓練を重ねています。前回大会の金メダリストが直接指導に当たるという体制です。
寺島さんは「技術立国・日本を次の時代に繋げることが不可欠。人間の感覚と技能を磨くことが経済の基盤になる」と強調しました。
まとめ
今回の再放送は、日本が直面した技能の危機と、その中でも輝きを放った若者たちの姿を改めて浮かび上がらせました。1000分の1ミリの誤差を埋める努力は、日本のものづくりの象徴であり、未来に伝えるべき財産です。技能五輪は単なる競技ではなく、産業の未来を支える舞台です。次世代の若者たちが技能を磨き、国際社会で再び日本の強さを示せるかが問われています。
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