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デパートで象まで売られていた理由とは?昭和の売り場と現代との違い【クイズ 本当にあったことです!で話題】

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昭和デパートの驚きの実態とは

今では考えられないような商品が、かつてのデパートでは普通に売られていました。
動物や珍しい品まで並んでいたその光景は、まさに“なんでもある場所”だったことを物語っています。

『クイズ 本当にあったことです!(4)(5月6日)』でも取り上げられ注目されています 。

なぜそんな商品が売られていたのか、その背景には時代の価値観や社会の変化があります。
この記事では、昭和のデパート文化の本当の姿をわかりやすく解説していきます。

【この記事でわかること】
・昔のデパートで売られていた驚きの商品
・なぜ今では考えられない商品が販売されていたのか
・当時の人にとって当たり前だった理由
・昭和と現代のデパート文化の違い
・なぜ今あらためて注目されているのか

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昔のデパートで売られていた驚きの商品とは何か

昔のデパートで売られていた驚きの商品とは?昭和の常識がすごすぎる理由を考えるとき、いちばんインパクトが大きいのは、やはり生きた動物です。

昭和の百貨店では、屋上にペット売り場や小動物を見られる場所があることも珍しくありませんでした。犬や猫、小鳥、うさぎ、金魚のような身近な動物だけでなく、時代によっては、今ではまず百貨店で売られるとは思えない動物まで催事の目玉として扱われていました。

特に有名なのが、1966年に銀座の百貨店屋上で行われた**「生きた動物大バーゲン」**です。そこでは、120万円のインド象から10円のサワガニまで、約300種・1万匹規模の動物が集められたとされています。小象、オランウータン、へび、かえるなども話題になり、当時の新聞でも大きく取り上げられるほどの人気催事でした。

現代の感覚では「デパートで象を売るなんて本当?」と思ってしまいますが、当時は百貨店そのものが、買い物だけでなく驚きや話題を届ける場所でもありました。

昭和のデパートで売られていた驚きの商品としては、次のようなものが考えられます。

・小象やオランウータンなどの大型・珍しい動物
・へび、かえる、カメ、サワガニなどの小動物
・屋上ペット売り場の犬、猫、小鳥、うさぎ、金魚
・手品グッズや実演販売の商品
・高級家具、着物、宝飾品、舶来品
・子ども向けのおもちゃや模型、乗り物系グッズ
・家庭にまだ普及していなかった新しい電化製品

ここで大切なのは、「変わった商品が売られていた」というだけではありません。

昭和のデパートは、今でいうショッピングモール、テーマパーク、イベント会場、レストラン街、流行発信地を合わせたような存在でした。だから、商品も単なる生活用品だけでなく、家族を驚かせるもの、時代の夢を見せるもの、ニュースになるものが求められていたのです。

なぜ昭和のデパートでは今では考えられない商品が売られていたのか

昭和のデパートで今では考えられない商品が売られていた理由は、大きく分けると3つあります。

まず1つ目は、百貨店が娯楽施設でもあったからです。

今は買い物ならネット通販、食事なら専門店、遊びならテーマパークやゲームセンターなど、目的ごとに場所が分かれています。しかし昭和の時代は、デパートに行くだけで「特別なおでかけ」でした。

屋上遊園地で遊ぶ。
大食堂で食事をする。
おもちゃ売り場を見る。
地下食品売り場でおみやげを買う。
催事場で珍しいものを見る。

この流れそのものが、家族にとって大きな楽しみでした。百貨店の屋上には、遊園地、ローラースケート場、イベントステージ、音楽堂などが設けられた例もあり、1930年代には小動物園や豆汽車、射撃場などを備えた屋上施設もありました。

2つ目は、珍しいものを見せることが集客につながったからです。

昭和の百貨店は、ただ商品を並べるだけではなく、「見に行きたい」と思わせる催しを大切にしていました。今でいう話題性のあるイベント、期間限定フェア、体験型展示のようなものです。

たとえば「動物大バーゲン」は、普通の買い物ではなく、見に行くだけでも楽しい催しでした。実際に買う人だけでなく、「象が売っているらしい」「オランウータンがいるらしい」と聞いて来る人も多かったはずです。

3つ目は、法律や社会の感覚が今ほど整っていなかったことです。

野生動物の保護、飼育環境、安全管理、動物福祉、輸入規制などは、今ではかなり細かく考えられています。けれど昭和中期は、今ほど厳しいルールや意識が一般に広がっていませんでした。

たとえばワシントン条約は1973年に採択され、1975年に発効し、日本は1980年に締結しています。つまり、1960年代の動物販売ブームのころは、現在のような国際的な野生動植物取引規制がまだ十分に整っていなかった時代でした。

昭和のデパートで驚きの商品が売られていた背景には、珍しさを楽しむ時代の空気と、現在ほど規制や倫理の基準が細かくなかった社会状況が重なっていたのです。

当時の人にとっては当たり前だった意外な商品とその背景

今見ると驚く商品でも、当時の人にとっては「そこまで変ではない」と受け止められていたものもあります。

たとえば、デパートの屋上にペット売り場があることは、昭和の思い出として語られることがあります。屋上に遊園地や小さな動物のいる場所があり、子どもが動物を見たり、親子で買い物のついでに立ち寄ったりする流れがありました。

これは、今のようにペット専門店、動物園、ショッピングモール、ゲームセンターがはっきり分かれていない時代ならではの感覚です。

当時のデパートは、何でもある場所でした。

洋服もある。
食べ物もある。
おもちゃもある。
家具もある。
電化製品もある。
屋上には遊ぶ場所もある。
催事では珍しいものも見られる。

つまり、デパートは「買う場所」であると同時に、「見て楽しむ場所」でした。

さらに昭和の日本は、高度経済成長によって暮らしが大きく変わっていった時代です。家庭にテレビ、冷蔵庫、洗濯機などの家電が入り、洋服や食品、贈答品にも「少し良いもの」を求める気持ちが広がりました。

そのため百貨店で売られる商品には、生活に必要なものだけでなく、豊かさの象徴になるものが多くありました。

高級な着物や宝飾品。
海外から来た珍しい商品。
最新の電化製品。
子どもが夢中になるおもちゃ。
普段は見られない動物や催事商品。

こうした商品は、当時の人にとって「新しい暮らし」や「豊かな未来」を感じさせる存在でした。

今なら「なぜそんなものをデパートで?」と思うものでも、昭和の人にとっては、デパートがそれだけ大きな夢を背負った場所だったということです。

昭和のデパートが“憧れの場所”だった理由と商品ラインナップの特徴

昭和のデパートが憧れの場所だった理由は、単に高級品が売っていたからではありません。

デパートに行くこと自体が、家族のイベントだったからです。

少しよそ行きの服を着る。
エレベーターに乗る。
きれいな売り場を歩く。
屋上で遊ぶ。
大食堂でお子様ランチや洋食を食べる。
帰りに地下でおみやげを買う。

この一連の流れが、昭和の子どもや家族にとって特別な思い出になりました。

当時のデパートの商品ラインナップには、今の百貨店とは少し違う特徴がありました。

生活用品と夢の商品が同じ建物に並んでいたのです。

たとえば、日用品や服を買いに来た家族が、同じ建物の中で高級時計、宝石、着物、最新家電、輸入品、玩具、ペット、催事商品まで見ることができました。

これは今でいう「見るだけでも楽しい売り場」です。

昭和のデパートは、商品を売るだけでなく、売り場そのものがショーのようでした。ガラスケースに並ぶ商品、実演販売の声、包装紙、エレベーターガール、屋上の遊具、大食堂のメニュー。そうしたものすべてが、特別な空間を作っていました。

また、百貨店の屋上がにぎわった理由も重要です。建物が大型化し、鉄筋コンクリート化が進むと、屋上はただの空きスペースではなく、遊園地やイベント会場として使われるようになりました。豆汽車やケーブルカーのような乗り物まで置かれ、子どもにとっては夢のような場所になっていたのです。

つまり、昭和のデパートの魅力は、商品そのものだけではありません。

買う、見る、食べる、遊ぶ、驚くが全部そろっていたこと。

これが、昭和のデパートを“憧れの場所”にしていた大きな理由です。

現代では規制されている商品が売られていた理由とは

昭和のデパートで売られていた驚きの商品を考えるとき、現代との一番大きな違いは規制と安全意識です。

特に動物に関しては、今ではかなり厳しいルールがあります。

現在は、人に危害を加えるおそれのある危険な動物やその交雑種は、原則として愛玩目的で飼うことが禁止されています。2020年6月1日からは、こうした特定動物をペットとして飼うことはできなくなり、動物園や研究施設など特定の目的で飼う場合にも許可が必要です。

また、野生動植物の国際取引についても、ワシントン条約などによって規制されています。絶滅のおそれがある動植物については、輸出入や取引に厳しいルールがあり、日本でも関連する法律や手続きによって管理されています。

では、なぜ昭和にはそうした商品が百貨店で売られていたのでしょうか。

理由は、次のように整理できます。

規制が今ほど細かくなかった
当時は、動物の輸入や販売、飼育に関するルールが現在ほど厳しくありませんでした。

動物福祉の考え方が今ほど広がっていなかった
「動物をどう扱うべきか」という社会の考え方は、時代とともに大きく変わっています。

珍しいものを見せることが商売の目玉だった
大型動物や珍しい動物は、販売商品であると同時に、催事の集客力を高める存在でもありました。

百貨店がイベント会場の役割を持っていた
催事場や屋上は、ただ商品を売る場所ではなく、人を集めるための舞台でもありました。

今では「危ない」「かわいそう」「管理が大変」「法律的に難しい」と考えられることでも、当時は「珍しい」「面白い」「見てみたい」という気持ちが先に立ちやすかったのです。

もちろん、当時の人が悪かったという話ではありません。

時代によって、社会の基準は変わります。

昭和のデパートで驚くような商品が売られていたことは、今の価値観から見ると不思議ですが、当時の人々にとっては、豊かさや好奇心を感じさせるイベントでもありました。

今と何が違う?昭和と現代のデパート文化の大きな変化

昭和と現代のデパート文化の違いは、かなり大きいです。

わかりやすく比べると、次のようになります。

比較する点 昭和のデパート 現代のデパート
役割 買い物・食事・遊び・催事の総合施設 高級品・食品・ギフト・体験型サービス中心
屋上 遊園地、動物売り場、イベント会場 庭園、休憩スペース、ビアガーデンなど
商品 生活用品から珍しい動物まで幅広い ブランド品、食品、化粧品、ギフトが中心
家族の楽しみ方 1日過ごす特別なおでかけ 目的買い、食事、贈答、イベント参加
驚きの演出 動物催事、実演販売、大食堂、屋上遊園地 物産展、限定品、ポップアップ、体験イベント
社会の基準 規制や安全意識が今より緩やか 安全管理、動物福祉、衛生、法令順守が重視

昭和のデパートは、暮らしの中心に近い場所でした。

家族が休日に出かける。
子どもが屋上で遊ぶ。
親が買い物をする。
大食堂で食べる。
催事で珍しいものを見る。

このように、デパートは家族の時間を丸ごと受け止める場所でした。

一方、現代のデパートは、ネット通販やショッピングモール、専門店、テーマパーク、飲食チェーンと役割を分け合うようになりました。そのため、昔のように「何でもあり」の場所ではなく、より上質な商品、限定感、ギフト、食の楽しみ、体験価値に力を入れるようになっています。

つまり、昭和のデパートは夢を見せる巨大な箱でした。

現代のデパートは選ばれた価値を届ける場所へ変わっています。

昔のデパートで売られていた驚きの商品が今も話題になるのは、単に「変だったから」ではありません。

そこには、昭和の人たちが感じていた豊かさ、家族で出かける楽しみ、珍しいものへのあこがれ、そして今とは違う社会の常識が詰まっています。

小象が百貨店の屋上で売られていた話は、今の私たちには信じられない出来事です。

けれど、その驚きの中には、昭和のデパートがどれほど大きな存在だったのかがよく表れています。買い物をするだけではなく、知らない世界を見せてくれる場所。それが、昭和のデパートだったのです。


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