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先生が変わる 学校を変える 学校に行けない子どもはどう支える?学びの多様化学校と一般校に広がる教育改革の現在地【ETV特集で話題】

教育
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「学校とは何か」を問い直す時代へ

子どもが学校へ行けなくなる理由は、一人ひとり違います。だからこそ今、「みんな同じ」を前提にした学校のあり方そのものが見直され始めています。先生が子どもを“指導する存在”としてだけではなく、同じ人間として向き合おうとするとき、学校の空気は少しずつ変わっていきます。

『ETV特集 先生が変わる 学校を変える(2026年5月9日放送)』でも取り上げられ注目されています 。増え続ける不登校、広がる学びの多様化学校、そして変わり始めた先生たちの価値観。いま学校現場で何が起きているのかを深く知ることで、「これからの学校」の姿が見えてきます。

この記事でわかること

学びの多様化学校とはどんな学校なのか
・不登校の子どもに必要な「同じ人間として向き合う」考え方
・先生の価値観が変わると学校がどう変化するのか
・一般の学校にも広がり始めている新しい学校づくりのヒント

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先生が変わると学校はどう変わるのか

学校が変わると聞くと、校舎を新しくしたり、授業にタブレットを入れたり、校則を見直したりすることを思い浮かべる人が多いかもしれません。

でも、いちばん大きな変化は、先生の子どもを見る目が変わることです。

これまでの学校では、「先生が教える」「生徒が学ぶ」「先生が注意する」「生徒が従う」という形が当たり前になりがちでした。もちろん、集団生活の中でルールや安全を守ることは大切です。

ただ、不登校や学校への行きづらさを抱える子どもにとって、その形が強すぎると、「学校に行けない自分はダメなんだ」「先生にまた怒られるかもしれない」「みんなと同じようにできないから居場所がない」と感じてしまうことがあります。

そこで大事になるのが、先生がまず「指導する人」ではなく、一緒に考える人になることです。

「なぜ来られないのか」と原因を探すだけでなく、「どうしたら少し安心できるか」「今日は何ならできそうか」「どんな学び方なら続けられそうか」と、子どもの状態を見ながら関わっていく。

この関わり方に変わると、学校は単なる勉強の場所ではなく、子どもが自分を取り戻す場所に近づいていきます。

不登校の子どもは、怠けているわけでも、わがままを言っているわけでもありません。学校という環境の中で、心や体が限界に近づいていることもあります。人間関係、授業の速さ、集団行動、評価、失敗への不安など、理由は一人ひとり違います。

だからこそ、先生が変わるというのは、「子どもを学校に合わせる」だけでなく、「学校の側も子どもに合わせる余地を持つ」ということです。

これは甘やかしではありません。むしろ、子どもがもう一度学びに向かうための土台づくりです。

令和6年度の小・中学校の不登校児童生徒数は353,970人で、12年連続で増加し、過去最多となっています。この数字を見ると、不登校は一部の子どもだけの問題ではなく、いまの学校全体が向き合うべき大きなテーマになっていることがわかります。

先生が変わると、子どもへの声かけも変わります。

「どうして来なかったの?」ではなく、「来られたんだね」
「早く追いつこう」ではなく、「今どこから始めようか」
「みんなと同じにしなさい」ではなく、「あなたに合う形を一緒に考えよう」

この小さな違いが、子どもにとっては大きな安心になります。

学校を変えるというのは、大きな改革だけを指すわけではありません。子どもを見る目、言葉のかけ方、教室に入れない子への距離感、授業に参加できない日の扱い方。そうした毎日の積み重ねが、学校の空気を変えていきます。

学びの多様化学校とはどんな場所なのか

学びの多様化学校とは、学校に行きづらい子どもたちの実態に合わせて、特別な教育課程を組むことができる学校です。

以前は「不登校特例校」と呼ばれていましたが、名称が変わったことで、「不登校の子だけの特別な学校」という印象から、「学び方はいろいろあってよい」という考え方がより前面に出るようになりました。名称変更は、学校教育法施行規則に基づく指定校の分類名を改めたものです。

通常の学校では、授業時間数、時間割、学級活動、行事などがある程度決まっています。もちろん、その仕組みが合う子どももたくさんいます。

しかし、朝から決まった時間に登校することが難しい子、集団の中に長くいると疲れてしまう子、授業の進み方についていけず自信をなくした子、人間関係で傷ついてしまった子にとっては、通常の形そのものが大きな負担になることがあります。

学びの多様化学校では、そうした子どもの状態に合わせて、通常の学校よりも柔軟な学び方を取り入れることができます。

たとえば、次のような特徴があります。

・授業時数を柔軟に設計できる
・体験活動や探究的な学びを重視できる
・子どもの興味や関心に合わせた学習を取り入れやすい
・登校の仕方や学校生活のペースを考えやすい
・少人数で安心しやすい環境をつくりやすい

特別な教育課程を編成できる制度は、平成17年7月から始まっています。学校生活への適応が難しい子どもの実態に配慮し、通常の教育課程とは異なる形で学びを保障するための仕組みです。

ここで大事なのは、学びの多様化学校が「楽な学校」ではないという点です。

むしろ、子どもが自分のペースで学び直し、自分の気持ちを言葉にし、人との関わりを少しずつ取り戻していく場所です。

勉強をしない場所ではありません。学びをあきらめないために、学び方を変える場所です。

たとえば、毎日決まった時間に机に座って授業を受けることが難しい子でも、少人数で話し合ったり、ものづくりをしたり、興味のあるテーマを調べたりする中で、「学ぶって少し面白いかも」と感じられることがあります。

学びの多様化学校が注目される理由は、ここにあります。

不登校の子どもを「学校に戻す」だけが目的ではなく、子どもが安心して学び、自分らしく成長できる形を探す。その発想が、これまでの学校観を大きく変えつつあります。

不登校の子どもと同じ人間として向き合う意味

不登校の子どもと向き合うとき、つい大人は「どうすれば学校に戻れるか」を考えます。

もちろん、学校に行けるようになることを望む家庭もありますし、学習の遅れを心配する気持ちも自然です。

ただ、子ども本人にとって最初に必要なのは、登校を急がされることではなく、安心して話せる関係です。

「同じ人間として向き合う」という言葉には、子どもを上から見ないという意味があります。

先生と生徒という立場はあります。けれど、その前に、先生も子どもも感情を持った人間です。疲れることもあるし、迷うこともあるし、うまく言葉にできない日もあります。

不登校の子どもは、すでに「行かなきゃいけないのに行けない」という苦しさを抱えていることが少なくありません。そこに「なぜ行けないの」「このままだと困るよ」という言葉だけが重なると、子どもはさらに自分を責めてしまいます。

だから、まずは「あなたが困っていることを一緒に考えたい」という姿勢が大切になります。

同じ人間として向き合うとは、子どもの言い分を何でもそのまま受け入れるということではありません。子どもの気持ちを尊重しながら、必要なことを一緒に整理していくことです。

たとえば、子どもが「教室に入りたくない」と言ったとき、すぐに「入らないとダメ」と返すのではなく、

「教室の何がしんどいのか」
「廊下ならいられるのか」
「別室なら学べるのか」
「友だちとの関係が不安なのか」
「授業の内容が難しいのか」

こうした点を一つずつ見ていくことで、初めて必要な支援が見えてきます。

不登校の背景は、単純ではありません。本人の性格だけでも、家庭だけでも、学校だけでも説明しきれないことが多いです。

学校への不安、人間関係、学習面のつまずき、生活リズム、体調、発達特性、家庭環境、進路への焦りなどが重なっている場合もあります。

だからこそ、「原因を一つ見つけて解決する」というより、「今の子どもに何が必要か」を見続けることが大切です。

また、不登校支援では、登校日数だけで成果を見ない視点も必要です。

今日、先生と一言話せた。
別室に10分いられた。
好きなことについて少し話せた。
家でプリントを1枚できた。
明日の予定を自分で選べた。

こうした小さな変化も、子どもにとっては大きな一歩です。

大人がその一歩を見逃さず、「できたね」と受け止めることで、子どもは少しずつ自信を取り戻していきます。

「学校に行くか行かないか」だけで見ると、子どもの成長は見えにくくなります。大切なのは、子どもが社会と完全に切れてしまわないこと、学びから遠ざかりすぎないこと、自分を否定し続けないことです。

その意味で、同じ人間として向き合う姿勢は、不登校支援の出発点になります。

大和市立引地台中学校分教室の先生たちの1年

神奈川県大和市にある大和市立引地台中学校分教室は、学びの多様化学校として、不登校の子どもたちに合った学びの場をつくっている公立の分教室です。

大和市では、地域の学校に長期間登校していない子どもが、自分らしく中学校生活を送れるように、この分教室を開室しました。1学年10名程度を想定し、一人ひとりの状況に合った柔軟な学習機会を大切にしていることが示されています。

ここで注目したいのは、「特別な場所をつくったから終わり」ではないという点です。

学びの多様化学校の価値は、制度や教室の名前だけでは決まりません。そこで働く先生たちが、どんな考え方で子どもと向き合うかによって、学校の意味は大きく変わります。

ETV特集「先生が変わる 学校を変える」でも描かれるように、先生自身が「先生とは何か」「学校とは何か」を問い直すことは、とても大きなテーマです。

先生は、子どもより先に答えを持っている存在に見えます。でも、不登校支援の現場では、先生も迷います。

どこまで声をかければよいのか。
待つことと放っておくことの違いは何か。
学習を促すタイミングはいつか。
保護者とどう連携するのか。
元の学校との関係をどう考えるのか。
子どもが「行きたくない」と言ったとき、何を優先するのか。

こうした問いには、すぐに正解が出ません。

だから、先生たちの1年は、子どもを変える1年であると同時に、先生自身が変わっていく1年でもあります。

特に公立学校の中で学びの多様化学校を運営することには、大きな意味があります。

私立のフリースクールや民間の居場所も大切ですが、公立の学校が変わることには、地域全体への影響があります。経済的な負担が比較的少なく、地域の中で学びを続けられる可能性があるからです。

また、分教室という形は、既存の学校制度とつながりながら、新しい学びの形を試せる点でも重要です。

完全に別の場所に切り離すのではなく、公立学校の仕組みの中で、子どもに合った柔軟な学びをつくる。これは、今後の学校改革を考えるうえで大きなヒントになります。

引地台中学校分教室のような場が注目される背景には、不登校が増えているだけでなく、「学校に戻す支援」だけでは足りないという社会の気づきがあります。

子どもが安心できる場所を増やすこと。
学びの道を一つにしないこと。
先生が子どもと一緒に悩み、試し、考えること。

こうした取り組みは、これからの公立学校にとって重要な実践になっていきます。

先生は生徒を導く存在という考えを問い直す

先生は生徒を導く存在です。

この考え方は、決して間違いではありません。子どもに知識を教え、安全を守り、社会で生きる力を育てることは、先生の大切な役割です。

ただし、「導く」という言葉が強くなりすぎると、子どもが自分で考える余白がなくなることがあります。

特に不登校の子どもに対しては、「正しい道に戻す」という見方が強くなりすぎると、子どもは「自分は外れた存在なんだ」と感じてしまいます。

ここで問い直したいのは、先生が導くことそのものではなく、どのように導くのかです。

前に立って引っ張るだけが導くことではありません。
隣に立って一緒に歩くことも、導くことです。
後ろから見守り、必要なときに支えることも、導くことです。

これからの先生に求められるのは、子どもを一つの型にはめる力ではなく、子どもの状態を見ながら関わり方を変える力です。

たとえば、学校に来られない子に対して、「来なさい」と言うだけではなく、なぜ来られないのかを一緒に考える。授業に参加できない子に対して、「やりなさい」と言うだけではなく、どこでつまずいているのかを探る。

このように、先生の役割は「正解を与える人」から、子どもが自分の答えを見つける手助けをする人へと広がっていきます。

不登校の支援で大切なのは、子どもを急がせすぎないことです。

もちろん、何もしなくてよいという意味ではありません。学びや生活のリズムを整えることは大切です。ただ、子どもの心が疲れ切っているときに、無理に前へ進ませようとすると、さらに動けなくなることがあります。

大人でも、強く責められたり、失敗を何度も思い出させられたりすると、次の一歩を出しにくくなります。子どもならなおさらです。

だから、先生はときに「待つ力」を持つ必要があります。

待つとは、何もしないことではありません。
子どもを見捨てずに、関係を切らずに、声をかけるタイミングを探し続けることです。

「今日は話せなくてもいい」
「でも、あなたのことを気にかけている」
「必要なときは一緒に考える」

こうした関わりが、子どもにとっては支えになります。

また、先生自身も変わるためには、学校全体の支えが必要です。

一人の先生だけが頑張っても、学校の仕組みが変わらなければ限界があります。担任、養護教諭、スクールカウンセラー、管理職、教育委員会、地域の支援機関がつながることで、子どもを支える力は強くなります。

不登校が増えている今、先生個人の熱意だけに頼るのではなく、学校全体で「子どもをどう見るか」を共有することが欠かせません。

一般の学校にも広がる学校づくりのヒント

学びの多様化学校の取り組みは、不登校の子どもだけのためにあるものではありません。

実は、一般の学校にもたくさんのヒントがあります。

なぜなら、今は学校に通えている子どもの中にも、実は不安やしんどさを抱えている子がいるからです。

毎日登校しているけれど、教室では緊張している。
友だちに合わせすぎて疲れている。
授業についていけないことを言えない。
先生に相談したいけれど、迷惑をかけたくない。
学校では明るくしているけれど、家ではぐったりしている。

こうした子どもたちは、数字には表れにくい存在です。

だからこそ、学びの多様化学校の考え方を一般の学校にも取り入れることには意味があります。

たとえば、次のような工夫です。

・教室以外に安心して過ごせる場所を用意する
・授業に参加する方法を一つにしない
・子どもが自分のペースで相談できる仕組みをつくる
・欠席後に戻りやすい声かけをする
・先生同士で子どもの状態を共有する
・成績や出席だけで子どもを見ない
・子どもが「困っている」と言いやすい空気をつくる

特別な設備がなくても、できることはあります。

たとえば、保健室や別室で少し休めるようにする。朝から来られない子に、午後からの参加を認める。黒板を写すのが苦手な子に、プリントやデジタル教材を使う。大勢の前で発表するのが苦手な子に、別の表現方法を用意する。

こうした工夫は、不登校の予防にもつながります。

学校に行けなくなってから支えることも大切ですが、行けなくなる前に「少し苦しい」と言える場所があることは、もっと大切です。

現在、不登校支援では、オンラインの活用、教育支援センター、校内教育支援センター、民間団体との連携、学びの多様化学校など、複数の支援の形が重視されています。つまり、学びの道を一つにしないことが大切だと考えられるようになっています。

これからの学校に必要なのは、「みんな同じ」を大切にするだけではなく、「違っていても学べる」を大切にすることです。

同じ教室にいることだけが学びではありません。
同じスピードで進むことだけが努力ではありません。
同じ方法で発表することだけが成長ではありません。

子どもによって、安心できる距離も、得意な表現も、学びやすい形も違います。

その違いを認める学校は、不登校の子どもだけでなく、すべての子どもにとって過ごしやすい場所になります。

もちろん、学校現場には忙しさや人手不足もあります。先生たちに「もっと頑張れ」と言うだけでは、解決にはなりません。

必要なのは、先生が子どもと向き合いやすい仕組みを整えることです。

少人数で話せる時間をつくる。
相談できる専門職とつながる。
先生同士が孤立しない。
学校だけで抱え込まず、地域や家庭と協力する。
子どもを支える大人も支えられるようにする。

学校を変えるとは、子どもだけを変えることではありません。先生だけを変えることでもありません。

子ども、先生、家庭、地域、制度が少しずつ向き合い方を変えていくことです。

不登校の増加は、学校が失敗しているという単純な話ではありません。むしろ、これまで見えにくかった子どもの苦しさが、社会に見えるようになってきたとも言えます。

だからこそ、今問われているのは、「学校に合わない子をどうするか」ではありません。

「子どもたちが安心して学べる学校とは何か」です。

先生が変わると、声かけが変わります。
声かけが変わると、子どもの表情が変わります。
子どもの表情が変わると、教室の空気が変わります。
教室の空気が変わると、学校は少しずつ変わっていきます。

その変化は、すぐに大きな成果として見えるものではないかもしれません。

でも、「ここなら少し話せる」「ここなら少し学べる」「ここなら自分を責めなくていい」と感じられる子どもが増えることは、これからの学校にとってとても大切な一歩です。


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