九州の甘口しょうゆの秘密に迫る!大分・臼杵の巨大木樽工場とは
2024年5月25日に放送されたNHK総合「探検ファクトリー」では、大分県臼杵市にあるフンドーキン醤油株式会社が特集されました。今回のテーマは「九州の食文化を支えるご当地調味料・甘口しょうゆ」。臼杵市で作られる甘口しょうゆの製造工程から、九州独自の味文化の背景、そして驚きの巨大木樽の存在まで、深く掘り下げた内容が紹介されました。
歴史ある醤油の町・臼杵市での工場探検
大分県臼杵市は、九州屈指の醤油の産地として長い歴史を誇っています。その始まりはおよそ400年前。臼杵藩初代藩主の稲葉貞通が、美濃の国(現在の岐阜県)から職人を呼び寄せて醤油づくりを始めたのがきっかけとされています。それ以来、臼杵の風土と職人の手仕事が重なり、この地域ならではの甘口しょうゆ文化が育まれてきました。
今回の番組で訪れたのは、1861年創業の老舗メーカーフンドーキン醤油の工場です。敷地内に入るとすぐに目を引くのが、世界一の木樽とされる巨大な樽です。
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樽の直径・高さはともに9メートルという迫力あるサイズ
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容量は540kL(キロリットル)で、1Lの醤油ボトル約54万本分に相当
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素材には吉野杉が使われ、木の香りと通気性が活かされている
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木樽内部では、3年間という長期にわたって発酵と熟成が進む
この樽が造られたのは、江戸時代の醤油づくりを再現するという目的があったからです。当時は機械もなく、自然の力に頼った熟成法が主流でした。現在の一般的な醤油は約半年〜1年ほどで出荷されるのに対し、この木樽では3年もの時間をかけてじっくりと熟成させています。
また、発酵を進める「もろみ」が樽の中で静かに眠っている様子は、まるで生き物のような存在感を放っていました。熟成の進み具合を確認できるのは、工場の中でも限られた技術者のみで、工場長だけがもろみの状態を見極められるという厳格な体制も印象的です。
木樽の周囲には、木組みの補強が施され、職人たちの細かな技術と情熱が込められています。巨大な樽の隣には、搾り出されたしょうゆが保存されるタンクや、布で何重にも重ねて行う「しょうゆ搾り」の工程も再現されていました。
木樽を使った伝統製法は、日本全国でも非常に限られた場所でしか行われていません。その中でフンドーキン醤油は、地域の伝統と技術を守りながらも、現代の食卓に合った甘口しょうゆを提供し続けている貴重な存在です。
臼杵の町とともに歩んできたこの工場のたたずまいは、まさに“醤油の歴史”を体感できる場所であり、今も未来へと伝統の火を灯し続けています。
甘口しょうゆはなぜ甘いのか?
番組では、まず九州で一般的に使われている甘口しょうゆを試食し、さらに甘さが約3倍、約5倍のしょうゆと順に味を比べていきました。とくに5倍の醤油は驚くほど甘く、まるで砂糖醤油のような味わいでした。これは鹿児島県向けの製品で、九州の南に行くほど甘さが強くなる傾向があるとのことでした。九州独自の味の文化が、こうしたバリエーションを生み出しているのです。
では、なぜ九州では醤油が甘くなったのでしょうか。その背景には、いくつかの説が紹介されていました。
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食文化の違いによる説:九州は海に囲まれ、昔から新鮮な魚が豊富にとれる地域でした。ところが、魚は新鮮すぎると熟成が足りず、旨みが少ない場合もあります。そのため、味に深みを出すために甘口の醤油が求められるようになったとされています。特にブリの刺身との相性は抜群で、甘口しょうゆは魚の風味を引き立てながら、醤油の辛さを和らげてくれます。
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砂糖が手に入りやすかったという説:江戸時代、海外からの貿易の窓口であった長崎には砂糖が多く入ってきていました。さらに、南九州では奄美諸島を中心にサトウキビの栽培が盛んに行われるようになり、他地域よりも砂糖を入手しやすい状況が続いていたとされます。そのため、料理や調味料に自然と砂糖を使う文化が根づき、しょうゆにも甘さが加えられるようになったのです。
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おもてなし文化による説:昔の日本では、砂糖はとても高価で貴重な調味料でした。そのため、砂糖を使った甘い料理は「特別なもてなし」として扱われていました。来客や祝い事の際には甘い味付けが良いとされ、自然と醤油にも甘さが加わるようになったという考え方です。家庭料理でも「良い醤油=甘い醤油」という価値観が生まれたとも言われています。
これらの要素がそれぞれ絡み合い、現在の九州独自の甘口しょうゆ文化が形づくられていったと考えられます。ただ単に甘くすれば良いというのではなく、その土地の風土、歴史、人々の味覚が重なり合って生まれたものなのです。九州の甘口しょうゆは、地域の個性をそのまま映し出した調味料であり、味だけでなく背景にある物語にも注目したいところです。
醤油の製造工程と甘さの秘密
フンドーキン醤油の工場では、年間およそ1万6000kLもの醤油が作られています。これは九州の食卓を支える量としても十分な規模です。醤油の基本原料は大豆・小麦・塩。この3つをどう扱うかで、味わいや香りが大きく変わってきます。
まず、大豆は水を含ませてふっくらとさせた後、蒸気で蒸してやわらかくします。そして小麦は高温で焙煎され、香ばしい風味を引き出します。この小麦に麹菌をまぶしてよく混ぜ、大豆と一緒に巨大な麹室へ。直径はなんと14メートルもある巨大な部屋で、ここで材料を3日間じっくり寝かせて麹を育てるのです。
麹菌はとてもデリケートで、納豆菌とは相性が悪いため、作業に入る人は朝食に納豆を食べてはいけないというルールもあります。微生物の世界では、こうした小さな注意が品質を大きく左右します。
できあがった麹には食塩水を加えて、「もろみ」と呼ばれるペースト状の発酵材料を作ります。このもろみをタンクに移して、発酵がスタート。使用するタンクにも種類があり、
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ステンレスや鉄のタンクでは約半年の発酵
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木樽ではおよそ1年もの長い時間をかけてじっくり発酵させる
という違いがあります。もろみの中では、乳酸菌や酵母菌が活発に働き、しょうゆのコクや香りを生み出していきます。
発酵が終わると、もろみを300枚以上の布に包み、圧力をかけず自然に搾り出すという伝統的な方法で醤油が抽出されます。この段階で得られるのが「生揚げしょうゆ」。まだ火入れしていない、生の状態の醤油です。
ここからさらに、フンドーキン独自の「甘さの工夫」が加わります。一般的には、甘味を加える際に砂糖を使いますが、砂糖には溶ける限界があるため、それだけでは十分な甘さを出すことができません。そこで登場するのが天然甘味料です。
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甘草(カンゾウ)の根から抽出したエキス:砂糖の約35倍の甘さ
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ステビアの葉から取れる甘味成分:砂糖の約140倍もの甘さ
これらを使うことで、少量でしっかりと甘みを加えることができ、風味を損なわず、しょうゆの濃さとバランスを保ちながら甘さを調整できるのです。
こうした工程一つひとつに職人の細かな技術と判断が求められ、大量生産でありながらも、品質と伝統を大切にした醤油づくりが続けられています。甘口しょうゆの背景には、原料と発酵、そして甘さをコントロールする知恵と工夫がたくさん詰まっているのです。
甘口しょうゆで簡単おいしい料理
番組では、甘口しょうゆの魅力をより身近に感じてもらうために、実際に家庭で作れる料理がいくつか紹介されました。使うのは甘さ3倍や5倍に調整された甘口しょうゆ。どのメニューも特別な材料は必要なく、すぐにまねできるものばかりでした。
まず最初に登場したのがたまごかけごはんです。使用するのは甘さ3倍のしょうゆで、生卵に直接かけるだけで、まろやかさとコクがぐっと増します。生卵のなめらかさと、甘口しょうゆのやさしい塩味が重なって、ひとくち目から違いがはっきりわかるほどの味の変化が感じられました。シンプルな料理だからこそ、しょうゆの良さがそのまま味に出る例として最適です。
続いて紹介されたのはカレイの煮つけ。こちらには甘さ5倍の甘口しょうゆが使われていて、砂糖やみりんを一切使わずに煮魚を仕上げていました。強い甘さとしょうゆの旨みがカレイにしっかり染み込んでいて、煮込む時間も短くて済みます。魚の臭みも抑えられ、素材本来の味と甘口しょうゆの深いコクが一体となった一品に仕上がっていました。
最後に登場したのは焼きうどん。こちらにも甘さ3倍のしょうゆを使って、しょうがやキャベツ、にんじん、もやし、豚肉と一緒に炒めて作ります。野菜のシャキシャキ感と豚肉のうま味に、甘口しょうゆがとろりと絡んで、子どもから大人まで楽しめる味付けになっていました。調味料がしょうゆ一本で決まるので、忙しい日の時短料理にもぴったりです。
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たまごかけごはん:甘口しょうゆでまろやかさUP。朝食にもおすすめ
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カレイの煮つけ:みりん不要。甘口しょうゆ一本で本格的な味
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焼きうどん:炒めるだけで完成。しょうゆの甘さが全体をまとめる
どの料理も甘口しょうゆの持つ深い味わいと、使い勝手のよさを存分に引き出していました。しょうゆを変えるだけで、普段の料理がぐっと豊かになる。そんな発見が詰まったメニューばかりで、番組の後にはきっと試してみたくなる人も多かったはずです。甘さのバリエーションによって使い分けることで、毎日の献立にも広がりが生まれます。
工場の見どころと魅力
見学の最後には、3人が吉野杉で作られた巨大木樽の上に立ち、発酵中のもろみを見学しました。発酵の状態を確認できるのは、工場長ただ一人のみという特別なポジション。伝統と現代の技術が融合した現場ならではの緊張感と誇りがにじんでいました。
まとめ
大分県臼杵市のフンドーキン醤油は、九州の甘口しょうゆ文化を今もなお支える重要な存在です。伝統的な製法を守りつつも、現代のニーズに応える製品づくりを続ける姿勢は、多くの人に感動を与えるものでした。今回の放送で紹介された甘口しょうゆの製造背景や、味の理由を知ることで、普段何気なく使っているしょうゆにも新たな視点が加わります。
甘口しょうゆの奥深い魅力、ぜひ実際に味わってみてはいかがでしょうか。
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