人体III 第3集 命のつながり 細胞40億年の旅
私たち人間の体は、約40兆個の細胞でできています。その細胞のひとつひとつは、生きるために必要なさまざまな働きをしています。番組では、細胞の中の小さな世界で起きている驚きの出来事や、命の始まりの物語が描かれました。そして、細胞をめぐる最先端の医療技術や、絶滅の危機にある動物たちの命を救う取り組みまで、幅広い視点で「命とは何か」に迫りました。
細胞の中で働く10万の小さな部品たち
人の体をつくっている細胞は、見た目は丸い袋のようですが、その中には信じられないほどたくさんの物質がつまっています。それぞれがとても小さな部品のような存在で、専門家の間では「細胞内キャラクター」と呼ばれることもあります。その種類は、なんと10万以上にものぼるとされています。
これらの物質は、ただあるだけではなく、細胞を動かすために必要な役割をしっかり持っています。一つひとつがそれぞれ違う働きをしながら、まるでチームのように協力して命を守っています。
・エネルギーをつくるもの:細胞の中で食べ物の成分からエネルギーを生み出す、いわば発電所のような働き
・情報を伝えるもの:細胞内の部品同士の連携を保ち、命令を正しく伝える役目
・細胞の形を保つもの:骨組みのように、細胞が崩れないように支える部品
・外からの敵を防ぐもの:ウイルスや細菌が入ってこないように守る、セキュリティの役割
これらの部品たちは、それぞれが単独で動くのではなく、タイミングや場所をきちんと合わせながら、分担して仕事をこなしています。たとえば、細胞が分裂するときには、情報を伝える部品が遺伝情報をコピーし、それをアクチンのような構造が支えながら正しく分けます。エネルギーを生み出す部品がその活動を支えることで、分裂という大仕事が成り立ちます。
細胞の中は、まるで忙しい工場やにぎやかな町のようです。必要な資材を運ぶ物質、工事を行う物質、見張りをしている物質などが、それぞれの「持ち場」で一生懸命働いています。そのすべてがそろって初めて、細胞は生きることができます。
こうして考えると、私たちが何気なく過ごしている毎日も、細胞の中の小さな部品たちの働きによって支えられていることがわかります。目には見えませんが、私たちの命は、細胞の中で起きている奇跡のような連携の積み重ねなのです。
豚の臓器を使った「命をつなぐ」最前線の医療
番組では、アメリカの医療現場で始まっている画期的な取り組みとして、「異種移植」が紹介されました。これは、人間以外の動物、主に豚の臓器を人間に移植する技術のことです。豚は人間と体の大きさが似ていて、腎臓や心臓の構造も非常に近いため、臓器提供の候補として注目されています。
これまでも臓器移植は多くの命を救ってきましたが、ドナー不足が世界的な課題になっています。その解決策として期待されているのが、この豚の臓器を活用する方法です。しかし、異なる種の動物同士では、体が臓器を異物とみなして攻撃する「拒絶反応」が強く起きることが問題でした。
この課題に対し、アメリカでは遺伝子改変技術を使って解決しようとしています。豚の臓器にある拒絶の原因となる遺伝情報を取り除いたり、逆に人間に近づける情報を加えたりすることで、体が受け入れやすくなるように工夫されています。これにより、より安全な異種移植が可能になってきたのです。
実際にこの手術を受けたのが、トワナ・ルーニーさんという女性です。彼女は、人工透析が必要な状態でしたが、試験的な手術として豚の腎臓の移植を受けました。その後、なんと130日間ものあいだ透析なしで生活することができたのです。
その間、彼女は家族との時間を自由に過ごすことができたといいます。退院後に感染症の影響で腎臓は摘出されましたが、彼女にとってはその130日間が何よりも貴重な時間でした。病院からのインタビューでは、彼女が「家族と過ごせた時間はかけがえのないものだった」と話していたことが紹介されており、医療技術によって支えられた命の価値の重さが伝わってきました。
このような異種移植の研究と実践は、これからの医療にとって大きな可能性をひらく一歩です。今後さらに安全性や技術が進めば、多くの命が救われる未来が広がっていくことでしょう。
命のはじまり「LUCA」ってなに?
今から40億年前の地球は、生き物も植物もまだ存在しない、荒れた世界でした。しかしその中で、生命の始まりとなる出来事が起こりました。海の中にあったいろいろな物質が、あるとき偶然に組み合わさり、自分で働いて生きようとする小さな存在が生まれたのです。それが「LUCA(ラスト・ユニバーサル・コモン・アンセスター)」と呼ばれる最初の細胞です。
LUCAは、今生きているすべての生き物の“共通の祖先”です。私たち人間だけでなく、鳥や魚、木やカビにいたるまで、すべての命がLUCAからつながっていると考えられています。
LUCAには、次のような大きな特徴がありました。
・20種類のアミノ酸を材料として持ち、細胞の中でタンパク質を作る仕組みがあった
・自分と同じ仲間をつくる「分裂」の力を持っていた
・他の細胞と合体して、新しい性質を取り入れる柔軟性を持っていた
アミノ酸とは、私たちの体を作る大切な材料です。現在の生き物たちも、LUCAが使っていたのと同じ20種類のアミノ酸を使っています。40億年前に決まったルールが、今でも変わらず使われているというのは、とても不思議で感動的なことです。
また、LUCAは自分と同じ仲間を分裂して増やすことができたため、命の炎はそこから絶えず受け継がれていきました。さらに、周りの細胞と合体して新しい特徴を手に入れることで、より生きやすい形に進化していったと考えられています。
現在、南米チリのアタカマ砂漠には、LUCAに近い性質を持つ微生物が生息していることがわかってきました。この砂漠は地球の中でも特に乾燥していて、生命の誕生当時の地球に似た環境が残っているとされています。研究者たちは、こうした微生物を調べることで、LUCAの正体や命の起源にさらに迫ろうとしています。
LUCAのような存在が生まれたことによって、命は地球に根を張り、今のような豊かな生物の世界が広がりました。私たちの命も、LUCAからずっと続いてきたバトンの1つなのです。
細胞分裂の不思議な仕組み
LUCAが命のはじまりとして持っていた最も大切な力のひとつが「細胞分裂」です。細胞分裂とは、ひとつの細胞が自分とまったく同じコピーをつくり、数を増やすしくみのことです。この仕組みがあるからこそ、生物は成長したり、傷ついた部分を修復したり、新しい命を生み出したりできるのです。
細胞が分裂するときには、体の中でとても繊細で複雑な作業が進められています。その中でも重要な役割をするのが「アクチン」という物質です。アクチンは、細胞の形を支える“骨組み”のような存在で、細胞の内部に糸のように張り巡らされています。
・分裂の準備段階では、アクチンが細胞の中心に集まって位置を決める
・分裂が始まると、アクチンが収縮して細胞をぎゅっとしぼるように動かす
・その動きによって細胞が2つにきれいに分かれる
このように、アクチンがしっかり働くことで、細胞は正確に、すばやく、安全に分裂することができます。
しかし、もしこの分裂の途中でミスが起きると、細胞に重大な影響を与えることがあります。たとえば、DNAがうまくコピーされなかったり、分け方を間違えてしまったりすると、がん細胞ができてしまうこともあります。そのため、細胞の中には、こうしたミスを防ぐためのチェック機構も備わっています。問題が起きたときには、分裂を止めたり、異常な細胞を自ら壊したりする仕組みもあります。
こうしたしくみが正しく働いているおかげで、私たちの体はいつも元気に保たれています。細胞が分裂するたびに、体の中では命を守るための綿密な作業が何度も繰り返されているのです。たったひとつの細胞でも、そこには命をつなぐための知恵と工夫がつまっているということが、この分裂のしくみからもよくわかります。
命の炎はいつから灯ったのか?
多くの人は、「命は受精した瞬間に始まる」と思っているかもしれません。けれど実際には、卵子も精子もすでに生きている細胞です。それぞれがすでに命を持ち、役割を持って活動しています。つまり、「受精」は命の始まりではなく、命どうしが出会ってつながる瞬間といえるのです。
では、命の本当の始まりはいつだったのでしょうか? 番組ではそれを、「LUCAが誕生した瞬間」と伝えていました。LUCAは、40億年前に海の中で生まれた最初の細胞です。このたったひとつの細胞が命の炎を灯し、その炎は今も絶えることなく受け継がれていると考えられています。
この命の炎は、細胞の中でさまざまな部品が動き、協力しあうことで燃え続けています。エネルギーを生み出す、情報を伝える、外敵から守る。細胞のすべての働きが、命の炎を消さないように守ってくれているのです。
番組では、人の体をロウソクにたとえる描写がありました。ロウソクの芯に火がついているように、私たちの体の中でも、細胞が動いている限り炎は燃え続けているという意味です。そしてその火は、LUCAから始まり、何十億年もの間ずっと引き継がれてきたもので、私たち一人ひとりの体にも宿っています。
この考え方に触れると、自分の命がとても長い歴史の中でつながれてきた奇跡のように感じられます。毎日当たり前のように過ごしている中でも、体の中ではその命の炎が静かに、でも力強く燃え続けているのです。
絶滅の危機にある命と細胞の保存
いま、地球上では多くの野生動物が絶滅の危機に直面しています。その中でも特に深刻な状況にあるのが「キタシロサイ」です。かつてはアフリカの草原を走っていたこのサイは、密猟や環境の変化によって数を大きく減らし、現在生きているのはメスが2頭だけ。最後のオスは2018年に死亡し、自然なかたちでの繁殖はもうできなくなってしまいました。
しかしこのまま絶滅を受け入れるのではなく、命を未来へつなごうとする努力が世界中で進められています。その中心となっているのが、「バイオレスキュー」という国際的な研究プロジェクトです。ケニアのオルペジェタ自然保護区や、ドイツ・ベルリンの研究機関などが協力して行っている取り組みです。
バイオレスキューでは、次のような最先端の技術が実際に成果を出しています。
・始原生殖細胞(卵子や精子のもと)を人工的に培養することに成功
・すでに保存されていたキタシロサイの細胞を凍結保存し、再生の準備を進めている
・マウスではiPS細胞を使って子どもを誕生させる技術が完成し、応用が始まっている
始原生殖細胞は、まだ成熟していない卵子や精子の“赤ちゃん”のようなもので、これをうまく育てて受精させることで、新たな命を生み出すことができる可能性があるのです。研究チームは、細胞1つひとつを未来の命の“種”として大切に保存し、いつかそれをよみがえらせる日が来ることを目指しています。
また、iPS細胞というのは、皮膚や血液などから作れる万能な細胞で、どんな細胞にも変化できる力を持っています。すでにマウスでこの技術を使って子どもが生まれており、人間や他の動物にも応用できる段階に入ってきています。
キタシロサイのように、「もう終わり」と思われた命も、科学の力によって希望を取り戻しつつあるのです。このような研究が進むことで、将来、他の絶滅危惧種の命もつなぐことができるかもしれません。細胞ひとつの中に、未来の命が眠っていると考えると、その重みと可能性をあらためて感じさせられます。
命とは何かを考える時間
番組の最後には、「命とは何か」というテーマがあらためて投げかけられました。登場した3人はそれぞれの視点で命について語りました。
・人には助け合う気持ちが備わっている
・どんな状況でも生きていること自体に価値がある
・私たちの命は、奇跡の連続が積み重なったもの
細胞という小さな存在が、ここまでつながり合って、私たちの「今」を作っていることを思うと、生きていること自体がとても貴重なことに思えてきます。
おわりに
今回の『NHKスペシャル 人体III』では、生命のはじまりから今までの壮大なつながりを、科学的な視点とやさしい言葉で紹介してくれました。細胞の働き、進化の歴史、最新の医療技術、そして絶滅を防ぐ努力まで、命の重さと奇跡を感じられる1時間でした。
放送の内容と異なる場合があります。
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[…] 6/3 NHKの番組で、命の始まりは「受精した瞬間」ではなく「40億年前にLUCA(ラスト・ユニバーサル・コモン・アンセスター)と呼ばれる最初の細胞が地球で誕生した瞬間」であると説明されていました。人類は皆、細胞レベルできょうだいである、だからこそ、人には助け合う気持ちが備わっているとの主張は、とても興味深いものです。【参考】『NHKスペシャル人体III|細胞の起源「LUCA」と命のつながりを探る40億年の旅』 […]