心をつなぐ一服の茶 わび茶が伝える“もてなし”の形
茶室に入った瞬間、空気が少し変わるような感覚を覚えたことはありませんか?静かな灯り、香り立つ湯気、そして差し出される一服の茶。そんな一瞬に、長い時間をかけて磨かれてきた日本人の「おもてなしの心」が息づいています。10月28日放送の『心おどる 茶の湯 表千家 利休のこころと形(4)茶会』は、その集大成。千利休が目指した「わび茶」の真髄に迫ります。
千利休が求めた“わび”の美とは
「わび茶」とは、千利休が戦国時代に完成させた日本独自の美意識です。当時、権力者たちは豪華絢爛な茶の湯を好んでいましたが、利休はその流れに一線を画しました。金や蒔絵で飾られた茶器ではなく、素朴な土の茶碗。きらびやかな広間ではなく、四畳半ほどの小さな茶室。そこに生まれるのは、贅沢ではなく「静寂」と「心の平安」です。利休は、「茶の湯とはただ湯をわかし、茶をたてて、飲むばかりなることと知るべし」と語りました。この言葉に込められているのは、日常の中にこそ真の豊かさがあるという思想です。
今回の最終回では、その“わびの哲学”を一服の薄茶を通じて表現します。華やかさよりも誠実さを、形式よりも心のこもった所作を重んじる――それが「わび茶」の真髄です。
表千家が受け継ぐ“利休のこころ”
番組では、茶道表千家家元・千宗左が亭主を務めます。表千家は千利休の長男・千道安の流れをくむ家で、最も古い歴史を持つ茶の湯の家元です。その特徴は、形式にとらわれない柔らかい所作と、客を心で迎える姿勢にあります。
亭主は、客のために一つひとつの準備を進めます。床の間の掛け軸には、その日のおもてなしのテーマが込められ、花入れには季節の草花が選ばれます。たとえば秋なら、すすきや桔梗が添えられることも。どの花も決して派手ではなく、自然そのままの姿が尊ばれます。
そして茶室の中では、身分や地位といった社会的なものはすべて取り払われます。亭主も客も「人として向き合う」。それが表千家の茶の湯の精神です。
茶室のしつらえに込められた意味
茶会の舞台となる茶室は、単なる空間ではありません。そこは、亭主の心そのものを表す場所。たとえば、茶道具を置く位置、床の間の掛け軸の選び方、明かりの落とし方に至るまで、すべてに理由があります。
番組では、MIHO MUSEUM館長・熊倉功夫がそのしつらえの意味を解説します。熊倉氏は、茶の湯文化の歴史研究の第一人者であり、利休がどのように「わび」を形にしていったかを学術的な視点から明らかにします。
特に注目すべきは、茶室の入口「にじり口」。身をかがめて入る小さな戸口は、誰もが同じ高さで頭を下げなければならないように設計されています。つまり、茶室に入った瞬間、人はみな平等になるのです。この思想が、わび茶の核ともいえます。
道具が語る“美と実用”の融合
もう一つの見どころは、茶会で使用される道具の世界。13代中村宗哲による漆器や茶杓など、細やかな手仕事が光る品々が登場します。宗哲家は、千家三流に代々仕える塗師の家系で、漆の艶やかな黒と金が調和する美を極めてきました。
中でも象徴的なのが、樂茶碗。これは千利休が理想の茶碗を追い求め、樂家初代・長次郎とともに作り上げた器です。手に取ると、わずかな歪みや厚みの違いがあり、まるで人のぬくもりが残っているよう。利休はその不完全さこそが「美しい」と感じたのです。現代の大量生産にはない、唯一無二の存在感。わび茶の思想は、この樂茶碗の中にも息づいています。
茶会の流れと“もてなし”の心
番組では、準備段階から茶会当日までを丁寧に追います。亭主はまず、茶会の趣向を考えます。季節や天候、客の性格、そして全体の流れを想像しながら、掛け軸や茶器を選びます。
本番では、客を迎え入れる前の静けさの中で、亭主が炉の前に座り、湯の音を確かめる場面も。火のゆらめき、鉄瓶の響き、茶筅の音。すべてが調和することで、空間全体が一つの「作品」となるのです。
表千家講師・木村雅基による解説もあり、所作の意味や茶の点て方など、初心者にも分かりやすく学べる構成になっています。観るだけでなく、自宅でお茶を淹れる時間が少し特別なものに変わる――そんな感覚を得られるでしょう。
“わび茶”が現代に語りかけるもの
スマートフォンが鳴り続け、時間に追われる現代。だからこそ、「静けさの中にある豊かさ」を教えてくれる茶の湯は、今こそ必要な文化かもしれません。
一服の茶を通して相手を思うこと。それは単なる作法ではなく、人と人をつなぐ心の在り方です。たとえば、家庭でコーヒーを淹れるときも、相手の顔を思い浮かべてカップを選ぶ。そんな日常の小さな行為にも、「わび茶」の精神は生きています。茶道は決して“特別な人だけの世界”ではなく、誰でも感じ取れる“心の文化”なのです。
まとめ
この記事のポイントは以下の3つです。
・『わび茶』は、派手さではなく心の静けさを重んじる、日本独自の美意識である。
・千宗左、熊倉功夫、中村宗哲らが、茶室・道具・作法を通して利休の精神を現代に伝えている。
・茶の湯は今もなお、人と人のつながりを取り戻すための“こころの時間”を教えてくれる。
10月28日放送の『心おどる 茶の湯 表千家 利休のこころと形(4)茶会』では、全シリーズの学びを集約した“薄茶の茶会”が実際に行われます。
「わび茶」という言葉の奥にある“人を思う心”。それを体感できるひとときが、この番組の中にあります。
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