AI 未来を夢みたふたりの天才
2025年5月19日放送のNHK総合『映像の世紀バタフライエフェクト』では、「AI 未来を夢みたふたりの天才」と題して、人工知能という壮大なテーマを追い求めたアラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンの人生と功績が紹介されました。今や私たちの生活に欠かせない存在となったAI。その始まりには、戦争や苦悩を乗り越え、未来を見据えたふたりの科学者の挑戦がありました。現代のAIの姿と、それを生み出した歴史の流れを、番組は丁寧に紐解いています。
現代のAI事件から始まる衝撃の導入
冒頭では、ベルギーで起きたある出来事が紹介されました。2023年、ある男性が米国のスタートアップ企業が開発したAI「Eliza」とのチャットに没頭し、6週間後に自ら命を絶ったのです。相手は人間ではなくAI。それでも人の心に大きな影響を与えてしまうAIの存在が、もはや無視できないほどになっていることを示しています。
この現代の事件から遡り、番組は20世紀半ばに活躍したふたりの天才科学者、アラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンの物語へと展開していきます。
暗号と原爆、ふたりの科学者の出発点
第二次世界大戦中、ドイツ軍は「エニグマ」と呼ばれる暗号を使って通信しており、イギリスはその解読に苦しんでいました。アラン・チューリングは、仲間たちとともにこの暗号を解読するため、数学的なアプローチで挑みました。映画『イミテーション・ゲーム』にも描かれたように、彼の功績は戦局を大きく変えるものでした。
一方、アメリカのジョン・フォン・ノイマンは、原爆の開発に関わっていました。後に長崎に投下される爆弾の設計にも携わっており、彼の知識は軍事利用にも活かされていたのです。
戦後、ノイマンは砲弾の弾道を計算するための初期のコンピューター「ENIAC」の限界を認識し、より効率的な「プログラム内蔵型コンピューター」の設計に着手します。これは現在のパソコンやスマートフォンの基本的な仕組みにつながる、大きな一歩でした。
ふたりの天才を襲った悲劇と病
1952年、チューリングはイギリスで同性愛が罪とされていたために逮捕され、ホルモン治療を強制されるという過酷な状況に置かれます。たった2年後、自宅で青酸カリを摂取して亡くなりました。その人生の終わりは、彼の功績とは裏腹に、非常に悲しいものでした。
チューリングは、生前「人間の思考は計算に置き換えることができる」とする論文を発表しており、“考える機械”の誕生を予見していました。この考えが、のちのAI研究の出発点となるのです。
ノイマンもまた、水爆開発のための計算に人生を捧げました。さらに脳の神経構造とコンピューターの仕組みの類似性に注目し、神経ネットワークの研究にも踏み込みます。1956年にはアメリカ政府から勲章が授与されますが、翌年膵臓がんでこの世を去ります。
AI研究の幕開けと厳しい現実
1956年、アメリカのダートマス大学では若き学者たちが集まり、「人工知能(AI)」という分野の研究が正式に始まりました。コンピューターで人間の脳のように考えさせるという試みでしたが、当時の機械では処理能力が不十分で、大きな成果には結びつきませんでした。この失敗から「AIの冬の時代」と呼ばれる低迷期が到来します。
それでも科学の進歩は止まりません。1990年代、IBMが開発したスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」が、チェスの世界王者ガルリ・カスパロフに勝利します。これはAIの計算力の勝利でしたが、あくまでも膨大な選択肢の中から勝率の高い手を選ぶ方式で、チューリングが思い描いた“思考するAI”とは異なるものでした。
アルファ碁の登場とAIの進化
その後、IBMのAI「ワトソン」が登場し、アメリカの人気クイズ番組『ジェパディ!』で人間のチャンピオンを破ります。これは、AIが質問を理解し、膨大なデータから正確な回答を導き出す力を持ち始めたことを示していました。
そして2016年、囲碁の世界に革命が起こります。グーグルの開発したAI「アルファ碁」が、世界トップクラスの棋士イ・セドルに挑み、勝利をおさめたのです。囲碁は複雑すぎて、人間でも直感が求められるゲームですが、「アルファ碁」は過去16万局を学び、自分で戦略を編み出し、AI同士で対局しながら進化していきました。
特に第2局では、AIが放った一手を人間の解説者が「悪手」と判断する場面もありましたが、イ・セドル本人はその一手の創造性に驚きと敬意を示しました。
AIは科学の未来を変えるか
2024年、デミス・ハサビスがノーベル化学賞を受賞します。彼の開発したAIは、タンパク質の複雑な構造を数時間で予測できる力を持っており、これまで人類が数年かけて行ってきた研究を一気に加速させました。
さらにグーグルが開発したAI「LamDA」は、ある開発者が“人間のような意識がある”と主張したことでも話題になりました。対話の記録も公開されましたが、開発者は停職処分を受けています。
終わりに
かつては部屋のように大きかったコンピューターが、トランジスタの登場で急速に小型化・高性能化し、今や手のひらに収まるスマートフォンに進化しました。そして、AIは人の心にも働きかけるようになり、日常生活から医療、軍事、芸術まで幅広く応用されています。
この進化の原点には、アラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンというふたりの天才がいました。彼らが未来を信じ、数学と哲学に基づいて描いた「考える機械」は、現代のAIとして私たちのそばにあります。
AIは私たちの味方なのか、それとも制御できない存在となるのか。その問いに答えるためにも、今を生きる私たちが、その歴史と向き合う必要があるのかもしれません。
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