パスタから読み解くイタリアの歴史
このページでは『木村多江の、いまさらですが… パスタから観たイタリア史(2026年2月23日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
ローマ帝国の繁栄、ゲルマン人大移動、大航海時代、そして統一運動まで。ひと皿のパスタを手がかりにたどると、イタリアという国の歩みがくっきりと見えてきます。食卓にのぼる料理が、実は歴史そのものだったと気づかされる回です。
木村多江の「いまさらですが…」パスタから観たイタリア史とは
今回のテーマは、その名の通りパスタ。
いつも食卓にあるあの麺を「ただのごはん」ではなく、
イタリアという国の歩みを映す鏡として見ていくのが、この回の大きな特徴です。
スタジオには、編集部メンバーとして俳優の池田鉄洋と加藤小夏が登場。
そして、解説を担当するのは、イタリア中世史・食文化史の研究で知られる
東京大学名誉教授の池上俊一です。
視聴者は、編集部の会議に参加するような感覚で、
「パスタってどこから来たの?」「どうしてイタリアの象徴になったの?」
そんな素朴な疑問を、少しずつ一緒にほどいていくことになります。
パスタとイタリア料理が世界に認められた理由
番組の導入でまず語られるのは、
パスタを含むイタリア料理が、世界からどう見られているかということです。
イタリア料理は、ユネスコの無形文化遺産として登録されました。
ユネスコは、イタリア料理を「家庭や学校、祭りや社交の場を通じて、
家族やコミュニティとつながる手段」と説明しています。
ここで大事なのは、「有名なレシピだから守る」のではないという点です。
イタリア料理は、
・季節を感じること
・土地の食材を大切に使うこと
・家族や友人が食卓を囲むこと
こうした日常の積み重ねそのものが、文化として評価されています。
その中でパスタは、
「忙しい日も、家族が集まるきっかけになる料理」
「世代をこえて受け継がれる家庭の味」
として、イタリア人の日常と強く結びついています。
番組では、この“生活の中の料理”という視点からスタートし、
そこから、古代ローマへ、大航海時代へ、イタリア統一へと、
イタリア史の大きな流れに視野を広げていきます。
古代ローマの食卓にあったパスタの原型
最初にさかのぼるのは、紀元前27年。
オクタウィアヌスが初代皇帝となり、ローマ帝国が始まった時代です。
この頃のローマでは、小麦を使った料理がすでに生活の中心にありました。
「パスタ」という呼び名こそありませんが、
小麦粉をこねて伸ばし、ゆでたり焼いたりする料理は数多く作られていました。
当時のレシピには、
・小麦を練って板状にし、ソースをかけて食べるもの
・豆や野菜の煮込みに、薄く伸ばした生地を入れるもの
などが登場します。
現在のパスタと同じとは言えませんが、
「小麦の生地を形づくって、汁やソースと一緒に食べる」という発想は、
すでにローマ人の食卓に根づいていました。
番組では、こうした古代の料理を紹介しながら、
・なぜ地中海世界で小麦がこれほど大事にされたのか
・ローマ帝国の領土拡大が、食文化の広がりにどう影響したのか
といった背景まで、わかりやすく描いていきます。
ゲルマン人の大移動でパスタが歴史の闇に消えた時代
しかし、ローマ帝国の繁栄にも終わりが来ます。
4世紀ごろから続いた、ゲルマン人の大移動です。
帝国が揺らぎ、戦や混乱が増えると、
人々は広い領土を行き来しながら暮らすことが難しくなります。
交易も不安定になり、
小麦をたっぷり使った「手間のかかる料理」は、
一部の地域や限られた階層のものになっていきました。
本や資料の中でも、しばらくのあいだ
「パスタの仲間」と言える料理の記録はほとんど見られなくなります。
これが、番組の予告で語られる
「パスタが歴史の闇に消える」という表現の正体です。
ここで番組は、
「食べものの歴史は、戦争や政治の歴史と切り離せない」
というポイントを、子どもにも伝わる言葉で丁寧に説明してくれます。
乾燥パスタを運んだアラブ商人と地中海世界の交流
いったん姿を消したように見えるパスタは、
中世のある時期に、別の形で再び歴史の表舞台に現れます。
鍵を握るのは、地中海を行き来したアラブ商人たちです。
乾燥させた小麦の麺は、長い航海でも傷みにくく、
船に積んで運ぶのにとても都合がよい食料でした。
イスラーム世界とヨーロッパのあいだで交易が盛んになる中で、
この「乾燥した麺料理」が、シチリア島や南イタリアに伝わったと考えられています。
・暑い気候でも保存しやすい
・忙しい港町でも、短時間でゆでて食べられる
こうした利点が、港を中心に広がり、
のちに「スパゲッティ」などの形へつながっていきます。
番組では、
地中海の地図を見ながら、この流れを視覚的に追いかけていきます。
ここで、パスタが「一国だけの料理」ではなく、
さまざまな文化の交わりの中で育った食べものだということが見えてきます。
南米からやってきたトマトと赤いパスタソースの誕生
今やパスタには欠かせないトマト。
でも、最初からイタリアにあった野菜ではありません。
大航海時代、ヨーロッパの船が南米へ渡り、
トマトはほかの作物と一緒にヨーロッパへ持ち込まれました。
最初のころ、トマトは観賞用の植物と見なされ、
「見た目はきれいだけど、食べるのは少し怖い」と思われていた時期もあります。
けれども、徐々に調理法が工夫され、
油やハーブ、塩と合わせたソースとして使われ始めました。
ここで、パスタとの相性の良さが一気に注目を浴びます。
・煮つめると濃い味と鮮やかな色になる
・安定して手に入りやすく、保存もしやすい
・オリーブ油との相性がとても良い
こうした理由から、ナポリなど南イタリアの都市を中心に、
「トマトソースのパスタ」は庶民の味として広がっていきました。
番組では、大航海時代の世界地図を背景に、
トマトがアメリカ大陸からヨーロッパへ、
そしてイタリアの食卓へと旅していく道のりを、
子どもにもイメージしやすい流れで紹介していきます。
地方色ゆたかなパスタと「ばらばらなイタリア」
近代に入るまで、イタリアは一つの国ではなく、
たくさんの王国や都市国家に分かれていました。
そのため、パスタ料理も地域ごとに大きく違います。
・ナポリのロングパスタとトマトソース
・ボローニャ周辺のミートソース(ラグー)
・北イタリアの生クリームやバターを使ったソース
・シチリアのカツオやイワシと組み合わせたパスタ
同じパスタでも、気候や産物、歴史によって姿が変わるのです。
番組では、こうした地方パスタの例をいくつか取り上げながら、
「バラバラだった地域の人々が、それぞれ自分たちのパスタを大切にしていた」
という状況を描きます。
ここで押さえておきたいのは、
この「地方色」が、のちにイタリア統一の物語と
どう結びついていくか、という点です。
ガリバルディとイタリア統一に映る「パスタの国」の夢
19世紀、イタリアでは統一運動が高まり、
「一つの国をつくろう」という動きが強くなっていきます。
その中心人物の一人が、
赤いシャツで知られる英雄ガリバルディです。
番組の紹介文では、
ガリバルディが「パスタを愛する者同士が一つの国にまとまる喜び」を
謳ったとされています。
つまり、政治的なスローガンだけでなく、
人々の毎日の食卓にあるパスタを、
「同じものを食べる仲間」としての象徴にしたわけです。
ここには、
・地方ごとに違うパスタを持ちながらも
・同じ小麦と水から生まれた料理を分かち合う
という、イタリアらしい感覚が表れています。
番組では、
統一運動の歴史をざっくり振り返りつつ、
「パスタ」という日常の視点から、
イタリアという国がどんな願いを込めて生まれたのかを考えていきます。
池上俊一『パスタでたどるイタリア史』が番組の裏側で語ること
番組の土台となっているのが、
歴史学者池上俊一による岩波ジュニア新書
『パスタでたどるイタリア史』です。
この本では、
・古代ローマの「パスタの原型」
・アラブ人が伝えた乾燥パスタ
・大航海時代のトマトとソースの誕生
・地方パスタと国家形成
・家庭の食卓と母子の物語
といったテーマが、子どもにも読みやすい文章でまとめられています。
番組で扱われる内容は、このうちの一部ですが、
本を読むと、さらに細かいエピソードや
当時の人々の暮らしぶりまで知ることができます。
例えば、
・なぜ南イタリアで乾燥パスタの産業が発達したのか
・料理書にどんなパスタ料理が登場するのか
・工業生産の進展が、パスタの大量生産とどう結びついたのか
こうした専門的な話も、ジュニア向けらしく平易に書かれています。
番組をきっかけに本を手に取れば、
テレビで見た内容を、もう一段深く味わうことができます。
番組をより楽しむための見どころと余韻
最後に、視聴するときの「見どころ」を整理しておきます。
まず注目したいのは、
木村多江たち編集部メンバーの会話を通じて、
「難しそうな歴史」がぐっと身近に感じられる構成です。
・子どもが抱きそうな素朴な疑問
・大人でも聞きづらい「いまさらですが…」な質問
こうしたポイントを、あえて口に出してくれるので、
視聴者も一緒に「わからないところから始めていい」と思いながら
番組に入り込めます。
次に、流れを意識して見ると楽しいのが、
パスタとイタリア史の対応です。
・ローマ帝国の繁栄 → パスタの原型
・ゲルマン人の大移動 → 記録から消えるパスタ
・アラブ商人と地中海交易 → 乾燥パスタの復活
・大航海時代 → トマトとの出会い
・地方色ゆたかなパスタ → ばらばらなイタリア
・ガリバルディの統一運動 → 「パスタの国」というイメージ
このセットで頭に入れておくと、
歴史の大きな流れも、自然と整理されていきます。
そして最後に残るのは、
「今日のわたしたちが食べている一皿のパスタは、
長い時間とたくさんの人たちの暮らしによって形づくられてきたんだ」
という静かな驚きです。
今度パスタをゆでるとき、
ふとローマ帝国の石畳や、
南イタリアの港町、
イタリア統一を夢見た人々の姿を思い浮かべてみる。
そんなふうに、
いつもの夕食が少しだけドラマチックに感じられる――
この番組は、そんな余韻を残してくれる一時間になりそうです。
Eテレ【木村多江の、いまさらですが…】豊臣秀長〜天下一統を支えた男〜|略奪禁止の理由と大和郡山城下町、20万人が集まった葬儀の真実|2026年1月26日
ナポリと乾燥パスタ産業の発展

番組では触れきれない背景として、ここでぜひ紹介したいのが、ナポリと乾燥パスタ産業の関係です。イタリア南部のナポリ周辺、とくにカンパーニア州グラニャーノは、乾燥パスタの発展地として知られています。なぜこの地でパスタ産業が広がったのか。その理由は、気候と風にありました。
乾燥に適した気候と風
ナポリ湾に面したこの地域は、日差しが強く、空気がよく通ります。山と海に囲まれた地形によって、ほどよい乾いた風が吹き抜けます。この自然の風が、打ちたてのパスタをゆっくり均一に乾かすのに最適でした。昔は機械ではなく、外に並べて天日で乾かしていました。水分をしっかり抜くことで、長く保存できる丈夫な麺になります。自然の力が、そのまま産業の土台になったのです。
グラニャーノが「パスタの町」と呼ばれる理由
グラニャーノは「パスタの町」として世界的に知られています。十八世紀ごろには多くの工房が立ち並び、町じゅうで麺を干す風景が広がっていました。小麦粉は南イタリア産の硬質小麦が使われ、弾力のある麺が作られます。乾燥工程をていねいに行うことで、ソースがよく絡む質の高いパスタが生まれました。今もこの町の名前は高品質の証として語られています。
機械化と世界への広がり
十九世紀に入ると、蒸気機関などの技術が導入され、生産量が一気に増えました。それでも基本は、乾燥を大切にする製法です。保存がきく乾燥パスタは、船で運ぶのにも向いていました。こうしてナポリから各地へ、そして世界へと広がっていきます。パスタは家庭の料理でありながら、町を支える産業にもなりました。自然と歴史が重なって生まれたこの流れこそ、イタリア食文化の力強さを物語っています。
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