- ローマ教皇はなぜ「世界と格闘する存在」なのか
- バチカンという舞台 サン・ピエトロ大聖堂とシスティーナ礼拝堂
- 白い煙が上がるまで コンクラーベでローマ教皇が決まるしくみ
- ピウス12世と第二次世界大戦 「沈黙」と「外交」のはざまで
- ムッソリーニ、スターリン、そして松岡洋右 ローマ教皇と独裁者たち
- ヨハネ23世とキューバ危機 世界を核戦争の危機から遠ざけた声
- ヨハネ・パウロ2世 ポーランドから世界を動かしたローマ教皇
- 聖職者の性虐待スキャンダルとローマ教皇 現代の最大の試練
- バチカン使徒文書館が開く扉 歴史の「沈黙」が少しずつ言葉になる
- ホルヘ・マリオ・ベルゴリオからフランシスコ教皇へ 貧者と地球を守る闘い
- ロバート・フランシス・プレヴォストからレオ14世へ 「アメリカ出身のローマ教皇」が突きつけられた課題
- 映像の世紀バタフライエフェクトが見せる「ローマ教皇 世界との格闘」の意味
- 気になるNHKをもっと見る
ローマ教皇はなぜ「世界と格闘する存在」なのか
番組が追いかけるのは、ローマ教皇というひとりの宗教指導者の姿ですが、その背後には「世界史のもうひとつの表舞台」が広がっています。
およそ二千年続くカトリック教会のトップであるローマ教皇は、単なる信仰のリーダーではありません。各時代の戦争、革命、独裁、冷戦、そして現代の地球規模の課題まで、政治と切っても切れない場面に立ち会い続けてきました。
番組では、第二次世界大戦の緊張の中にいたピウス12世、核戦争の危機と向き合ったヨハネ23世、冷戦終結の陰にいたヨハネ・パウロ2世、そして現在へと続く教皇たちの「決断」と「沈黙」に光を当てます。
その足跡を追うことで、「ローマ教皇は世界とどう格闘してきたのか?」という大きなテーマが、ぐっと身近な問いとして浮かび上がってきます。
バチカンという舞台 サン・ピエトロ大聖堂とシスティーナ礼拝堂
ローマ教皇の物語の舞台は、イタリア・ローマの中心にあるバチカン市国です。面積はおよそ0.44平方キロメートル、人口はおよそ800人ほど。世界でいちばん小さな独立国家ですが、ここから世界中のカトリック信者およそ十数億人へメッセージが発信されています。
その象徴が、巨大なドームで知られるサン・ピエトロ大聖堂と、教皇選出の場にもなるシスティーナ礼拝堂です。システィーナ礼拝堂の天井画と「最後の審判」は、ミケランジェロが描いた世界的な名画としても有名です。
番組では、荘厳な映像とともに、この空間でどれほど多くの歴史が積み重なってきたかを改めて伝えます。小さな国に見えても、そこには帝国の興亡、革命、冷戦といった世界史のうねりが、静かに折りたたまれているのです。
白い煙が上がるまで コンクラーベでローマ教皇が決まるしくみ
新しい教皇を選ぶ儀式がコンクラーベです。枢機卿たちがシスティーナ礼拝堂に閉じこもり、多数決で次の教皇を決める、というイメージだけを持っている人も多いかもしれません。
実際には、選挙に参加できるのは基本的に80歳未満の枢機卿で、投票は何度も繰り返されます。3分の2以上の票を得た候補が現れたとき、ようやく新しい教皇が誕生します。
投票の結果は、礼拝堂につながる煙突から上がる煙の色で外に知らされます。票がまとまらなければ黒い煙、決まったときには白い煙。サン・ピエトロ広場を埋める人びとは、その一瞬の色に息をのみます。
「閉ざされた部屋で行われる政治」といえば、どこか薄暗いイメージもありますが、番組は、祈りと議論の場としてのコンクラーベにカメラを向けます。ここでの選択が、のちの世界の歴史に「バタフライエフェクト」を起こしていくからです。
ピウス12世と第二次世界大戦 「沈黙」と「外交」のはざまで
第二次世界大戦の時代にローマ教皇だったのがピウス12世です。彼はナチス・ドイツの台頭とホロコーストに対して、はっきりとした非難の言葉を出さなかったとして、戦後しばしば「沈黙の教皇」と批判されてきました。
一方で、彼は外交の裏側では虐殺の情報を集め、ユダヤ人の救援に動いていた、という研究も進んでいます。1942年のクリスマス演説では、直接「ユダヤ人」とは言わないものの、「民族や血による全滅」を暗に批判したとされます。
番組は、戦争という極限状況の中で、ローマ教皇がどこまで声を上げられたのか、その「線引き」を問いかけます。もし強く抗議していればさらなる報復を招いたかもしれない。黙っていれば、同じ民族が苦しみ続ける。その狭間で揺れるピウス12世の姿は、「正しいことを言うべきか、状況を見て飲み込むべきか」という、私たちの日常にも通じる葛藤としても映ってきます。
ムッソリーニ、スターリン、そして松岡洋右 ローマ教皇と独裁者たち
番組では、ローマ教皇と独裁者たちの距離感にも焦点が当たります。
まず、ファシスト政権のベニート・ムッソリーニです。1929年、ムッソリーニ政権と教皇庁のあいだで結ばれた「ラテラノ条約」によって、バチカン市国は正式に独立国家として認められました。
小さな国の生まれた背景には、イタリア国家とカトリック教会の長年の対立と妥協がありました。ムッソリーニにとっては国内のカトリック信者の支持を得る狙いがあり、教皇にとっては領土と独立を手に入れる機会だったのです。
一方、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンは、「ローマ教皇?あいつは師団を何個持っているんだ?」という言葉で有名です。軍事力こそ力だと考えるスターリンからすれば、軍隊を持たない教皇の影響力は軽く見えたのでしょう。
しかし、冷戦ののちの時代を振り返ると、武器を持たないローマ教皇の言葉が、人々の心に与えた影響は決して小さくありませんでした。
そして日本からも、外務大臣だった松岡洋右が1941年にバチカンを訪れ、ピウス12世と会談した記録が残っています。彼は日独伊三国同盟の立役者でありながら、戦争の激化を恐れ、ローマ教皇に和平の仲介を求めたと伝えられています。
番組は、独裁や戦争を推し進めた人物たちが、ある瞬間にはローマ教皇の「道徳的な力」に頼ろうとした、そのねじれた関係を浮かび上がらせます。
ヨハネ23世とキューバ危機 世界を核戦争の危機から遠ざけた声
1962年、アメリカとソ連がにらみ合ったキューバ危機は、世界が核戦争の寸前まで近づいた事件として知られています。このときローマ教皇だったヨハネ23世は、アメリカのケネディ大統領やソ連のフルシチョフに向けて、緊張緩和を訴えるメッセージを発信しました。
番組では、ヨハネ23世がバチカン放送などを通じて「武力ではなく対話を」という呼びかけを行い、その言葉が両国の指導者に少なからず影響を与えた可能性に触れます。核兵器を持たないローマ教皇が、核超大国どうしの心理戦の中で「良心の声」として機能した瞬間でした。
歴史の教科書ではあまりページを割かれない部分かもしれませんが、「ひとりの老人の静かな言葉」が、世界地図の色を変えたかもしれない──番組はそうした視点から、ヨハネ23世の役割を丁寧に描き出します。
ヨハネ・パウロ2世 ポーランドから世界を動かしたローマ教皇
冷戦時代のローマ教皇として強い印象を残しているのが、ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世です。彼は祖国ポーランドで、民主化運動「連帯」と呼ばれる労働者の動きを精神的に支え、東欧の共産主義体制崩壊に大きな影響を与えたとされています。
番組では、ヨハネ・パウロ2世の訪問によって数十万人が広場に集まり、「恐れるな」という彼の言葉に励まされる場面が映像で紹介されます。ソ連や東欧の共産党政権から見れば、これは軍隊ではない「危険な力」でした。
1981年の暗殺未遂事件も取り上げられます。教皇は銃撃を受けながらも生き延び、のちに犯人と面会して許しを与えました。この行動は、政治的な闘争を超えた「宗教者としての応答」として、世界に強い印象を残しました。
聖職者の性虐待スキャンダルとローマ教皇 現代の最大の試練
時代が21世紀に入ると、ローマ教皇の前に立ちはだかったのは、外の敵ではなく「教会の内側」に潜んでいた問題でした。世界各地で明るみに出た、聖職者による性虐待と、その隠蔽です。
番組は、被害者の証言や報道映像を通して、この問題が信徒の信頼をどれほど深く傷つけたかを伝えます。ローマ教皇ベネディクト16世、そしてフランシスコ教皇の時代には、虐待防止のための新たな指針や、告発を受け止める仕組みづくりが進められてきました。
ただし、制度を整えるだけでは十分ではありません。番組は、「どこまで過去の隠蔽を明らかにするのか」「被害者にどう向き合うのか」という、ローマ教皇にとって最も痛みを伴う課題に、今も答えを探し続けている現状を描きます。
バチカン使徒文書館が開く扉 歴史の「沈黙」が少しずつ言葉になる
ここで重要な鍵になるのが、バチカン使徒文書館です。かつて「バチカン秘密文書館」と呼ばれていたこの場所は、教皇庁の機密文書を保管してきた特別なアーカイブで、近年は第二次世界大戦期の資料などが段階的に公開され、研究者が利用できるようになってきました。
ピウス12世の戦時中の対応をめぐる議論でも、この文書館の記録が決定的な役割を果たしつつあります。誰とどんな書簡を交わしていたのか、どこまで虐殺の情報を把握していたのか。紙の上の痕跡が、「沈黙」と見えていた行動の理由を少しずつ照らし出しています。
番組は、棚に並ぶ膨大な資料を映しながら、「ローマ教皇の判断は、しばしば長い時間をかけて評価が変わる」という歴史の面白さも伝えてくれます。
ホルヘ・マリオ・ベルゴリオからフランシスコ教皇へ 貧者と地球を守る闘い
アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオがフランシスコ教皇となったとき、世界は「史上初の南米出身のローマ教皇」に驚きました。
番組は、ブエノスアイレスの下町で貧しい人びととともに歩んできた彼の過去を振り返りつつ、「貧しい人のための教会」「地球環境を守る責任」というテーマがどのように打ち出されたかを紹介します。回勅「ラウダート・シ」では、気候変動や経済格差を、信仰の問題としても語りなおしました。
フランシスコ教皇の姿から見えてくるのは、「ローマ教皇=ヨーロッパの人」という時代が終わり、世界各地の現実を映す鏡としての教皇像へと変わっていく過程です。
ロバート・フランシス・プレヴォストからレオ14世へ 「アメリカ出身のローマ教皇」が突きつけられた課題
そして番組は、最新のローマ教皇へとカメラを向けます。アメリカ・シカゴ出身の修道司祭ロバート・フランシス・プレヴォストは、2025年のコンクラーベでローマ教皇に選ばれ、レオ14世の名を選びました。
彼は長くペルーで宣教と教育に携わり、バチカンでは司教人事を担当する要職を務めてきました。アメリカ生まれでありながらラテンアメリカにも深いルーツを持つレオ14世は、人工知能や環境危機、移民問題など、21世紀ならではの課題に、社会教説と対話の姿勢で向き合っています。
番組は、師団も軍事力も持たないローマ教皇が、今度は「テクノロジーと人間の尊厳」という、新しい戦場に立っている姿を描きます。
映像の世紀バタフライエフェクトが見せる「ローマ教皇 世界との格闘」の意味
シリーズ映像の世紀バタフライエフェクトは、「小さな出来事がやがて大きな歴史の転換点になる」という視点から世界史を見直してきました。今回の「ローマ教皇 世界との格闘」も、まさにそのコンセプトの中に位置づけられます。
ピウス12世の一つの演説、ヨハネ23世の平和への一文、ヨハネ・パウロ2世の広場での一言、フランシスコ教皇やレオ14世の環境や貧困へのメッセージ。どれも、当時は「耳を傾ける人だけが知る言葉」にすぎなかったかもしれません。
しかし振り返ってみると、その言葉が誰かの心を動かし、やがて国の進路を変え、冷戦や戦争の流れに小さくない影響を与えていった──番組は、そうした「見えにくい力」を、豊かな映像とともに浮かび上がらせます。
私たち視聴者に残るのは、「ローマ教皇って遠い存在だと思っていたけれど、世界が揺れるたびに、あの小さな国から静かに何かを発信していたんだ」という実感です。
そして同時に、「自分の小さな言葉や選択も、どこかで誰かの未来を変えているのかもしれない」という、ささやかな希望でもあります。
番組で描かれた歴代のローマ教皇たちの格闘の跡をたどることで、私たちは「権力」とは違う形の影響力、「沈黙」と「発言」の重さを、あらためて考えさせられるのではないでしょうか。
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