スクリーンに刻まれた東京百年が語りかけるもの
このページでは『映像の世紀バタフライエフェクト(2025年12月30日放送)』の中から『スクリーンの中の東京百年』で描かれた内容をもとに、映画に残された東京の100年を追っていきます。映像の世紀バタフライエフェクトが見つめたのは、華やかな名場面だけではありません。震災、戦争、復興、高度成長、バブル崩壊、そして現代まで、東京という都市が抱えてきた現実と感情です。スクリーンの中の東京百年を通して、東京100年の変化がどのように映像に刻まれてきたのかが見えてきます。
深川から始まった映画の東京と関東大震災
番組の序盤では、1920年代の東京、とりわけ江東区深川を舞台にしたサイレント映画が取り上げられました。
まだ音のない時代の映画には、セリフ以上に街の空気や人々の表情が刻み込まれており、当時の東京の現実がそのまま映し出されています。
紹介された『深川美談 孝女てい子』は、家族を養うために身を粉にして働く少女の姿を描いた作品です。
物語は一見すると道徳的な教訓劇のように進みますが、終盤で主人公の少女が実在の人物だったことが明かされます。
これにより、観客は物語としてではなく、現実に東京の下町で生きていた一人の少女の人生として、この作品を受け止めることになります。
映画は娯楽であると同時に、当時の暮らしそのものを写し取る記録だったことが伝わってきます。
続いて触れられたのが、関東大震災の翌年に作られた『社會教育劇 街の子』です。
親と死別し、盗みなどに手を染めかけた少年が、それでも正しい道に戻ろうとする姿が描かれました。
画面には、瓦礫が残る街並みや、復興の途中で懸命に生きる人々の姿が映り込み、震災後の東京が作り物ではない風景として残されています。
壊滅的な被害を受けた都市が、どのように日常を取り戻そうとしていたのかが、映像から静かに伝わってきます。
この時代、深川生まれの小津安二郎は、松竹キネマ蒲田撮影所に撮影部助手として入り、東京を舞台にした映画人生を歩み始めました。
下町で育った体験は、その後の作品で繰り返し描かれる家族の生活感や街の空気に色濃く反映されていきます。
また、番組では、当時13歳だった黒澤明が、隅田川沿いに打ち寄せる遺体の群れを目にし、強烈な衝撃を受けた体験も語られました。
この記憶は、生涯消えることなく、後の映画づくりにも影を落としていきます。
こうしたエピソードから見えてくるのは、関東大震災の記憶が、東京という都市だけでなく、映画人一人ひとりの心に深く刻まれていたという事実です。
1920年代の映画は、単に昔の東京を懐かしむためのものではなく、大きな喪失と再生の出発点を映し出す存在だったことが、番組を通してはっきりと示されていました。
不況の東京を映した小津安二郎の視線
1931年公開の『東京の合唱』では、世界恐慌によって突然職を失った男が、家族とともに生き方を変えざるを得なくなる姿が描かれました。
それまで大学を出たエリートサラリーマンとして働いていた夫は、失業後、カレーを出す洋食店を手伝いながら生活をつなぎます。
体面や世間体を重んじてきた夫にとって、その現実は簡単に受け入れられるものではありませんでした。
妻もまた、学歴と安定した職を誇りにしていた夫の変化に戸惑います。
最初は、店先に立つ夫の姿を素直に受け止めることができず、心の中で葛藤を抱え続けます。
しかし生活は待ってくれません。
やがて妻も現実を受け入れ、家族全員で洋食店を支える日常が始まります。
そこには劇的な成功や逆転はありませんが、毎日を積み重ねることで、家族の形が少しずつ変わっていく様子が映されています。
小津安二郎がこの作品で描いたのは、社会の底に落ちた人間の悲劇ではありません。
失った地位や収入を嘆くのではなく、生活を立て直そうとする人々の姿を、静かに見つめ続けています。
怒りや絶望を大きく強調することなく、淡々とした日常の中に、時代の重さを滲ませる演出が特徴です。
画面に映る日比谷公園や東京駅も、観光名所としての華やかさはほとんどありません。
人が行き交い、仕事を探し、生活を続けるための現実の舞台として配置されています。
街は夢を与える存在ではなく、踏みとどまりながら生き続ける場所として描かれました。
『東京の合唱』に映る東京は、成功や上昇を約束する都市ではありません。
不況の中でも働き、支え合い、明日を迎える人々が集まる場所です。
この作品は、踏ん張り続ける人間の生活そのものが、東京の本当の姿であることを、静かにスクリーンに刻みました。
戦争と検閲が変えたスクリーンの東京
1925年に治安維持法が制定されると、日本の映画は内務省による検閲を受けるようになりました。
それまで比較的自由に描かれていた東京の街や人々の暮らしは、次第に「どう映すか」「何を映してよいか」を厳しく管理されるようになります。
映画は娯楽であると同時に、国家の方針に沿うことを求められる時代へと入っていきました。
1934年に公開された映画には、渋谷駅前の忠犬ハチ公像が映し出されます。
このとき登場したのは像だけではなく、実際のハチ公(当時10歳)でした。
渋谷という街の象徴が、映画の中に自然な形で取り込まれていたことは、当時の東京の日常がまだ息づいていた証でもあります。
やがて日中戦争が始まると、映画の内容も大きく変化していきます。
戦時中に作られたミュージカル映画では、会社員の夫に賞与として国債が支給される場面が描かれました。
これは作り話ではなく、実際に行われていた制度であり、映画は現実の戦時生活をそのまま反映していました。
楽しさや軽やかさを装いながらも、スクリーンの中には戦争が生活の隅々まで入り込んでいる様子が映っています。
戦争末期になると、東京の状況はさらに厳しくなります。
法律によって空襲時の避難は禁止され、人々には消火活動が義務付けられました。
1944年には、金属不足を理由に、忠犬ハチ公像も金属供出の対象となり撤去されます。
街の象徴さえも戦争に飲み込まれていく現実が、東京から少しずつ日常を奪っていきました。
この時代、映画人が戦争に正面から異を唱えることは極めて困難でした。
そんな中で、木下恵介が手がけた『陸軍』は、異例の存在として語られます。
物語のラストでは、出征する息子を見送る母親が、涙を流しながら後を追いかける姿が描かれました。
戦意高揚一色であることを求められていた時代に、この場面は強い違和感を放ち、結果として当局から問題視されます。
東京の街は、この時代、はっきりと「反対の声」を上げることができないまま、
言葉にできない不安や疑問、息苦しさを抱えた状態でスクリーンに映り続けました。
検閲下の映画に残された東京の風景は、表向きは整っていながらも、その奥に抑え込まれた感情が滲んでいます。
それこそが、戦争の時代を生きた東京の、もう一つの現実でした。
焼け跡から立ち上がる戦後東京と家族
東京大空襲からわずか3日後、焼け野原となった東京の渋谷で吉永小百合が誕生しました。
この事実は、破壊と再生が同時に始まっていた東京の象徴として、番組の中でも印象的に語られています。
街は壊滅的な被害を受けながらも、新しい命が確かに生まれていました。
終戦後まもなく撮影された『東京五人男』では、疎開先から戻る子どもと、それを迎える親の姿が描かれます。
物語の背景に広がるのは、作り込まれたセットではなく、実際の焼け跡の東京です。
瓦礫が残る街並みや、復旧途中の道路がそのまま画面に映り込み、戦後直後の東京が記録映像に近い形で残されています。
観客は物語を追いながら、同時に現実の東京を目にすることになりました。
一方で、人々の心は戦争の記憶から距離を取り始めます。
戦意高揚の時代を一気に塗り替えるように、甘いメロドラマやキスシーンを含む作品が人気を集め、映画館には連日多くの人が詰めかけました。
暗い現実から目をそらし、少しでも明るい気持ちになれる時間を求める空気が、スクリーンの中にもはっきりと表れています。
1946年、戦地から戻った小津安二郎は、戦後第一作として『長屋紳士録』を発表します。
この作品では、焼け跡の東京に残った長屋を舞台に、親を失った戦災孤児を引き取る人々の姿が描かれました。
文句を言いながらも子どもを見捨てきれない大人たちの姿は、戦後の東京に残された人間関係の温度を伝えています。
終盤には、実際の戦災孤児の姿が映り込み、物語と現実の境界が曖昧になります。
1952年、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本は主権を回復しました。
この出来事を境に、東京は戦後の混乱期から、復興と成長の時代へと舵を切っていきます。
映画の中の東京も、焼け跡を映す舞台から、少しずつ未来を見据えた街へと変わっていきました。
この時期の作品群が伝えているのは、東京が単に立ち直ったのではなく、
悲しみと希望を同時に抱えながら前へ進んでいたという事実です。
戦後の東京は、忘れようとする力と、忘れられない記憶が交差する場所として、スクリーンに深く刻まれていきました。
高度成長と『東京物語』が映した家族の変化
1953年に公開された『東京物語』は、東京の下町を舞台に、地方から上京した老夫婦と、その子どもたちの心のすれ違いを描いた作品です。
尾道から出てきた老夫婦は、久しぶりに会えるはずだった家族との時間を期待しますが、現実は思うようには進みません。
娘の一人は美容院を経営しており、仕事に追われる毎日を送っています。
親が上京してきても、ゆっくり向き合う余裕はなく、どこか他人行儀な対応になってしまいます。
東京で暮らす子どもたちにとって、忙しさは当たり前であり、親の存在は後回しになっていきます。
そんな中で、唯一、老夫婦に心を寄せるのが、戦死した次男の妻・紀子でした。
血のつながりはないものの、誰よりも気遣い、東京の街へ連れ出し、話に耳を傾けます。
この紀子を演じたのが原節子で、その穏やかな佇まいと抑えた演技が、作品全体の静けさを支えています。
小津安二郎は、感情を大きく揺さぶるのではなく、家族の絆が少しずつほどけていく様子を、淡々と描きました。
同じ時代、東京の風景として印象的に映ったのが、火力発電所の煙突です。
この煙は、後の時代に語られる公害の象徴ではなく、当時は復興と経済成長のしるしとして受け止められていました。
『煙突の見える場所』では、下町に暮らす人々の日常と、立ち上る煙が重なり、成長する東京の息づかいが映し出されます。
生活のすぐそばにある工場や煙突が、未来への希望として描かれていたことが、この時代の感覚を物語っています。
1960年代に入ると、東京は高度経済成長の真っただ中に入ります。
完成した東京タワーは、新しい時代の象徴として映画の中にも登場し、街は目に見えて変わっていきました。
『いつでも夢を』では、当時17歳だった吉永小百合がヒロインを演じ、若さと希望に満ちた東京が描かれます。
明るい歌とともに、未来へ進む東京の姿が、観客に強く印象づけられました。
一方で、小津安二郎は、この変化を無条件には受け入れていませんでした。
遺作となった『秋刀魚の味』では、娘を嫁がせる父の孤独や、老いの寂しさが描かれます。
映画の中には、開発が進む東京の実景が挿入されますが、そこにはどこか落ち着かない空気が漂います。
小津は「戦後の東京には、気に入った風景がなくなった」と語ったとされ、急速に姿を変える街に、静かな違和感をにじませました。
この時代の映画が伝えているのは、成長する東京の光と影です。
希望に満ちた未来と、取り残されていく感情が同時に存在し、その両方がスクリーンの中に残されました。
『東京物語』から『秋刀魚の味』へと続く流れは、変わりゆく東京と、人の心の距離を見つめ続けた記録でもあります。
バブル崩壊後の渋谷と現代の東京
バブル崩壊後、東京は勢いを失い、長い低迷期に入ります。
街の景色は派手さを保っていても、人々の暮らしや気持ちは大きく変わっていきました。
この時代を象徴するのが、ポケベルや携帯電話の急速な普及です。
連絡手段が広がる一方で、家族も知らない人間関係を持つことが当たり前になり、つながっているはずなのに孤立していく感覚が生まれていきます。
そうした空気を真正面から映し出したのが、1990年代の渋谷を舞台にした『ラブ&ポップ』です。
この作品では、援助交際を繰り返す女子高生の日常が描かれ、仲間由紀恵が主演を務めました。
渋谷の街はネオンにあふれ、人で埋め尽くされていますが、主人公の心には居場所がありません。
誰かとつながっているようで、実は誰とも深く結びついていない状態が、街のにぎやかさと対照的に描かれます。
『ラブ&ポップ』の東京は、夢や成功を約束する都市ではありません。
むしろ、欲望が行き交い、孤独が見えにくくなる場所として映っています。
スクリーンの中の渋谷は、刺激に満ちていながらも、若者が自分の価値を見失いやすい環境であることを静かに示しました。
ここで描かれた東京は、高度成長期やバブル期とはまったく違う顔を持っています。
そしてさらに時代が進み、世界がコロナ禍に包まれた現代。
映画監督のヴィム・ヴェンダースは、この状況下の東京を訪れ、役所広司主演の『PERFECT DAYS』を制作しました。
主人公の名前は平山で、『東京物語』や『秋刀魚の味』に登場する人物と同じ名前です。
この名前の重なりは、東京映画の記憶が、時代を越えてつながっていることを強く印象づけます。
ヴェンダースは、荒れ果てたヨーロッパの都市と対比する形で、東京の日常に目を向けました。
派手な事件や成功ではなく、同じ仕事を繰り返し、静かに暮らす毎日に価値を見いだします。
清掃員として働く平山の生活は、孤独でありながらも、秩序と安定を持っています。
そこには、失われたものばかりを嘆くのではなく、今ここに残っている日常を見つめ直す視点があります。
バブル崩壊後の『ラブ&ポップ』から、コロナ禍の『PERFECT DAYS』まで。
この流れが示しているのは、東京が常に変わり続けながら、人の孤独やつながりの形を映し出す場所であり続けているということです。
時代ごとに表情を変えながらも、スクリーンの中の東京は、私たちの心のあり方を問いかけ続けています。
スクリーンに残る東京百年の意味
『スクリーンの中の東京百年』が伝えていたのは、東京は何度も壊れ、そのたびに姿を変えながら続いてきた都市だということです。震災、戦争、復興、高度成長、低迷、そして現在まで、その時代の感情は映画として残されています。
映像の世紀バタフライエフェクトは、映画が単なる娯楽ではなく、東京の記憶を未来へ渡す装置であることを静かに示していました。
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