過疎の町が進む“未来への選択”
山梨県の小さな町・早川町が、大きな決断を重ねています。観光でにぎわった時代から一転し、人口減少と財政の壁に向き合いながら、町は暮らしを守るための改革へと舵を切りました。
静かな山あいで何が起きているのか、その背景にはどんな思いがあるのか──。
このページでは『ETV特集 過疎のトンネルの先には(2026年2月14日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
日本一人口が少ない町・早川町が抱える現実
![全国で最も人口少ない町、初めて1千人割る 山梨・早川 [山梨県]:朝日新聞](https://i0.wp.com/www.asahicom.jp/articles/images/c_AS20210301001732_comm.jpg?w=1256&ssl=1)
(画像元:全国で最も人口少ない町、初めて1千人割る 山梨・早川 [山梨県]:朝日新聞)
山梨県の早川町は、日本で最も人口が少ない町として知られています。南アルプスのふもとに広がる自然豊かな地域ですが、その美しさとは裏腹に、人口減少と財政の圧迫が深刻な課題となっています。番組では、約2年間にわたり町政の現場へ密着し、町が直面する“今”を丁寧に追っていました。
かつては観光を軸に町を盛り上げようとしてきた早川町。しかし、人口がおよそ800人台にまで減った現在、従来の方針を続けるだけでは立ち行かなくなっています。そこで町は、観光優先から 暮らしを守る施策 へと大きく舵を切るという決断を下しました。この大胆な転換こそが、番組の中心にあるテーマです。
町の地形は険しく、谷沿いに集落が点在するため、道路や水道といったインフラを維持するだけでも大きな負担がかかります。財政資料でも、水道管の更新や道路補修など、日常の生活を支えるためのコストが今後さらに増えることが示されています。こうした現実を前に、町はどの事業を優先し、どこに限界があるのかを見極めなければならない状況に立たされています。
観光から暮らしへ――“方向転換”の裏側
番組が追うのは単なる政策の説明ではなく、その見直しの過程で生まれる揺れ動く感情です。
長年観光事業を支え、イベントや施設運営に力を注いできた住民にとって、「観光より暮らしを優先する」という方針は簡単に受け入れられるものではありません。観光関連施設の休止や補助金の削減が進むと、町外からの交流が減るのではないか、楽しみにしていたイベントが消えるのではないかといった不安が広がります。
その一方で、「人口が減り続けるなかで、町に必要なのはまず生活の安心だ」という声も確かに存在します。医療、移動手段、水道、道路…。誰にとっても必要なサービスを維持するためには、何かを“選ぶ”だけでなく、何かを“手放す”覚悟が求められるのです。
番組では、役場の会議室で繰り返される議論を克明に映しています。数十の事業を一つずつ見直し、維持すべきか否かを判断する作業は、想像以上に重いものです。「町を守る」という言葉の裏には、静かな苦悩が積み重なっていました。
町の象徴だった温泉施設の行方
早川町には歴史ある温泉が多く、観光の柱として長く愛されてきました。しかし、老朽化が進んだ施設の維持には多額の費用がかかり、町はついにいくつかの施設を休止にする決断を下します。
年間900万円ほどの経費削減につながった一方で、住民からは複雑な思いが語られます。「あの温泉が好きだったのに」「観光客が減るのではないか」。
それでも町が前に進むため、選ばざるを得なかった選択でした。
番組は「観光事業を辞める」のではなく、住民サービスに必要な予算へ再配分 するための見直しであることを丁寧に伝えています。観光の灯を完全に消すのではなく、町の未来に応じた形で役割を変えていく。そんな姿勢が浮かび上がっていました。
暮らしを守るための再配分と新たな支え
観光予算の削減で生まれた余力を、町はどのように活かすのか。番組はその部分を細かく掘り下げていました。
水道管の老朽化問題や、山道の維持管理、診療所の運営、高齢者の移動支援…。これらはどれも収益を生まない“コスト”ですが、暮らしの根幹を支える最重要のサービスです。
さらに番組では、2025年に町内初のコンビニエンスストアが開業したことにも触れます。買い物が不便だった地域にとって、この店舗は生活の拠点となり、地域のつながりを保つ場としても役割を果たしています。町が「暮らしのインフラ」としてこうした店舗をどう支えていくかも、重要な視点として描かれていました。
日本の過疎地では、インフラの“更新ラッシュ”が迫っています。早川町のように小規模な自治体が早めに設備や事業を見直しておくことは、将来の担い手を守るためにも欠かせません。番組はその課題を、ひとつの町の例を通して、視聴者に静かに問いかけていました。
住民と向き合う対話の積み重ね
町政の転換は、数字だけでは語れません。番組のなかで最も印象深いのは、住民説明会や対話の場に立つ町長や職員の姿でした。
「イベントが減るのではないか」
「自分たちの楽しみがなくなるのでは」
そんな不安を抱える住民と、町の未来を考える職員が向かい合い、一つひとつの声に丁寧に耳を傾けていきます。
ときには厳しい意見も出ますが、町の“これから”を住民と一緒に考える姿勢こそが、早川町の歩む道を照らす光になっているように感じました。
過疎 という言葉は、暗いトンネルのように見えるかもしれません。しかし、その先にどんな光を描くのかは、町に生きる人たちの選択と行動によって変わるものです。番組は、早川町の挑戦を通して、日本の地域社会が抱える未来の課題を私たちに示していました。
早川町の物語は、地方だけではなく、社会全体に向けた大切な問いかけになっているのです。
まとめ
今回の特集では、日本一人口が少ない早川町が、大きな決断を重ねながら暮らしを守る改革へと向かう姿が描かれていました。観光から生活重視へと舵を切る中で生まれる葛藤や、住民との対話の積み重ねが丁寧に映し出され、地域が直面する課題のリアルが伝わってきます。
本記事の内容は番組をもとにまとめていますが、放送内容と違う場合があります。
【ETV特集】加藤一二三という男、ありけり。ひふみん引退密着ドキュメントと最後の半年間の真実|2026年1月31日
早川町の歴史的背景

ここでは、早川町という土地がどのように形づくられてきたのかを、筆者からの追加情報として紹介します。険しい山あいに広がるこの町には、今の暮らしにつながる長い歩みがあります。
古くから人が住み続けてきた山の暮らし
早川町の始まりは古く、平安時代の末にはすでに集落が生まれていたとされています。山に囲まれた地域ですが、川沿いに小さな平地が点在し、人が暮らすための場所が少しずつ広がっていきました。南アルプスのふもとという厳しい地形の中でも生活が続いてきたことは、この土地の人のたくましさを感じさせます。
金山の開発と信仰が結びついた歴史
戦国時代から江戸時代にかけては、町域にあった金山が武田家の重要な資源となり、人の往来も増えました。特に赤沢集落は参詣の旅人が休む「講中宿」として発展しました。奈良田には、孝謙天皇が滞在したという伝承 が残り、温泉と信仰が深く結びついた地域として知られています。奈良田温泉や西山温泉の歴史は、地域の文化を支えてきた大切な遺産です。
文化が今も残る赤沢宿の町並み
江戸期から続く赤沢宿は、現在も石畳の道と古い家々が残り、当時の旅人が歩いた姿を思い描けるほどの保存状態です。重要伝統的建造物群保存地区 に選ばれているこの場所は、早川町が育んできた歴史そのものと言えます。急な坂道や独特の家の造りには、山里で暮らすための知恵が細かく残っています。
早川町の歩みをたどると、険しい自然の中でも人が力強く暮らしをつないできた歴史が見えてきます。この背景があるからこそ、番組で紹介された町の挑戦がより深く感じられるのです。
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