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【ETV特集】トラウマ治療×マインドフルネスで心を再生 スクールカーストの後遺症とどう向き合うか|2025年11月1日

ETV特集

心の叫びに耳を澄ます夜 ― ETV特集『ドキュメント トラウマ治療』

「もう過去のことだから」「忘れなさい」と言われても、心は簡単に命令に従ってはくれません。ふとした瞬間に襲う不安や恐怖、息苦しさ。眠れない夜に浮かぶ記憶の断片。性被害や虐待を経験した人々にとって、それは“思い出”ではなく“今も続く出来事”のように感じられるのです。
この記事では、NHK・ETV特集『ドキュメント トラウマ治療』(2025年11月1日放送予定)で描かれる、精神科医 白川美也子 さんの27年にわたる治療の現場をもとに、トラウマの正体、回復への道、そして日本社会が抱える構造的な課題を、紐解いていきます。被害の記憶に苦しむ方、その支援をしたいと考える方に、少しでも“希望の糸口”をお届けできればと思います。

白川美也子さん ― 心の闇と光を見つめ続けて

1989年に浜松医科大学を卒業した 白川美也子 さんは、医師としてだけでなく臨床心理士としても長年トラウマ治療に携わってきました。
2013年、東京都杉並区に こころとからだ・光の花クリニック を開業。そこで出会った患者は、虐待・性被害・いじめ・家庭内暴力など、さまざまな過去を背負う人たち。これまでに5000人以上がこのクリニックを訪れています。
彼らの多くは、「怖い」「誰も信じられない」「自分が悪かったのでは」と、自分を責め続けてきた人たちです。白川さんは、まず“安心できる場所”をつくることから始めます。柔らかい照明、落ち着いた香り、静かな空間。医師としてではなく、一人の人間として患者に向き合い、「話さなくても大丈夫」と伝えることが、第一歩なのです。

治療の中では、トラウマによって“記憶の断片”がバラバラになり、言葉にできない苦しみが体や感情に現れるケースが多くあります。白川さんはそうした症状を“心の防衛反応”と捉え、無理に思い出させたり、否定したりはしません。患者自身が「話しても大丈夫」と思える瞬間を、静かに待つのです。

トラウマは「社会の鏡」でもある

トラウマは個人の心の問題と思われがちですが、実際には社会の仕組みや人間関係が深く関わっています。番組では、性被害や虐待のほかに、「スクールカースト」「職場いじめ」「家庭内支配」など、日常の中に潜む“見えない暴力”にも光が当てられます。
例えば、学校では「空気を読まない子」が排除され、クラスの序列に逆らえない雰囲気がつくられる。職場では、パワハラやモラハラが日常化し、声を上げる人が孤立する。これらもまた、心を深く傷つけ、長期的なトラウマを生み出します。
白川さんは「トラウマの根は、人と人の関係の中にある」と語ります。つまり、トラウマを理解することは、“社会の構造”を見つめ直すことでもあるのです。

日本に70万人 ― “見えない被害者”の現実

厚生労働省や研究機関のデータによると、日本では年間約70万人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいると推計されています。
しかし、実際に治療やカウンセリングにたどり着けているのは、その一部に過ぎません。多くの人が「自分のせいだ」「もう遅い」と感じ、助けを求められずにいます。
番組の取材でも、被害から何十年も経ってからようやく病院を訪れたという人が登場します。彼女は「何か怪物が叫んでいるような恐怖をずっと感じていた」と語ります。
白川さんは「その“怪物”は、あなたの中の恐怖や怒りの声。押し殺さず、聞いてあげて」と伝えます。そうした“自分の中の叫び”を受け止めることが、回復の第一歩になるのです。

トラウマが体を変える ― 科学が示す心と体の関係

近年、脳科学や神経心理学の研究によって、トラウマは単に「心の問題」ではなく、「脳や体の変化」としても現れることがわかってきました。
強い恐怖やストレス体験をしたとき、人の脳は“危険”を記憶する仕組みを持っています。その記憶が過剰に働くと、危険がない場面でも体が反応してしまうのです。
結果として、動悸や頭痛、腹痛、過呼吸、眠れない、音や光に過敏になる――こうした身体症状が長く続くことがあります。
白川さんのクリニックでは、薬物療法に加えて、呼吸法・体の感覚に意識を向けるマインドフルネスなども取り入れ、心と体の両面から治療を行っています。

回復の道 ― “元に戻る”のではなく、“生き直す”

トラウマ治療には段階があります。
最初に行うのは、「安全と安定化」。まず安心できる環境を整え、フラッシュバックなどが起きても落ち着ける方法を身につけます。
次に、「トラウマ体験の理解」。再体験・回避・過覚醒といった症状を学び、「これはおかしいことではない」「自分の反応は自然なこと」と理解することで、自分を責める気持ちを和らげます。
その後、認知行動療法(CBT)やトラウマフォーカス療法を通して、過去の出来事を少しずつ整理していきます。
白川さんは「トラウマを“消す”のではなく、それを抱えたまま生きる力を取り戻すことが大切」と語ります。
“元の自分に戻る”のではなく、“新しい自分として生き直す”――これが、トラウマからの回復の本質なのです。

社会にできること ― 沈黙を破る勇気を支える

トラウマを抱える人は、「話すこと」に強い恐怖を感じます。だからこそ、周囲の理解と支援が不可欠です。
私たちができるのは、まず「聞く」こと。そして、「あなたのせいじゃない」と伝えること。
学校や職場、地域社会に“安心して話せる場”があるだけで、救われる人がいます。
また、行政や医療機関、支援団体の情報を知り、つなげていくことも大切です。
トラウマは、社会全体で支え合うべき課題なのです。

まとめ ― 光の花は、どんな暗闇にも咲く

この記事のポイントは3つです。
・トラウマは、個人だけでなく社会の構造によっても生み出される。
・治療の始まりは“安心できる環境”と“自分を責めないこと”。
・回復とは、過去を消すのではなく“新しい生き方”を見つけること。

白川美也子 さんが名づけた「光の花クリニック」という名には、“暗闇の中にも光はある”という願いが込められています。
11月1日放送の『ETV特集 ドキュメント トラウマ治療』では、そんな“光”を見つけようとする人々の姿が描かれるでしょう。

心の傷は見えなくても、確かにそこにあります。
それを見つめ、寄り添う勇気が、誰かの救いになる――そのことを静かに伝える、深い1時間になるはずです。


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