昭和の文豪たちがつかんだ「言葉の自由」とその代償
2025年11月17日放送『映像の世紀バタフライエフェクト』では、昭和の文豪たちがどんな時代を生き、どのように言葉を紡いできたのかが過去の映像とともに描かれていました。自由に書けた大正デモクラシーから、検閲と戦争の時代、そして戦後の価値観の揺れへと続く長い流れの中で、作家たちがどんな選択をしてきたのかが浮かび上がっていました。
NHK【映像の世紀バタフライエフェクト】焼け跡から蘇る銀座の復興史──上羽秀と川辺るみ子、美輪明宏がいた昭和の銀巴里物語|2025年11月10日
大正の「自由」から昭和の「統制」へ
最初に登場したのは、大正期の貴重な宣伝フィルム『現代日本文学巡礼』。
武者小路実篤、佐藤春夫、芥川龍之介、菊池寛といった文学史の中心人物が映っており、まだ言論の自由が息づいていた時代の雰囲気が感じられました。
当時の文学界は、個人の思想や内面を探求するムードに満ち、多くの作家が新しい表現に挑戦していました。雑誌文化も盛んで、文学は文化の中心にありました。
しかし1925年の治安維持法の施行で、作家たちの立場は急激に変わります。思想は監視され、表現は締め付けられ、左翼的な立場を取った作家は転向を迫られました。
その象徴が小林多喜二の死であり、以後「言論は国家に管理される時代」へと大きく舵が切られます。
永井荷風 ― 時代に背を向けた孤高の文学
統制が強まる中でも、永井荷風は自分の文学に対して揺るがない姿勢を保ちました。
彼は時代の風潮に同調しない孤高の存在で、日中戦争が始まる3週間前まで、自分の価値観に忠実な文章を書き続けています。
番組では、戦意高揚ムードの中で荷風が「時代との絶縁」を宣言した姿が強調されていました。
荷風は、文学が国家の道具と化すことに抵抗し、静かに距離を置いた数少ない文豪のひとりでした。
戦場へ送られた作家たちと言葉の役割
日中戦争が始まると、文学の役割は大きく変わります。
新聞社・出版社の特派員として、作家は次々と戦地へ送り込まれ、戦意を高める文章を書くことが求められました。
番組では、具体的に多くの作家が紹介されます。
・火野葦平 — 『麦と兵隊』が空前の大ヒット。兵士の姿を“英雄的”に描き、国民の戦意を支えた。
・林芙美子 — 女性ながら戦地を歩き、生々しい呼吸を感じる文章で読者を引き込んだ。
・高見順、石川達三 — 国内外を取材し、戦争文学の形成に携わった。
・横光利一、川口松太郎 — 国家の求める“戦記文学”に応じて筆を走らせた。
さらに、徴兵された作家もいます。
・司馬遼太郎は兵として戦地を経験し、戦後その体験を作品の核として深く掘り下げていきました。
・三島由紀夫は徴兵されたものの、肺の病により戦地には送られませんでした。しかし「行けなかった」事実が、後の思想の軸になったと考えられています。
文豪たちの「戦争との距離」はそれぞれ異なり、その違いが戦後の評価の分岐点になっていきます。
敗戦後、作家たちに向けられた厳しい視線
敗戦を迎えると、日本はGHQの統治下に置かれます。
それに伴い、戦時中に国家に協力した文章を書いた作家は一斉に批判されました。
番組では、
・林芙美子
・火野葦平
がその後まもなく亡くなったことが紹介され、戦争に関わった作家が背負った重荷の深さがにじみました。
一方で、戦争をどう描くかが新たに問われ、文学界は大きな転換期を迎えます。
高度成長の光と文学に残った影
昭和30年代、日本は高度成長期へ。人々の生活に明るさが戻る一方で、文学では“戦争”というテーマが消えずに残り続けます。
司馬遼太郎は、戦争を生んだ日本国家の正体を探ることを自らの使命として作品を書き続けました。
川端康成がノーベル文学賞を受賞し、同席した三島由紀夫が時代を象徴する存在として注目され始めます。
番組では「三島の思想が過激さを帯びていく過程」が丁寧に映し出されていました。
1970年11月25日 市ヶ谷 ― 文学史最大の事件
番組の核心は、三島由紀夫 市ヶ谷事件でした。
1970年11月25日、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、幹部を監禁。隊員を前に憲法改正を訴えたものの、反応は得られませんでした。
その直後に割腹自殺を遂げた三島の最期は、昭和という時代が抱え続けた矛盾を象徴しています。
三島は戦後民主主義と国家観の間に立ち、文学者としての信念を突き詰めた結果、この劇的な行動に至りました。
文豪たちが残した“言葉”の重さ
エンディングでは、文豪たちの言葉が印象深く引用されました。
・司馬遼太郎
「昭和という時代は実に精神衛生に悪い」
・夏目漱石
「国家的道徳は個人的な道徳より段が低い」
歴史の波に翻弄された作家たちが、何を恐れ、何を信じ、何を残そうとしたのか――その本音が凝縮された言葉です。
まとめ
昭和の文豪たちは、自由と統制、戦争と平和、国家と個人、伝統と革新のはざまで揺れ続けました。
永井荷風の孤独な抵抗、火野葦平や林芙美子の戦争との向き合い方、司馬遼太郎の国家への問い、そして三島由紀夫の劇的な最期。
彼らが生きた昭和は、決して単純ではなく、価値観が激しく揺れ続けた時代でした。
言葉が武器になり、盾になり、時に重荷となったその時代に、文豪たちが何を見つめ続けたのか――今回の特集は、その核心に触れる内容でした。文豪たちの作品を読み返す視点が大きく変わる、深い余韻の残る回でした。
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