里山のクズが本葛粉に生まれ変わるまでの物語
番組が映し出す舞台は、九州の南端に位置する宮崎県の里山です。
ここでは、森一面に広がるツル植物 クズ が、和菓子に欠かせない 本葛粉 の材料として生まれ変わります。
クズは、放っておくと木々に巻き付き、枝や幹を覆い隠してしまうほど成長力の強い植物です。大きな葉が重なり合うと、地面にはほとんど光が届かず、下草が育たない「暗い森」に変わってしまいます。
番組では、その厄介者ともいえるクズを、あえて「資源」として向き合う人たちの姿が描かれます。
急な斜面を登り、土を掘り下げ、太く重い葛の根を掘り出す 掘り子 たち。彼らの仕事が、和菓子文化を支えると同時に、森の姿を守る力にもなっているのです。
四季を映す和菓子職人・水上力と一幸庵のこだわり
物語のもう一人の主役は、東京・茗荷谷で和菓子店 一幸庵 を営む和菓子職人・水上力です。
水上は、四季の移り変わりを一つ一つの菓子に映し出すことで知られる名匠で、和菓子の世界だけでなく洋菓子のパティシエからも厚い信頼を集めてきました。
彼の菓子作りに欠かせない素材が、澄んだ風味と透明感をもつ 本葛粉。
口に含むと、なめらかなとろみと、冷やしたときの澄んだ輝きが生まれます。
一般に「葛粉」として売られているものの多くは、クズのデンプンにサツマイモやジャガイモなどのデンプンが混ざったものです。これに対して 本葛粉 は、葛の根から取り出したデンプンをほぼ100%使う、純度の高い粉を指します。
水上は、そうした本物の素材にこだわり、季節の気配や里山の風景を小さな一口の中に閉じ込めようとしているのです。
九州最南端の里山 串間市で広がるクズの急斜面
カメラが向かったのは、太平洋に面した 宮崎県串間市 の里山。
この街は、青い海と空、フェニックス並木が続く 日南海岸 の南側にあり、海と山が近い自然豊かな土地として知られています。
山あいの斜面を見上げると、そこには一面を覆い尽くすようにクズの葉が広がっていました。
ツルは木々に巻き付き、幹や枝を厚く覆ってしまいます。上から降り注ぐはずの光は遮られ、森の中は薄暗く、風通しも悪くなっていきます。
番組では、こうした「クズに飲み込まれつつある森」と向き合いながら、クズを掘り出して活用しようとする山の人たちの姿を追っていました。
里山は、ただ自然に任せておけば良い場所ではなく、適度に人の手が入り続けてこそ、豊かさが保たれる世界なのだとわかります。
葛掘り名人・前田清美が山に入る前に捧げる祈り
クズの根を掘り出す名人として紹介されるのが、山仕事一筋で生きてきた前田清美さんです。
前田さんは山に入る前、必ず入口で立ち止まり、道具に焼酎をかけて清め、少量の塩や米を山の神さまに捧げます。
それは、「これから森の恵みをいただきます」という、静かな挨拶のような所作です。
九州を含め、多くの里山では、昔から山に入る前に酒や塩を供えてから作業を始める風習がありました。
山は生活を支えてくれる存在であると同時に、ときに人の命を奪う厳しい場所でもあるからです。
前田さんの祈りには、そうした森への畏れと感謝の気持ちがそのまま込められているように見えます。
急斜面に分け入り、クズのツルをたどりながら地面を掘り進めていく作業は、腰にも足にも大きな負担がかかります。
それでも前田さんは、一本一本の根に全身の力を込めて向き合っていました。
100キロの葛根からわずかな本葛粉へ 気が遠くなる手仕事の工程
番組では、掘り上げたクズの根が軽トラックの荷台を埋め尽くすように積み上がる場面が映ります。
その量はおよそ100キロ。ところが、そこから取れる 本葛粉 は10キロにも満たないと説明されます。
掘り出された根は、まず泥を洗い落とし、小さく砕かれます。
そのかけらを水にさらし、何度もこしながらデンプンを沈殿させていきます。
底にたまった白い層だけを丁寧にすくい取り、不純物を取り除きながら乾燥させると、ようやく純度の高い本葛粉になります。
作業のどの段階でも、少しの気の緩みや雑な扱いが仕上がりに響いてしまうため、職人たちは細かな工程一つ一つに神経をとがらせます。
時間、労力、そして山の恵み。
その全部を注ぎ込んだ粉だからこそ、和菓子職人たちは本葛粉を特別な素材として扱うのだと、映像から伝わってきます。
手入れを失った森が抱える暗さと、クズがもたらす危機
番組の中盤では、手入れが行き届かなくなった森の姿も映し出されます。
竹や笹、そしてクズのような勢いの強い植物だけが伸び続け、多様な植物が育つ余地が少しずつ奪われていくのです。
日が差さない暗い森では、下草が育たず、土がむき出しになる場所も増えます。
大雨が降れば地面が流されやすくなり、小さな崩れがあちこちで起こります。
一見すると緑に覆われて豊かそうに見える斜面でも、その内側では、生き物たちの住みにくい環境が静かに広がっているのです。
里山とは、本来、人が木を伐り、枝を払って薪や炭をとり、落ち葉を集め、草を刈るといった暮らしの営みが重なってできた「二次的な自然」です。
そうした手入れが途絶えると、森はあっという間に姿を変えてしまう――。
番組は、その現実をクズの勢いを通して示していました。
掘り子が光を取り戻した里山に戻ってきたイノシシとニホンザルたち
一方で、クズの根を掘り出し続けた斜面では、少しずつ変化が表れていきます。
ツルが減った木々の間からは日差しが差し込み、地面には新しい草花が芽吹き始めます。
明るさを取り戻した森には、さまざまな動物たちの姿も戻ってきました。
落ち葉をかき分けながらエサを探すイノシシ。
枝の間からそっと様子をうかがうニホンザル。
そして、山の斜面を駆ける美しい羽色の鳥たちや、小さな猛禽類。
九州の里山には、コシジロヤマドリやチョウゲンボウなど、多様な鳥たちが暮らしていることが知られています。明るく風通しの良い森は、彼らにとってもすみやすい環境です。
画面に映る動物たちは、どこかのんびりとしながらも、確かに生きている気配を全身で伝えていました。
人の働きかけが過剰になっても、まったく無くなってもバランスを崩す。
そのちょうどいい距離感の中でこそ、里山らしい風景が保たれていくのだと気づかされます。
里山の雪原と雉を写しとる「雪野原と雉」の和菓子
番組の終盤に登場するのが、「里山 色とカタチ」のコーナーです。
ここでは、里山の風景を一つの 和菓子 に写し取った作品が紹介されました。
使われた生地は、きめ細かく上品な口当たりの 薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)。
薯蕷饅頭は、大和芋やつくね芋などをすりおろし、米粉などと合わせた生地で餡を包んで蒸し上げる、伝統的な上等まんじゅうです。ふんわりと膨らんだ皮の食感と、山芋のやさしい風味が特徴とされています。
真っ白な生地で雪に覆われた里山の野原を表現し、その上に色鮮やかな雉がちょこんと立つ姿があしらわれていました。
小さな体を反らし、春を呼ぶように声をあげる雉の姿は、「雪の静けさ」と「命の力強さ」が同時に込められたようなデザインです。
ひと口大の和菓子の中に、
静かに積もる雪、
そこに生きる鳥の命、
そして春を待つ時間――。
そうした物語がぎゅっと凝縮されているように感じられます。
和菓子作りと里山保全が一本の葛の根でつながる循環
今回の物語で何より印象的だったのは、和菓子作り がそのまま 里山の保全 につながっているという事実です。
一流の職人が求める上質な本葛粉。
その材料である葛の根を掘り出すことで、クズの勢いはほどよく抑えられ、森には光と風が戻ってきます。
その結果、植物の種類が増え、動物たちのすみかも守られていきます。
買い手である和菓子職人、掘り手である山の人たち、そして森に暮らす動物たち。
一見、別々の世界にいるように見える存在が、一本の葛の根でゆるやかにつながっている――。
番組は、そのつながりを静かなナレーションと映像で浮かび上がらせていました。
私たちが店頭で手に取る透明な葛餅や、美しい上生菓子の向こう側には、急斜面の土を踏みしめる掘り子の息づかいと、柔らかな光に包まれた里山の空気があります。
一つの甘い一口が、遠く離れた森の未来と結びついているのだと考えると、和菓子の味わいも少し違って感じられるはずです。
一つの和菓子の向こうにある、里山の未来を想像する
「和菓子作りが育む森」というタイトルどおり、この回の ニッポンの里山 は、和菓子の世界と里山の自然を、一本のクズの根を通して結びつけて見せてくれました。
クズをただの厄介者として刈り払うのではなく、時間と手間をかけて本葛粉という価値ある素材に変えること。
その営みが、結果として森を明るくし、動物たちのすみかを守る力にもなっていること。
里山は、人の暮らしと自然がほどよい距離感で向き合うことで成り立ってきました。
この番組を見たあと、いつもの和菓子屋さんのショーケースを覗くとき、そこに並ぶ一つ一つのお菓子の奥に、宮崎県串間市の森や、掘り子たちの姿を重ねてしまいそうです。
小さな和菓子を味わう時間が、遠くの里山の未来を想像するきっかけになる――。
そんな静かな余韻を残してくれる回でした。
NHK【ニッポンの里山】ふるさとの絶景に出会う旅▽鳥たちとサトウキビ畑 沖縄県多良間島|多良間島サトウキビ野鳥が描くミフウズラ行列と耕起作業とつながる生態ドラマ|2026年2月8日
気になる生活ナビをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。


コメント