豊かに過ごす木の暮らし
2025年6月13日放送の「おとな時間研究所」では、日本の暮らしに欠かせない「木」に注目し、木造建築の魅力や木の香りがもたらす癒やし、そして地域で受け継がれる木の文化が紹介されました。今回は、岐阜・宮城・東京の三地域における木の活用事例を通して、現代にも息づく“木とともに生きる暮らし”の姿が丁寧に描かれました。
岐阜県「木の国」から生まれた圧巻の図書館
岐阜県が誇る木造建築の象徴ともいえる公共施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」です。岐阜市の中心に位置するこの施設は、地域の人々の交流や学びの場として親しまれていますが、その中でも特に目を引くのが、岐阜市立中央図書館の天井です。
この図書館は、岐阜県産の「東濃ヒノキ」を贅沢に使用しており、施設全体に木の香りが広がります。建築の大きな特徴は、まるで波のようにうねる格子状の木製天井です。この独特な形状は、曲げ加工をせずに東濃ヒノキの自然なしなやかさを活かして組み上げられた構造で、見る者に大きなインパクトを与えます。
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使用されたヒノキ材は約800立方メートルにのぼり、
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すべて岐阜県内の製材業者によって加工されたものです。
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厚さ約2cmのヒノキ板を何層にも重ねて構造材とし、木の強度と美しさを兼ね備えた天井を実現しています。
この天井には光が差し込む部分もあり、木漏れ日のようなやさしい光が空間全体に広がります。さらに、天井から吊り下げられている「グローブ」と呼ばれる木製のシェード照明も特徴的で、木のやわらかな表情をさらに引き立てています。
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グローブは直径約8メートルもの巨大な木製のランプシェードで、
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その形は“木の実”や“こもれび”をイメージして設計されています。
この建築を手がけたのは、世界的に活躍する建築家・伊東豊雄氏です。彼の設計は、木のもつ温かさと曲線の美しさを最大限に引き出しながら、図書館という学びの空間に癒しと静けさをもたらす効果を加えています。
図書館内には、東濃ヒノキに含まれる天然の抗菌・リラックス成分「フィトンチッド」が自然に放出されており、来館者に穏やかな心地よさを与えています。これは森林浴に近い効果とされており、本を読む時間がより豊かなものになるよう設計されています。
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図書館全体は開放感のあるワンフロア構造で、
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天井の木組みにより音の反響がやわらぎ、静かな読書空間が守られています。
この施設は2022年に「Library of the Year」大賞を受賞し、国内外からも高く評価されています。その理由は、単に木を使った建物というだけでなく、「木」と「人」と「地域」が調和し、持続可能で心豊かな未来をつくる建築のあり方を示しているからです。
岐阜を訪れた際には、木のぬくもりと建築の美しさが融合したこの図書館で、静かな時間を過ごしてみるのもおすすめです。
東日本大震災を乗り越えた木造校舎・宮野森小学校(宮城県東松島市)
宮城県東松島市にある宮野森小学校は、2011年の東日本大震災をきっかけに誕生した新たな木造校舎です。震災によって被災した野蒜(のびる)地区と宮戸地区の小学校を統合し、高台に安全な学びの場を築くという目的で計画されました。2017年1月に開校し、地域の希望として子どもたちの学びを支えています。
この校舎は、全面木造(一部2階建て)で、地域の風土と調和した設計が大きな特徴です。地元のスギとヒノキを合わせて約5,000本分使用しており、そのすべてが無垢材という点でも注目されています。木の香りとあたたかみが校舎全体に広がっていて、訪れる人々を包み込みます。
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延床面積はおよそ4,000平方メートル
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教室棟・図書館・木造体育館が渡り廊下で緩やかにつながる構成
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体育館は高さ10メートル級の木構造で、県内では初の試みでした
設計の核となるコンセプトは、「森の学校」です。校舎は裏山と一体化するように建てられ、裏山は“復興の森”として整備されました。校舎と森が連携し、屋外の自然と屋内の学びをスムーズに繋ぐ環境が実現しています。
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裏山には、ツリーハウス(高さ約10m)、
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展望デッキ、サウンドシェルター、
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野外劇場などが整備されています
これらの施設は、子どもたちの自然体験学習の場であると同時に、地域防災教育の実践的な教材ともなっています。例えば、ツリーハウスでは緊急時の避難経路を体験しながら学ぶことができ、森の中での活動を通して協力や判断力を養うことができます。
施工を担当したのは住友林業で、同社としても過去最大級の中大規模木造校舎です。約18億円の事業費を投じ、最新の耐震・断熱技術を備えながらも、木のもつ自然な魅力を最大限に引き出した校舎となっています。
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木材の特性を活かした温度調節性の高い空間
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音の反響がやわらかく、静かで集中しやすい教室環境
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小集団学習を意識した「1学年1教室」のつくり
また、設計段階ではアファンの森財団(C.W.ニコル氏が創設)と連携し、自然とのつながりを大切にした教育設計が導入されています。自然の中で学び、感じることを通して、心を育てる教育が実践されているのです。
この宮野森小学校は、災害を乗り越えて生まれた木造校舎として、安全性・機能性・教育的意義を兼ね備えた全国的にも先進的な事例です。復興の象徴としてだけでなく、「木と共にある未来の学校」のモデルとして、今も成長を続けています。
東京・谷中で生まれ変わった老舗生花店「花重」
東京・台東区の谷中で150年以上続く老舗の生花店「花重」が、2023年にリノベーションを経て「花重谷中茶屋」として新たにスタートしました。明治3年(1870年)創業の歴史あるこの店は、地域に根差し、暮らしの中に花を届けてきた存在です。今回のリノベーションでは、単に古い建物を修復するのではなく、時代を超えて引き継がれた空間の記憶を生かしながら再構築するという、新しい発想が取り入れられました。
この建物は、明治期に建てられた木造町家であり、現在は登録有形文化財にも指定されています。敷地内には江戸時代の長屋構造、戦前期に建てられた棟など7棟が連なる複合建物があり、そのうち4棟を選んで保存活用しています。
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保存された建物はそれぞれ建築年代が異なり、
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増改築の層をそのまま残すことで「時間の積み重ねを見せる建築」として再生されています
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リノベーションの基本方針は「変化し続ける保存」という新しい保存建築の形
奥の棟にあたる部分では、天井と間仕切りを撤去し、開放的な吹き抜けの空間が設けられました。そこに加えられたのが、60×60mmの無垢鉄骨フレームで組まれたテラス構造です。この鉄骨が木造建築の中に静かに共存し、新旧の素材が調和するデザインとなっています。
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テラス部分は構造体でありながら、同時に家具やカフェカウンターとしての機能も持ちます
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木造の柱や梁、格子戸などはできる限り当時のまま残されており、
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来訪者は150年の時を超える空間の重みと美しさを体感できます
内部にはカフェスペースが併設されており、生花の販売だけでなく、お茶を飲みながら花や空間を楽しむことができるようになっています。木の香りと質感がそのまま生きた室内では、訪れる人が自然にリラックスし、静かに過ごせるよう配慮されています。
このリノベーションを手がけたのは、MARU。architecture(マル アーキテクチャ)の建築家・高野洋平さんと森田祥子さんのコンビです。2024年には日本建築家協会の優秀建築選にも選出され、その設計と文化的意義が高く評価されました。
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リノベーション完了は2023年5月〜7月頃
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旧い構造と新しい素材が連鎖するような“つながりのある空間構成”
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花屋としての役割だけでなく、地域コミュニティの新たな交流の場としても機能
「花重谷中茶屋」は、古さを残しながらも、新しさを柔らかく受け入れる木造建築の魅力を体現した空間です。この場所に流れる時間と空気は、明治から令和へと続く物語を静かに伝えています。谷中という町の歴史的な風景の中に、木の力を活かした再生のかたちとして、静かに溶け込んでいます。
放送を通じて伝わったこと
今回の番組では、木の建築がもつ「心を癒す力」「自然との調和」「記憶をつなぐ力」など、さまざまな魅力が紹介されました。岐阜の図書館、宮城の学校、東京の町家。それぞれの場所で木が活き、地域の人々の心に寄り添いながら新たな役割を果たしています。
木の建築は古いものを残すだけでなく、未来の暮らしにも希望を与える存在であることが、3つの事例を通して浮かび上がりました。
今後もこうした木の文化や空間が、人と人、地域と自然をつなぐ場として広がっていくことが期待されます。
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