広がる“イップス”の波 見えない不安と向き合うとき
いつも通りに書こうとしたのに、ペンが思うように動かない。包丁を握った瞬間に手がこわばってしまう。人前に立つと、ハサミが重く感じて動かせない——。
そんな不思議な現象が、今、さまざまな仕事の現場で静かに広がっています。
それが『イップス』と呼ばれる症状です。もともとはスポーツの世界で使われてきた言葉で、特定の動作が突然できなくなる、いわば「体が心に逆らう」状態のこと。
しかし近年では、料理人や美容師、教師、医療従事者など、日々“手の動き”で技術を発揮する職業にも多く見られるようになっています。
働く人にとって“手”は命。なのに、その手が動かなくなったとき、本人に襲いかかるのは「焦り」と「自責の念」です。「自分の努力が足りない」「精神的に弱いのでは」——そう思い込んでしまう人が少なくありません。
この記事では、NHK『クローズアップ現代』2025年10月15日放送「広がる“イップス” 仕事を奪う病の正体」の内容をもとに、イップスの原因・背景・最新の治療法、そして回復への道を詳しく紹介します。放送後には実際の事例や専門家コメントも追記予定です。
イップスとは何か? “心の問題”だけでは説明できない現象
イップスは長い間、「精神的な緊張やプレッシャーが原因」と言われてきました。特にスポーツ界では、ゴルフのパットイップスや野球の送球イップスなどが有名です。
しかし、ここ数年の研究によって「脳の運動制御システムの誤作動」も関係していることが分かってきました。
脳の中で「動かそう」とする指令と「動く」ための神経信号がうまく噛み合わなくなり、まるでブレーキがかかるように体が止まってしまうのです。
特定の動作を何千回、何万回と繰り返してきた人ほど、脳の回路が特定パターンに固定化されやすく、結果としてその動作が“過剰学習”状態に陥ることもあります。
つまり、努力を重ねてきた真面目な人ほど、イップスに陥りやすいのです。
美容師・料理人・教師も苦しむ「職業性イップス」
番組では、客の前でハサミを持つと手が震える美容師や、包丁を握れなくなった料理人など、さまざまな職業の実例が紹介されます。
どれも共通しているのは、「動作そのものが職業の核」であるという点。
そのため一度イップスになると、仕事そのものを続けられなくなってしまう深刻さがあります。
ある美容師は「鏡越しにお客さんが見ていると、手の感覚がわからなくなる」と話します。料理人は「包丁を握ると手に力が入らず、具材を切るたびに怖くなる」と語ります。
こうした現象が起きるのは、緊張による一時的な震えではなく、「動かそうとする意識」そのものが脳の命令を乱しているからです。
真剣に仕事と向き合うほど、動作への意識が強くなり、結果として脳が過剰に反応してしまうのです。
宮里藍が語る“イップス”との向き合い方
この回では、ゴルフ界で世界を舞台に活躍した宮里藍も登場します。彼女自身も長いキャリアの中で、スイングやパットの感覚が突然変わる“違和感”を経験してきました。
「自分の体なのに、自分のものじゃない感覚」と彼女は表現します。
そんなときに支えになったのは、周囲の理解と、専門家との対話だったといいます。
自分を責めるのではなく、まず「体が出しているSOS」を受け入れること。
そして、リハビリやメンタルトレーニングを通して「体と心の関係を再構築する」ことが、回復への第一歩だと語ります。
彼女の言葉は、アスリートに限らず、すべての働く人に通じるメッセージです。完璧を求め続けた先に、誰もが陥る可能性のある現象——それがイップスなのです。
専門家が語る「脳の再学習」と治療の最前線
解説を担当するのは、日本定位・機能神経外科学会元理事長の平孝臣。平氏は、イップスが「脳の誤作動」から起きる可能性を指摘しています。
つまり、脳の中で“動作を司る神経経路”が過剰に緊張し、正常な信号が出せなくなっている状態です。
そのため、治療では単に休むのではなく、「正しい動作を脳に再教育する」ことが重要になります。
現在、リハビリ医療の現場では、運動再学習プログラムや感覚リハビリが行われています。
さらにAIを使った動作解析や、脳波データから筋肉の反応を調整するシステムも研究段階に入っています。
また、心理的な側面からのサポートも欠かせません。心理カウンセラーや作業療法士がチームとなり、動作訓練とメンタルケアを並行して行うケースが増えています。
イップスは“治らない病”ではなく、“時間と向き合いながら再び体を取り戻す過程”です。
放送後に追記予定:実際の現場と克服のストーリー
放送では、実際にイップスを経験しながらも克服した人々の姿も紹介される予定です。
仕事を辞めざるを得なかった人が、再び現場に戻るまでに何をしてきたのか。
支えてくれた家族、理解を示した職場、そして再出発のきっかけとなった医師との出会い。
その一つ一つの体験が、同じ悩みを抱える人たちに希望を与えるでしょう。
放送後には、番組で紹介されたリハビリ施設や専門外来、相談窓口の情報を追記予定です。イップスに気づいたら、まず「相談できる場所がある」ことを知ってほしい。
それが“孤独な闘い”を終わらせる第一歩になります。
まとめ
この記事のポイントは以下の3つです。
・イップスはメンタルだけでなく、脳の神経機能に原因があることが多い。
・美容師や料理人など、技術職にも広がる“職業性イップス”が増加している。
・脳の再学習プログラムやメンタルケアで、回復の道が開けつつある。
働く人の手は、生活を支える大切な道具です。動かなくなったとき、それは「体が無理をしている」というサインかもしれません。
放送を通じて、自分の体と心に改めて耳を傾けるきっかけにしてみてください。
ソース:NHK『クローズアップ現代 広がる“イップス” 仕事を奪う病の正体』(2025年10月15日放送予定)
https://www.nhk.jp/p/gendai/
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