かますがつなぐ、人と海と未来
秋の長崎・伊王島。朝の港に立つと、潮の香りとともに静かな熱気が漂います。夜明け前の空の下、漁船が次々と出港し、エンジン音が波間に溶けていく。その目的は、秋の主役――かます。細長い銀色の体が朝日を受けて光る瞬間、漁師たちの一日の始まりです。この記事では、伊王島の海で繰り広げられるかます漁の姿、地域ブランド「伊王島日の出カマス」が生んだ新しい誇り、そして人と海が未来へと手を取り合う物語をお届けします。放送後には、番組内で紹介された人物や現場の様子を追記予定です。
伊王島の海が育てる“命のリレー”
長崎市中心部から車でおよそ30分、橋でつながる伊王島は、古くから漁業で栄えた島。外海に面した海域は潮の流れが穏やかで、プランクトンが豊富なため、かますにとって理想的な漁場です。漁の最盛期を迎えるのは秋。海が冷たく澄み始めるこの季節、魚たちは脂を蓄え、最高の状態になります。
漁師たちは夜明け前から海へ出て、潮の向きや風の強さを読みながら刺し網を仕掛けます。かますは警戒心が強く、わずかな音や光にも敏感。そのため、網を静かに沈め、魚を驚かせないことが重要です。夜が明けるころ、網を引き上げると、銀色の魚体が跳ね上がり、海面が朝日に照らされてきらめきます。船上では一尾ずつ丁寧に取り上げ、素早く氷締め処理。わずか数分の遅れでも鮮度が落ちるため、漁師の手際が問われます。
この瞬間こそが、「伊王島日の出カマス」が誕生する第一歩。漁師たちの経験と技が凝縮された時間です。
“日の出カマス”が生んだ新しい地域ブランド
伊王島のかますは、かつて地元で消費される“日常の魚”でした。しかし、その品質の高さと美しさに注目が集まり、2023年に地域ブランド「伊王島日の出カマス」が誕生しました。
このブランド魚と認定されるには、次の3つの条件を満たす必要があります。
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日の出時に水揚げされること
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船上で一尾ずつ氷締めされること
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その日のうちに出荷されること
この厳しい基準により、魚は“生きていた時のような新鮮さ”を保ち、刺身で味わえる品質を実現しています。漁港にはその名を掲げた旗が立ち、漁師たちの誇りと地域の象徴として知られるようになりました。
港の直売所では、氷の上に並ぶかますがまるで“海の宝石”のように輝きます。観光客が列をなし、「一本ください」と声をかける姿が日常の光景に。島の飲食店では炙り丼、フライ、一夜干しなど多彩な料理が提供され、訪れる人々がその味に驚きの声をあげます。
デジタルが変える“漁業のかたち”
近年、伊王島ではスマホを使った出荷システムが導入され、漁業の在り方に変化が生まれています。漁師がその場で漁獲情報を入力し、漁協や飲食店とリアルタイムで共有。これにより、港に戻る前に買い手が決まることもあります。
この仕組みは、魚の移動時間を短縮し、結果として鮮度の保持にもつながります。漁師にとっても、出荷調整や価格交渉をスムーズに行えるメリットがあり、まさに“情報で海を操る時代”が到来しています。
もちろん課題もあります。高齢の漁師の中にはスマホ操作が苦手な人も多く、地元の地域おこし協力隊や若手漁師がサポートに入り、研修やデジタル講習を行っています。漁業のデジタル化は単なる効率化ではなく、人と人をつなぐ新しい協働の形を生み出しているのです。
“かますで町おこし”――人が集う海の祭り
ブランド化を機に、島全体で「かますを通じたまちおこし」が動き始めました。毎年秋に開催される伊王島豊漁祭では、かますを使った創作料理が並び、観光客でにぎわいます。会場では「カマスティック」や「炙り丼」、「かますの一夜干し」など、家庭でも楽しめるアレンジ料理が登場。
さらに注目なのが、「カマスティックづくり体験」。地元の子どもたちや観光客が一緒に魚を捌き、串に刺して揚げるこの体験は、海と命のつながりを実感できる貴重な場になっています。子どもたちが「自分で作ったカマスがおいしい!」と笑顔を見せる瞬間、地域の未来が確かに育っています。
環境と共に歩む“サステナブルな海”
漁業の未来を守るために、伊王島では環境への取り組みも進んでいます。長崎県では海水温や赤潮の予測システムを導入し、漁師たちがデータを参考に操業計画を立てるようになりました。無理な漁を避け、資源を守りながら持続的に魚を獲ることを目指しています。
また、海洋ゴミの回収や再利用プロジェクトも進行中。漁網を使ったアクセサリーや、かますの骨を粉末化して肥料に再利用する試みなど、環境と地域産業をつなぐアイデアが次々と生まれています。
まとめ:一尾のかますがつなぐ未来
・伊王島では“日の出カマス”を通じて、漁・観光・環境が一体化した地域モデルが形成されつつある
・デジタル技術の導入が、若手漁師の新しい働き方を後押ししている
・子どもたちや観光客が参加する体験型の取り組みが、地域の未来を育てている
一尾のかますが、海の豊かさ、人の絆、そして未来への希望をつないでいます。
海を見つめる漁師の背中の向こうには、伊王島の新しい物語が静かに続いているのです。
(放送後には、番組内で紹介された漁師の声や地域行事の詳細を追記予定)
出典:
・長崎市ウェブサイト
・islandnagasaki.jp
・長崎経済新聞
・NBC長崎放送
・海と日本PROJECT in ながさき
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