ごちゃまぜで生まれる優しさの場所・神戸の“令和の長屋”へようこそ
神戸市長田区の一角に、まるで昭和の長屋を思わせる温かい共同住宅があります。名前ははっぴーの家ろっけん。ここには、介護や看護が必要な高齢者だけでなく、子ども、若者、地域の人、外国人まで、あらゆる世代と背景の人が集まります。昼は笑い声、夜は音楽や食器の音が響き、まるで“家族でも他人でもない”不思議な絆でつながった人々の暮らしが息づいています。
この場所はNHK『ドキュメント72時間 神戸 令和の“ごちゃまぜ長屋”で』(2025年10月31日放送)でも取り上げられ、多くの人の心を動かしました。今回は、その舞台となった“ごちゃまぜ長屋”の魅力と、そこに暮らす人々の3日間をたっぷりと紹介します。
下町の中に息づく「ごちゃまぜの家」
舞台は神戸市長田区の六間道商店街のそば。震災の爪あとを乗り越えてきたこの地域は、昔ながらの下町情緒が色濃く残っています。細い路地の先に現れるのが、白い外壁に木の温もりを感じる建物――それが“ごちゃまぜ長屋”ことはっぴーの家ろっけんです。
ここは2017年3月3日に誕生。運営するのは地域密着型の福祉事業を手がける株式会社Happy。設立者の首藤義敬さんは「介護施設をつくるのではなく、人が自然に集まり、助け合う“暮らしの拠点”をつくりたかった」と語っています。
建物は6階建て、居室は約40室。入居しているのは、介護や看護が必要な高齢者や障がいをもつ人たちです。しかし、この家の最大の特徴は“開かれていること”。地域住民や通りすがりの人が自由に訪れ、まるで古い長屋の縁側のように交流が生まれています。
放課後の子どもたちとお年寄りがつながる午後
午後3時を過ぎると、学校帰りの小学生たちがこの家のリビングに集まります。ランドセルをおろして「ただいま!」と声をかける子どもに、「おかえり」と返すのは、近所に住むお年寄り。世代を越えたやり取りが当たり前のように交わされる光景に、どこか懐かしさを感じます。
子どもたちは宿題をしたり、住人のおばあちゃんに算数を教わったり。時には折り紙や将棋を楽しむことも。小さな手と年老いた手が同じテーブルの上で交差する――それがこの家の日常です。
リビングの壁には「みんなの連絡ボード」があり、今日来た人、来週のイベント、差し入れ情報などが書かれています。子どもから高齢者まで、誰もが“家族の一員”のように関わる仕組みが自然にできているのです。
夜になると始まる“長屋の宴”
日が沈むと、今度は大人たちの時間が始まります。近くの商店街の店主や、ゲイバーのママさん、仕事帰りの若者がふらっと立ち寄り、リビングに並ぶテーブルで晩酌が始まります。
そこには「訪問者」や「入居者」という区別はありません。お惣菜を持ち寄って笑い合い、誰かが歌い出すと拍手が起こる。まるで昔の“長屋の夕餉”のような風景です。
この自由な出入りを支えているのが、スタッフたちの柔らかな姿勢です。介護職員や看護師は「見守るけれど、管理しすぎない」をモットーに、住人と訪問者の関係をそっと支えています。
入居者の一人は、「昔はこうして近所が寄り合ってご飯を食べてた。ここに来ると、それを思い出す」と話していました。まさに“令和の長屋”という言葉がぴったりです。
「介護施設」ではなく「暮らしの共同体」
はっぴーの家ろっけんは、制度上は「サービス付き高齢者向け住宅」ですが、実態はそれを超えています。ここでは「介護される人」「支援する人」という区分があいまい。むしろ、誰もが得意なことを活かして関わり合うのです。
料理好きのおばあちゃんが夕食の味付けを手伝い、元大工の男性が修理を担当。地域の大学生が勉強を教え、子育て中の母親が買い物を代行する――そんな“お互いさま”の関係が日常的に行われています。
1階のリビングは「地域の居間」として完全に開放され、誰でも訪れることができます。カフェのようにお茶を飲む人、手芸を教える人、ギターを弾く人。時には小さなコンサートや上映会も開かれます。ここには、入居していなくても関われる余白があります。
建物のデザインに込められた想い
建物内の各フロアにはそれぞれテーマがあります。「昭和」「アジアリゾート」「アフリカ」など、入居者が親しみを持てるようデザインが工夫されています。色使いや照明、家具の配置まで、空間が人の感情に寄り添うように設計されています。
特に「昭和フロア」は、ちゃぶ台や障子、レトロな照明など懐かしさが漂い、認知症の方でも安心できる環境として好評です。こうした設計は、**“認知機能を刺激し、思い出を引き出す環境デザイン”**という考え方に基づいています。
地域再生の中心として
首藤義敬さんは、この施設を単なる“福祉の場”にしたくなかったと話しています。「長田の人たちがもう一度街でつながりを取り戻せるように」。震災後、空き家や空き店舗が増えていった商店街に、再び人の流れをつくることを目指しました。
そのために、オープンなリビングと商店街の交流イベントを組み合わせ、地域全体を巻き込む仕組みをつくったのです。実際、商店街のイベントでは住人が手作りの品を販売したり、近所の学生がライブを開催したりと、地域と施設が一体になった光景が生まれています。
「ここにいると、自分が何かの役に立てていると感じられる」――そう語る高齢の入居者の言葉が、この施設の本質を物語っています。
“ごちゃまぜ”が生む豊かさ
『ドキュメント72時間』では、3日間の中で様々な出会いが映し出されました。
放課後に来る小学生、ふらっと立ち寄るゲイバーのママさん、夜の宴会に笑うおじいちゃん。誰かが音楽を流し、誰かが手拍子を打つ。そこに特別なルールも上下関係もありません。
人が人として存在できる場所――それが、この“ごちゃまぜ長屋”の魅力です。
この小さな建物の中に、社会の縮図のような共生の形があります。福祉と地域、若者と高齢者、日本人と外国人、支援する人とされる人――そのすべてが混ざり合うことで、新しい「つながりの形」が生まれているのです。
まとめ
この記事のポイントは次の3つです。
・はっぴーの家ろっけんは、介護や看護が必要な人と地域住民、子ども、若者が自由に行き交う“開かれた住まい”。
・リビングを中心に世代や立場を超えた交流が生まれ、孤立を防ぎ、地域との関係を育んでいる。
・“介護施設”ではなく“暮らしの共同体”として、令和時代の新しい長屋の形を実現している。
神戸の下町に根ざしたこの“ごちゃまぜ長屋”は、福祉の現場を越えて、地域社会の未来を映す場所となりました。
ここでは、人が年齢や肩書きを脱ぎ捨て、ただ「一緒に生きる」ことを楽しんでいます。そんな小さな奇跡が、令和の日本のあちこちで芽吹いていくことを願わずにはいられません。
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