猫と短歌に寄り添う日々 永田和宏が見つめる「生」と「想い」
京都郊外に暮らす永田和宏。彼は日本を代表する歌人であり、同時に細胞生物学の第一人者として知られています。1971年に京都大学理学部物理学科を卒業し、胸部疾患研究所や再生医科学研究所で研究を重ね、やがて教授として教壇にも立ちました。現在はJT生命誌研究館館長として、生命の不思議を伝える活動を続けています。
そんな研究一筋の永田さんの生活を、穏やかに支えているのが二匹の愛猫――トムとネムです。
Eテレ【おとな時間研究所】移動手術車で野良猫の命を救う獣医師と木曽町の地域猫プロジェクト|2025年8月1日放送
妻・河野裕子との深い絆と、別れのあとに残されたもの
永田さんの人生に欠かせない存在、それが妻であり同じ歌人の河野裕子です。二人は1972年に結婚し、38年間を共に生きました。
文学的にも互いに刺激を与え合い、家庭では三人の子どもを育てながら、歌を通して時代の心を詠み続けました。河野さんは多くの人の共感を呼ぶ作品を残し、2010年、64歳でその生涯を閉じました。
彼女の死後、永田さんは深い悲しみを抱えながらも、その喪失の痛みを「歌」に託しました。著書『歌に私は泣くだらう』には、闘病の十年を見守る夫の思いが記されています。科学者としての冷静なまなざしと、歌人としての繊細な感受性。その二つが交わることで、亡き妻への愛が静かに再生していくような作品となっています。
科学者の眼で見つめる「生命の詩」
永田さんは、生涯にわたって「生命とは何か」という問いを追い続けています。研究テーマは分子シャペロンやタンパク質のフォールディングといった細胞の基本的な仕組み。生物が生き、変化し、やがて老いていくその過程を、科学の言葉で解き明かしてきました。
しかしその探求の根底には、「人間としての実感」があります。細胞の誕生と死は、私たちの感情や記憶の営みとどこか似ている。永田さんにとって、科学と短歌は同じ源泉から流れ出る「いのちの観察」なのです。
彼は講演でこう語ったことがあります。「研究と創作という二つの仕事が、一人の人間の中でどう共存できるのか」。その問いの答えは、彼の詩そのものに宿っているのかもしれません。
猫とともに過ごす穏やかな時間
研究や講演で多忙な日々を送る中、永田さんが心を解きほぐすのが、トムとネムとの時間。原稿を書いていると、ネムが机の上に乗り、視線を送ってくる。トムはソファの隅で小さく丸まり、寝息を立てる。
猫たちは、言葉を介さない穏やかな会話の相手。
永田さんはその存在に、亡き妻との暮らしの記憶を重ねることがあるといいます。かつて河野さんがよく口にした「生きものって、見ているだけで詩になるのね」という言葉。今、その言葉の意味を、トムとネムを見つめながら実感しているのかもしれません。
猫たちの柔らかな動き、静かな眼差し、そして寄り添う温もりが、永田さんの歌のリズムをやさしく整えていくのです。
永田和宏の代表的な歌集と思想
これまでに刊行された歌集には『メビウスの地平』『饗庭』『荒神』『風位』『後の日々』などがあり、いずれも「時間」「記憶」「生命」をめぐるテーマが通底しています。
『風位』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した際には、理学出身の歌人として異彩を放ちました。研究の現場で生まれる科学的な視点と、家庭や愛の記憶を詩に昇華させる感性。その二つを両立できる人は極めて稀です。
また、近年の著書『知の体力』では、「知とは、生きることそのものを支える筋力である」と述べています。科学も文学も、結局は人を支える「知の力」として根を同じくしているのだと、彼は語ります。
現在の活動とこれから
今も国内外の学会に招かれ、講演や研究を続ける一方、短歌結社塔短歌会の主宰として若い歌人を育てています。
一見、理系と文系という異なる道を歩むように見えますが、永田さんにとってそれは同じ一本の道。
研究室で細胞を観察し、帰宅して猫たちと過ごす――その繰り返しの中で、歌が生まれ、思索が深まっていくのです。
『ネコメンタリー 猫も、杓子も。永田和宏とトムとネム』
この番組では、永田さんの今を丁寧に切り取ります。
朗読を担当するのは俳優の奥田瑛二。彼の落ち着いた声が、永田さんの短歌とエッセイに命を吹き込みます。
番組のテーマは「亡き妻と、猫と、細胞学」。科学者の眼差しで日常を見つめる永田さんの姿は、観る者の心にも静かな余韻を残します。
まとめ
この記事のポイントは次の3つです。
・永田和宏は、科学と短歌という二つの領域で「生命」を見つめ続ける稀有な存在。
・妻・河野裕子との別れを経て、愛猫トムとネムと共に日々の詩情を紡いでいる。
・科学と文学が融合する彼の世界は、現代人に「生きるとは何か」を静かに問いかける。
人生の終わりや喪失を恐れるのではなく、それを受け入れながら新しい美しさを見つける。永田和宏の生き方は、その答えを教えてくれます。
最後に、番組の内容と異なる場合があります。
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