猫と暮らす作家の日常 蛭田亜紗子とわさびの静かな世界
猫と作家の関係に、どこか惹かれるものを感じたことはありませんか?創作に没頭する人の傍らで、何も語らず寄り添う猫。その姿には、言葉を超えた深い信頼や静けさがあります。2025年11月13日放送の『ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も。』では、小説家・蛭田亜紗子さんと愛猫わさびの暮らしが描かれました。この記事では、彼女の日常と創作の裏側、そして猫との特別な関係についてじっくり紹介します。読むことで、「暮らしの中にある静かな幸福」の形を見つけられるかもしれません。
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札幌で生きる作家・蛭田亜紗子という人
蛭田亜紗子さんは1979年、北海道札幌市生まれ。広い空と澄んだ空気の中で育った彼女は、広告代理店勤務を経て作家の道へ進みました。2008年には「女による女のためのR-18文学賞」で大賞を受賞し、2010年に受賞作を改題した『自縄自縛の私』でデビュー。
この作品は、女性の心の奥底にある葛藤や、社会の中で揺れ動く感情を丁寧に描いたもので、多くの読者に衝撃と共感を与えました。その後、『凜』『エンディングドレス』『共謀小説家』など、ジャンルを越えたテーマに挑戦。とくに『凜』では、明治期の北海道を舞台にした壮大な歴史小説で、女性のたくましさと時代のうねりを描き出しています。
蛭田さんの筆致には、北海道という土地の持つ静けさと力強さが根底に流れています。都会の喧騒から離れ、雪に包まれる冬の時間が長い札幌という環境で、彼女は一人の作家として“自分の声”を研ぎ澄ませてきました。
作品の裏にあるストイックな暮らし
蛭田さんの生活は、作家という職業のイメージとは少し違います。彼女は机に向かう時間だけでなく、体を動かすことや手を使う時間をとても大切にしています。
そのひとつがブラジリアン柔術です。柔術の稽古では、相手と向き合い、力ではなく呼吸と体の使い方で流れを作る。日々の稽古は、彼女にとって創作のリズムを整える時間でもあります。心を無にして動くことで、思考が整理され、物語の構成や登場人物の感情が自然に浮かび上がることもあるそうです。
もうひとつの大切な時間が、洋裁。ミシンを踏み、布を裁つ作業は一見地味ですが、手の感覚を通じて集中を取り戻す貴重なひととき。自分で作った服を身につけると、心の奥が少し整うのだとか。どちらも「作品を書くための修行」ではなく、「自分と静かに向き合うための習慣」なのです。
ストイックに見える彼女の暮らしですが、その中には小さな喜びがたくさん詰まっています。朝のコーヒーをいれる香り、柔術帰りに流すシャワーの音、布を切るときの心地よい音――そんな日々の断片が、彼女の創作を静かに支えているのです。
愛猫・わさびと過ごす穏やかな時間
蛭田さんのそばには、いつも一匹の猫がいます。保護猫のわさび。
彼女の家にやってきた当初、わさびは少し臆病で、人見知りな性格だったそうです。けれど、少しずつ距離を縮め、今では仕事中も静かにそばで過ごす大切な存在に。
パソコンのキーボードを打つ音を聞きながらまどろむわさび。時折、彼女の腕に頬を寄せるようにして甘える瞬間も。そんな何気ない仕草が、蛭田さんにとっては「違う世界を見せてくれる時間」になります。
わさびが見ている窓の外の景色、部屋の隅の光、夜の静けさ――猫が感じる世界は、言葉にできない詩のようです。作家である彼女にとって、その存在は癒やしであると同時に、創作へのインスピレーションの源でもあります。
書き下ろし短編と朗読の声・松雪泰子
今回の番組では、蛭田さんが『ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も。』のために書き下ろした短編小説が朗読されます。その朗読を担当するのは、女優の松雪泰子さん。
松雪さんの深みのある声が、蛭田さんの静謐な言葉をひとつひとつ丁寧に響かせていきます。耳で聴く文学は、活字で読むのとはまた違った味わいをもたらします。作者の思いが声にのる瞬間、言葉が空気の中で新しい生命を持つように感じられるのです。
蛭田さんにとっても、自分の作品を第三者の声で聴くことは新鮮な体験。創作の根底にある「伝える」という行為を、改めて意識する時間にもなったといいます。声と文字、二つの表現が交わることで、文学の魅力はさらに広がっていきます。
自分と向き合うという生き方
蛭田亜紗子さんの暮らしを見ていると、「自分と向き合う」という言葉の意味が少しわかる気がします。
彼女は華やかさを求めず、日常の中にある手触りを大切にしています。柔術で鍛えた体、洋裁で磨かれた感覚、そして猫と共に過ごす静かな時間。それらすべてが、作家として、ひとりの人間としての「軸」を作っているのです。
作品の中では人の心の複雑さを描きながらも、現実の暮らしは穏やかで実直。まるで彼女自身が物語の登場人物のように、「静けさの中に生きる力」を体現しています。
読者や視聴者にとって、蛭田さんの姿は“無理をしない生き方”の象徴に映るかもしれません。頑張りすぎず、けれど怠らず。猫とともに、日々を丁寧に積み重ねていく。そんな暮らしが、創作にも人生にも深い味わいを与えてくれるのだと気づかされます。
まとめ
この記事のポイントは次の3つです。
・蛭田亜紗子さんは札幌在住の小説家で、『自縄自縛の私』でデビュー後、多様なテーマで作品を発表している。
・柔術や洋裁など、創作以外の時間も「自分と向き合うための大切な習慣」として続けている。
・保護猫わさびとの静かな日々が、心を整え、作品に深みを与える源になっている。
猫と暮らすということは、ただ癒やされることではなく、自分を見つめ直すこと。蛭田さんとわさびの関係は、そんな深い意味を静かに伝えてくれます。
創作や仕事に追われているときこそ、一度立ち止まり、温かな時間を持つことの大切さを思い出させてくれる。
彼女の暮らしには、“生きること”と“書くこと”の境界を越えた、ひとつの美しい調和があるのです。
番組の内容と異なる場合があります。
参考・出典リンク
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『作家の読書道 第229回:蛭田亜紗子さん』 — WEB本の雑誌(2021年5月28日) https://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi229_hiruta/ webdoku.jp
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『蛭田亜紗子さんの読んできた本たち 20歳を過ぎて、自分の女性性と向き合えるようになった』 — 好書好日(2021年6月24日) https://book.asahi.com/article/14373301 好書好日
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『インタビュー 蛭田亜紗子さん 『凛』』 — 小説丸(2017年5月1日) https://shosetsu-maru.com/interviews/authors/quilala_pickup/105 小説丸 | 小学館の小説ポータルサイト
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『第7回R-18文学賞 受賞者対談』 — 新潮社サイト(受賞時の対談) https://www.shinchosha.co.jp/r18/taidan/no7.html 新潮社
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『蛭田亜紗子のプロフィール』 — ORICON NEWS(2022年4月12日) https://www.oricon.co.jp/prof/590584/ オリコン
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『蛭田亜紗子『窮屈で自由な私の容れもの』が…』 — U-NEXT記事(2023年9月13日) https://square.unext.jp/article/hiruta-asako-2023-09-13 square.unext.jp
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