魂を弾くショパンコンクール 若き天才たちの挑戦と思い
ピアノが好きな人なら、一度は憧れるショパン国際ピアノコンクール。2025年、ワルシャワで行われたこの大会は、世界中の若きピアニストたちの夢と緊張が詰まった特別な時間でした。642名の応募から84名だけが選ばれた精鋭たちが、4段階の厳しい審査を経て優勝を目指します。この記事では、番組『魂を弾く ショパンコンクール 天才ピアニストたちの挑戦』で描かれた、3人の若き日本人ピアニストの軌跡を中心に、その舞台裏と心の戦いを詳しく見ていきます。
NHKあさイチ【みんな!ホビーだよ】アフリカ生まれの“親指ピアノ”カリンバの癒やし音色とBunの魅力|2025年10月7日
鍵盤の前にある最初の壁 ピアノ選びという運命の15分
コンクールの初日、ピアニストたちはまず“自分の相棒”を選びます。演奏で使うピアノは、スタインウェイ・アンド・サンズ、カワイ、ファツィオリ、ベヒシュタイン、プレイエルの5メーカーから選択可能。
弾き比べの時間はたった15分。その短い間で自分の表現を最大限に引き出せるピアノを見つけなければなりません。ホールの響き、鍵盤の重み、音の粒立ち、そしてペダルの感触――どれもわずかな差で印象が変わります。まるでアスリートが道具を選ぶような緊張の時間です。
この“音の相棒選び”を終えた後、1次予選から4次のファイナルまでの長い戦いが始まります。審査は25点満点の点数制で、17人の審査員の平均点によって評価が決まります。選曲、解釈、音色、リズムの揺らぎ、そして“ショパンらしさ”――そのすべてが審査対象となる厳しい舞台です。
島田隼さん ジュリアードで磨いた音と、師への挑戦
最初に登場したのは、アメリカ・ジュリアード音楽院で学ぶ島田隼さん。6歳でピアノを始め、11歳のときに父親の転勤でニューヨークへ移住しました。言葉も文化も違う地で、彼を支えたのはピアノの音でした。週末はジュリアード音楽院のプレカレッジに通い、クラシック音楽の本場で技術を磨いてきた努力家です。
そんな島田さんの指導者は、2015年のショパンコンクールでわずか17歳にして4位に輝いたエリック・ルー。彼は、若き天才として世界に名を知られた存在であり、島田さんにとって師であり目標でもあります。2人は同じ舞台で競うことになりました。
しかし、彼の前には音楽以外の壁も立ちはだかります。トランプ政権下での留学生制限により、学生ビザの取得が遅れ、大学への入学もぎりぎりに。課題や準備に追われながらも、島田さんは「ショパンの音楽に救われた」と語ります。
ワルシャワ入り後は1日12時間もの練習。迎えた1次予選で彼が弾いたのは『華麗なる大円舞曲』。流れるようなワルツのリズムに彼の美しい音色が重なりました。しかし、結果は惜しくも予選敗退。師のルーがファイナルに進む姿を見つめながら、彼は静かに次の挑戦を誓いました。
中島結里愛さん 15歳の少女が見せた純粋な“音の祈り”
次に紹介されたのは、今大会最年少出場者である中島結里愛さん。わずか15歳ながら、堂々とした姿勢で世界に挑みました。彼女が選んだピアノは、少数派のベヒシュタイン。多くがスタインウェイを選ぶ中、より繊細で透明感のある音を求めた中島さんのこだわりが見えます。
彼女は東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校に在学中。春に岡山から上京し、母・千香さんと二人暮らし。父は単身赴任で、母は娘の夢を支えるために仕事を辞め、食事や生活すべてを支えてきました。
ワルシャワに到着後も、彼女は自分の表現に迷い続けました。弾くたびに変わるショパンの表情。どの“揺らぎ”が最も自分らしいのか――その答えを探しながら日々を過ごします。
1次予選では『バラード第3番』と『バラード第4番』を選曲。演奏前にはほとんど食事が取れず、緊張が極限まで高まっていたといいます。それでも、鍵盤に触れた瞬間、彼女の表情は穏やかに変わり、音だけがホールを満たしました。
結果は2次進出ならず。しかし、その音には「年齢を超えた精神性がある」と多くの聴衆が感じ、会場を温かな拍手が包みました。
中川優芽花さん プレッシャーと孤独を乗り越えて
そして3人目の挑戦者、中川優芽花さん。彼女は4年前、ヨーロッパの名門「クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール」で優勝。日本人として若くして脚光を浴びた天才です。しかし、名声の影には重圧と孤独がありました。どんな演奏をしても比較され、期待される。その苦しさから音楽の楽しさを見失いかけた時期もあったといいます。
そんな中川さんを導いたのが、ドイツ・フランクフルトのグルズマン教授。彼のもとで“音に感情を宿す演奏法”を学び、再びピアノへの情熱を取り戻しました。
2次予選で彼女が選んだのは、ショパンが病床で書いた『前奏曲 変ニ長調 作品28第15「雨だれ」』。静かな雨の音のような繰り返しのリズムの中に、命の儚さと美しさが込められています。中川さんの演奏はホール全体を包み、観客は息を呑むように聴き入りました。
わずか0.062ポイントの差で3次進出は叶いませんでしたが、その演奏は審査員や聴衆の記憶に深く残りました。
師弟でつかんだ栄光と継承の瞬間
最終ステージ、ファイナルに進んだのは11名。そのうち2名が日本人。そして、島田さんの師であるエリック・ルーが圧巻の演奏を披露し、優勝を勝ち取りました。若き日に挑戦した舞台で再び栄光を手にした彼の姿は、まさに“ショパンの魂”を体現していました。島田さんも「自分もいつか、この場所に戻ってくる」と静かに語りました。
音楽がつなぐ「人」と「心」
この番組の魅力は、単に音楽技術の高さを描くだけではありません。ピアノを通じて家族の絆や師弟の関係、そして「自分と向き合う心の強さ」を丁寧に映していた点です。
ショパンが生涯で生み出した200以上のピアノ曲は、技術ではなく“心”で弾くことを求めます。彼の曲を奏でる若者たちが感じる苦しみや喜び――それは、今を生きる誰にとっても共感できる物語でした。
まとめ
・ショパン国際ピアノコンクールには642名が応募、84名が本戦へ進出
・日本からは島田隼、中島結里愛、中川優芽花が挑戦
・音だけでなく心の強さ、家族や師との絆が大きなテーマとなった
・優勝はエリック・ルー。師弟の物語が象徴的な結末に
・ショパンの『雨だれ』や『華麗なる大円舞曲』など名曲が次世代へ受け継がれた
この大会は“勝負”の舞台でありながら、実は“心を奏でる”旅でもあります。ショパンが遺した旋律を通して、若きピアニストたちは自分の生き方を探していました。5年後、再び彼らの音がワルシャワに響く日が楽しみです。
ショパンコンクールの審査システムをわかりやすく解説
ショパン国際ピアノコンクールの採点方式は、とてもシンプルでありながら厳格です。全審査員が25点満点で採点し、その平均点によって順位が決まります。たった一音の違いが、運命を左右することもある精密な世界です。
審査員は毎回17名。ポーランドをはじめ、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの著名なピアニストや教授たちが選ばれます。それぞれが独立して採点し、国籍や学校などによる“ひいき”が生じないように細心の配慮がされています。演奏直後に採点が行われ、点数は即座に集計。これをもとに、平均点が高い順に結果が発表されます。
採点基準は単に「上手い」「速い」ではありません。重視されるのはショパンらしさの理解です。音の響き、ペダルの使い方、フレーズの自然な流れ、そして何より感情の表現力。ショパンの作品は技術だけでなく、作曲家の内面をどう読み取るかが問われるため、演奏者の個性が強く反映されます。
たとえば同じ『バラード第4番』でも、テンポの取り方や間の使い方は人によって大きく異なります。そのため審査員の評価も分かれやすく、最終的な平均点に微妙な差が出るのです。実際、今回のコンクールでも20位と21位の差がわずか0.062点という接戦がありました。
また、公平性を保つため、審査員は自国の出場者に投票できません。演奏順や国籍の偏りも調整され、あくまで「音だけ」で判断される仕組みになっています。こうした透明性の高さこそ、ショパンコンクールが世界で最も信頼されるピアノコンクールと呼ばれる理由のひとつです。
この25点制の評価の中で、ピアニストたちは“完璧”よりも“自分のショパン”をどう表現するかを追い求めています。点数では測りきれない“心の音”を、彼らは鍵盤の上で奏で続けているのです。
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