手軽な働き方の影で広がる新しい貧困
スマホひとつで仕事が見つかるスポットワークやギグワーク。便利な一方で、収入が安定せず生活が苦しくなる人も増えています。働いているのに暮らしが整わないという新しい問題が広がり、見えにくい貧困として社会で注目されています。『クローズアップ現代 貧困から抜け出せない 手軽な“働き方”拡大の陰で…(2026年4月7日)』でも取り上げられ注目されています。
この記事でわかること
・スポットワークが広がる理由と仕組み
・働いているのに貧困になる背景
・住まいや制度につながれない問題
・新しい貧困の特徴と従来との違い
・これから必要とされる支援の考え方
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手軽な働き方が広がる一方で起きている新しい貧困とは
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スポットワークやギグワークは、「空いた時間にすぐ働ける」「面接なしで始めやすい」「すぐにお金が入る」といった便利さから、ここ数年で一気に広がりました。厚生労働省も、こうした働き方をアプリで仲介される短時間・単発の就労として整理し、2025年には注意点をまとめた資料を公表しています。つまり、この働き方はもう一部の人だけのものではなく、社会全体で無視できない大きさになっているということです。
ただし、ここで大事なのは、「手軽に働けること」と「安定して暮らせること」は同じではないという点です。リクルートワークス研究所の調査では、単発・短期ワークをしている人のうち約6割は本業を持ちながら副業的に使っていました。一方で、仕事探し中の人や、働いていない状態の人も一定数いて、同じスポットワークでも置かれている状況はかなり違います。便利な副収入として使う人もいれば、生活をつなぐ最後の手段として頼る人もいるのです。
ここで注目されたのが、新しい貧困の形です。昔から知られてきた貧困は、失業して収入がない、住まいがない、という姿で見えやすいことが多くありました。けれど今は、「働いているのに暮らしが安定しない」「アプリで仕事は取れるのに、家を借りる信用がない」「その日暮らしで制度につながりにくい」という、見えにくい苦しさが広がっています。2021年の日本の相対的貧困率は15.4%で、貧困は決して一部だけの話ではありません。4月7日放送の『クローズアップ現代 貧困から抜け出せない 手軽な“働き方”拡大の陰で…』が焦点を当てたのも、まさにこの見えにくさです。
スポットワーク・ギグワークに頼らざるを得ない人たちの実態
スポットワークを始める理由として最も多かったのは、「生活のために収入を得たいから」でした。連合の2025年調査では27.1%でトップです。もちろん「空いている時間を有効活用したい」という人も多いのですが、裏を返せば、かなりの人が自由だから選んだというより、生活のために選ばざるを得なかったことがわかります。しかも「賃金がすぐ受け取れるから」という理由も上位にあり、目の前のお金が急ぎで必要な人が少なくないことも見えてきます。
この働き方は、表面だけ見ると時給が高く見えることがあります。リクルートワークス研究所の調査では、単発・短期ワークの平均時給は1,906円で、2024年度の最低賃金全国加重平均1,055円を上回っていました。けれど、ここで勘違いしてはいけません。時給が高いことと、月の生活が成り立つことは別問題です。働ける日が毎日あるわけではなく、仕事が取れない日もあります。年間の平均労働時間は241時間で、フルタイムにすると約6週間分ほどにとどまります。つまり、時給が高めでも、仕事の総量が少なければ生活は安定しません。
さらに、働く人の中には、パワハラや心の不調、家庭の事情、長く続く職場になじめなかった経験などから、普通の就職活動そのものがとても高い壁になっている人もいます。そういうとき、面接がなく、短時間だけ働けるスポットワークは入り口としては助かります。ですが、入りやすさがそのまま立て直しにつながるとは限りません。「今日をしのぐ仕事」は見つかっても、「来月も暮らせる土台」はできにくいからです。これは、今の働き方の大きな落とし穴です。
なぜ安定した生活に戻れないのか 背景にある問題
安定した生活に戻れない理由は、本人の努力不足だからではありません。大きいのは、働き方が細切れだと、生活の土台まで細切れになりやすいことです。仕事が1日単位、数時間単位で入ると、収入の見通しが立ちにくくなります。見通しが立たないと、家計の計画も立てにくくなります。すると、家賃、食費、交通費、通信費のどれかでつまずきやすくなり、ひとつ崩れると全部が苦しくなるのです。厚生労働省の生活困窮者自立支援制度でも、仕事だけでなく、家賃相当額の支給や家計立て直し支援が必要だとされているのは、このためです。
もうひとつの背景は、制度やルールの知識がないまま働かされやすいことです。厚生労働省は、スポットワークではまず「誰と労働契約を結んでいるのか」を確認するよう呼びかけています。仲介アプリの会社ではなく、実際の雇用主が誰かを知ることが大切だという意味です。労働条件通知書が必要なのもそのためです。ところが連合調査では、「どの就業先でも労働条件通知書が交付された」と答えた人は30.9%にとどまり、「交付されたことはない」が14.0%、「わからない」も24.1%ありました。ルールが見えにくいまま働く人が多いのです。
トラブルの多さも見逃せません。JILPTが紹介した連合調査では、スポットワーク経験者の半数近くが仕事上のトラブルを経験し、もっとも多かったのは「仕事内容が求人情報と違った」ことでした。十分な指示や教育がなかったという声も目立っています。短時間で入って短時間で出る働き方は、職場との関係が薄くなりやすく、「困った」と言いにくいまま終わってしまいやすいのです。こうした小さな不安定さが積み重なると、次の仕事探し、体調、住まい、人間関係まで全部が不安定になっていきます。
住まいがないことで支援からこぼれる現実
貧困が深くなるとき、実は仕事の問題と住まいの問題は切り離せません。住まいが安定していないと、スマホの充電、洗濯、睡眠、食事、住所の記載、本人確認、求人応募など、働くための準備そのものが難しくなります。しかも、仕事先に合わせて移動を続ける生活になると、地域の支援窓口ともつながりにくくなります。見た目には「働いている人」に見えるため、周囲も深刻さに気づきにくいのが厄介です。
よくある誤解に、「住所がないと生活保護は申請できない」というものがあります。ですが厚生労働省ははっきりと、住むところがない人でも申請できると案内しています。必要書類がそろっていなくても申請はでき、まずは今いる場所の近くの福祉事務所に相談してよいとしています。つまり、制度の建前としては、住所がないこと自体が門前払いの理由にはなりません。問題は、そうした情報が本人に届いていないこと、そして相談に行く気力や交通費すらないほど追い詰められていることです。
また、公式のホームレス数は減少傾向にあります。2025年1月調査で確認されたホームレス数は2,591人でした。ただし、この数字は公園や河川、道路、駅舎などで目視確認された人を中心にした調査です。ネットカフェや知人宅の転々生活、仕事先に合わせた不安定居住のような、見えにくい住まいの不安定さは、この数字だけでは十分につかめません。だからこそ、今の問題は「ホームレスが減ったから安心」ではなく、「見えない不安定居住をどう支えるか」に移っていると考えるべきです。
社会の見えない場所にいる人たちをどう支えるか
こうした人たちを支えるには、まず見方を変える必要があります。大切なのは、仕事があるかどうかだけで判断しないことです。仕事をしていても、住まいがない、家計が回らない、心身が限界、支援制度に届いていないなら、その人は十分に危機的な状態です。厚生労働省の生活困窮者自立支援制度も、対象を「仕事が見つからない人」だけでなく、「働きたくても働けない」「家賃を払えない」「住むところがない」「社会に出るのに不安を感じる」人まで広く捉えています。
支援の入り口として大事なのは、ひとつの窓口で終わらせないことです。相談を受けたら、
必要なら住まいの確保
仕事の支援
家計の立て直し
医療や心のケア
地域とのつながりづくり
まで、まとめて考える必要があります。厚生労働省の資料でも、生活困窮者支援では他制度と連携しながら、本人の状態に応じてきめ細かく支えることが重要だとされています。「働け」と言うだけでは解決しないのです。
そして、社会全体でも見逃してはいけないポイントがあります。スポットワークそのものは悪い仕組みではありません。副業や短時間就労の選択肢として助かる人も大勢います。実際、使い方しだいでは柔軟な働き方を支える大切な手段です。問題なのは、その便利さの陰で、長く苦しんでいる人の受け皿にされすぎることです。本来なら休養や治療、就職支援、住居支援が必要な人まで、「とりあえずアプリで働けば何とかなる」と社会が押し流してしまうと、問題はむしろ深くなります。
始まりつつある新しい支援の取り組み
少しずつですが、支援の形も変わり始めています。生活困窮者自立支援法の改正対応では、住まいに関する相談体制の整備が打ち出され、一時生活支援事業は居住支援事業へと位置づけが強められました。そこでは、一時的な寝場所の確保だけでなく、地域で安定して住み続けるための支援まで含めて進めるべきだと明確化されています。つまり、「今夜どこで寝るか」だけで終わらず、「この先どう暮らしを立て直すか」まで見る方向に動いているのです。
また、厚生労働省は2025年にスポットワークの留意事項を公表し、労働契約の成立時期や休業手当などの考え方も整理しました。面接なしの先着順求人では、一般に応募時点で労働契約が成立すると考えられること、成立後に事業主都合で丸1日の休業や早上がりになれば休業手当の対象になりうることなどが示されています。これは、短時間・単発でも「ちゃんと守られる労働」であるべきだというメッセージです。制度が少しずつ現実に追いつこうとしているとも言えます。
これから必要なのは、支援を「困り切ったあと」に始めるのではなく、もっと早い段階で届けることです。たとえば、
仕事を転々とし始めた
家賃の支払いが苦しくなった
身分証や携帯の維持が危うい
心身の不調で長く働けない
こうしたサインが出た時点で、住まい・仕事・生活費・医療の支援につなげることが大切です。新しい働き方の時代だからこそ、支える側も新しくならないといけません。自由な働き方を守ることと、そこから落ちる人を出さないことは、両方セットで考える必要があります。
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