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おばあちゃんに教わったこと ロシアの写真家と“能登の女神”から学ぶ生き方とは?被災地で見えた本当の強さと写真がつなぐ記録の意味【Dearにっぽんで話題】

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能登で見つけた「生きる力」とは

地震と豪雨に見舞われた能登で、一人のおばあちゃんと写真家の交流が注目されています。『Dearにっぽん選 おばあちゃんに教わったこと ロシアの写真家と“能登の女神”』(2026年5月3日)でも取り上げられ注目されています 。そこにあるのは特別な出来事ではなく、日々を大切に生きる姿です。能登の女神と呼ばれた理由や、被災地で見えてくる本当の強さをやさしくひもときます。

この記事でわかること
・能登で暮らすおばあちゃんの生き方の意味
・“能登の女神”と呼ばれた理由
・被災地で見える本当の強さとは何か
・写真がつなぐ記録と心の大切さ

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能登の被災地で生きるおばあちゃんの暮らし

能登で生きるおばあちゃんの姿が心に残るのは、そこに「特別な人の物語」ではなく、土地と一緒に生きてきた人の強さがあるからです。『Dearにっぽん選 おばあちゃんに教わったこと ロシアの写真家と“能登の女神”』で描かれる徳光しさのさんは、輪島市上大沢町で生まれ育ち、海と山の恵みの中で暮らしてきた86歳の女性です。

上大沢町は、海と山が近く、平らな土地が少ない場所です。そこで人々は、海の幸、山の恵み、田畑の実りを大切にしながら暮らしてきました。便利さよりも、自然に合わせる知恵が必要な土地です。

だからこそ、しさのさんの暮らしには、ただの昔話ではない重みがあります。食べること、働くこと、家を守ること、人と助け合うこと。その一つ一つが、能登の生活文化そのものなのです。

2024年の能登半島地震に続き、奥能登豪雨でも大きな被害が出ました。輪島市では住まいの被害も深刻で、暮らしを元に戻すには長い時間がかかっています。

それでも、しさのさんの姿から伝わるのは、悲しみだけではありません。避難生活の中でも、今日をどう生きるかを考え続ける力です。ここが多くの人の心を動かす大きな理由です。

ロシア人写真家が見た“能登の女神”の姿

ロシア出身の写真家・宮田ラリーサさんが、しさのさんを“能登の女神”と表現したのは、見た目の美しさだけではありません。そこには、土地を愛し、自然を受け入れ、人を大切にする生き方への尊敬があります。

写真家にとって、被写体はただ写すものではありません。長く向き合うほど、その人の表情、沈黙、手の動き、暮らしのリズムが見えてきます。

しさのさんの場合、強さは大きな言葉ではなく、日々の小さな行動に表れます。避難していても、故郷を思う。壊れた場所を前にしても、暮らしをあきらめない。人とのつながりを手放さない。

この姿は、外国出身の写真家だからこそ、より鮮明に見えたのかもしれません。外から来た人は、地元の人が当たり前と思っていることに驚きます。能登の人の我慢強さ、自然との距離の近さ、家や土地への思い。それらが、ラリーサさんの目には特別な光として映ったのでしょう。

3年間の撮影で見えてきた本当の強さ

3年間撮り続けるということは、きれいな一瞬だけを切り取ることではありません。元気な日も、疲れた日も、不安な日も、同じ人に向き合い続けることです。

災害後の人を撮る場合、とくに大切なのは「かわいそうな人」として見ないことです。被災した人は、被害を受けた人である前に、一人の生活者です。長い人生があり、家族があり、思い出があり、誇りがあります。

しさのさんの強さは、何も感じない強さではありません。失ったものを悲しみながら、それでも前を向こうとする強さです。

本当の強さとは、泣かないことではありません。つらい気持ちを抱えたまま、今日のごはんを考え、人と話し、明日のことを少しだけ考えることです。

だから、このテーマは単なる感動物語ではありません。高齢者の生き方、地域の記憶、災害後の心の回復を考える入口になります。

地震と豪雨を乗り越える日常のリアル

能登が注目される理由は、地震だけで終わらなかったことにもあります。2024年1月の地震で大きな被害を受けた後、同じ年の9月には奥能登豪雨も起きました。復旧途中の地域に、さらに水害が重なったのです。

上大沢町周辺は、独特の「間垣」で知られています。間垣とは、海からの強い風を防ぐために竹を並べて作る垣根のことです。夏は日陰をつくり、冬は冷たい風を防ぐ、暮らしの知恵から生まれた景観です。

この間垣は、ただの観光資源ではありません。家を守り、集落を守り、人々のつながりを守ってきたものです。つまり、壊れたものを直すということは、建物だけでなく、暮らしの形そのものを取り戻すことでもあります。

災害後の復興は、道路や水道を直せば終わりではありません。人が戻れるか。畑を続けられるか。祭りや近所づきあいが戻るか。思い出の場所にまた立てるか。そこまで含めて、ようやく「暮らしが戻る」と言えます。

しさのさんの姿が大切なのは、復興を数字ではなく、生活の目線で見せてくれるからです。

「いまを精いっぱい生きる」という教え

「いまを精いっぱい生きる」という言葉は、よく聞く言葉です。でも、能登の被災地で生きる人の姿と重なると、とても深い意味を持ちます。

それは、明るく前向きに見せることではありません。無理に元気なふりをすることでもありません。

今日できることをする。会える人に会う。食べられるものを食べる。思い出を大切にする。変わってしまった場所を見つめながら、それでも生きる。

この積み重ねが、「いまを精いっぱい生きる」ということです。

特に高齢者にとって、故郷を離れることは大きな負担になります。家は単なる建物ではなく、人生そのものです。柱、台所、畑、海への道、近所の人との会話。その全部が記憶と結びついています。

だから、しさのさんの生き方は、災害時の高齢者支援を考えるうえでも重要です。安全な場所へ避難することはもちろん大切です。でも同時に、その人が大切にしてきた場所や暮らしをどう守るかも、同じくらい大切なのです。

写真がつなぐ心と記録の意味

写真には、言葉では残しきれないものを残す力があります。しさのさんの表情、手のしわ、海や山を見つめるまなざし、避難生活の中の小さな変化。そうしたものは、文章だけでは伝わりにくいことがあります。

写真は、過去を閉じ込めるものではありません。未来へ手渡す記録でもあります。

能登のように、災害で景色が大きく変わった地域では、写真の意味はさらに大きくなります。以前の暮らしを知る人が少なくなっても、写真があれば「ここに人が暮らしていた」「こんな知恵があった」「こんな表情で生きていた」と伝えることができます。

そして、写真を撮る人と撮られる人の間には、信頼が必要です。3年間向き合ったからこそ、ただの記録ではなく、心の距離まで写るのです。

このテーマが注目されるのは、能登の復興だけを描いているからではありません。私たち自身にも、「大切な場所を失ったらどう生きるか」「年を重ねても何を支えにできるか」「誰かの人生をどう受け止めるか」を問いかけているからです。

能登の女神という言葉には、特別な人を遠くから眺める意味ではなく、厳しい現実の中でも暮らしを大切にする人への敬意が込められています。しさのさんの姿は、復興とは建物を直すだけでなく、人の心と記憶をつなぎ直すことなのだと教えてくれます。


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