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九度山町「人形めぐり」とは?春の町を彩るイベント
和歌山県の九度山町は、世界遺産・高野山のふもとにある小さな町です。町の名前は、空海が高野山から月に9度、母に会うため山を下りたという言い伝えに由来するとされています。慈尊院は高野山へ向かう参詣道の入口にあたり、今も「母を思う町」というやさしい物語が残っています。
春の九度山町で行われる町家の人形めぐりは、家に眠っていたひな人形や五月人形などを、商店や民家の店先に飾って見てもらう催しです。2026年は4月1日から5月5日まで開かれ、今年で18回目を迎えました。
この催しの面白さは、ただ人形を見るだけではありません。町を歩きながら、人形をきっかけに住民と来訪者が話し、古い商店街に人の流れが生まれるところにあります。
つまり人形めぐりは、観光イベントでありながら、同時に町の人たちがつながる場でもあるのです。
なぜ人形めぐりが続くのか?梅下修平さんの想いと地域の力
人形めぐりが長く続いている理由は、「町おこし」だけではありません。
中心にあるのは、梅下修平さんのように、地元で生まれ育ち、町のにぎわいを守りたいと考える人の思いです。
九度山町のような地方の町では、高齢化が進むと、商店街の人通りが少なくなり、行事を続ける人も減っていきます。
それでも人形めぐりでは、子どもからお年寄りまでが準備に関わります。
ここがとても大切です。
地域行事は、誰か1人ががんばるだけでは長続きしません。
飾る人、見に来る人、案内する人、料理を作る人、作品を作る人が少しずつ力を出すことで、町全体の行事になります。
『小さな旅「春 笑う 〜和歌山県 九度山町〜」』で描かれた人形めぐりが印象に残るのは、人形そのものの美しさだけでなく、そこに人の手間と記憶が重なっているからです。
住民が守る休憩所と手作り弁当の魅力とは
九度山町の商店街にある休憩所は、地元の人と観光客が集まる大切な場所です。
ここには、真田幸村として知られる真田信繁にまつわる展示もあり、町の歴史を感じながら休める空間になっています。
九度山町は真田昌幸・信繁父子ゆかりの地で、真田庵は父子の屋敷跡に建てられた寺として知られています。
この休憩所が大切なのは、単なる観光施設ではなく、住民が守ってきた場所だからです。
利用者が減って閉鎖されそうになった時、住民グループが声を上げ、調理器具や食材、料理づくりまで自分たちで担いました。
名物の予約制弁当も、地元産の食材を使い、住民が手作りしています。
こうした場所があると、観光客は「見る」だけでなく「人とふれあう」ことができます。
地元の人にとっても、自分たちの町をもう一度好きになるきっかけになります。
移住作家が生み出す新しい人形文化の広がり
九度山町には、移住してきた造形作家の新山さん夫妻も暮らしています。
紙と粘土で手作りする人形は、完成まで2年ほどかかることもあるほど手間のかかる作品です。
もともと神戸で活動していた夫妻にとって、九度山町での制作依頼は、新しい創作のきっかけになりました。
ここで注目したいのは、人形めぐりが「昔のものを飾る行事」だけで終わっていない点です。
古いひな人形や五月人形に加えて、移住作家による新しい作品が加わることで、町の文化が少しずつ更新されています。
2026年の人形めぐりでは、干支にちなんだ馬のモチーフも展示されました。
古いものを守るだけなら、行事はだんだん固定化してしまいます。
でも、新しい作り手や新しい表現が入ると、町の行事は「今を生きている文化」になります。
これが、九度山町の人形めぐりが古くさく見えない理由です。
高齢化の中で続く理由とは?九度山町の挑戦と未来
九度山町の人形めぐりが注目される理由は、地方の町が抱える課題と希望を同時に見せているからです。
人口が少なくなり、高齢化が進む町では、商店街のにぎわいを保つことが難しくなります。
しかし、人形めぐりのような行事は、大きなお金をかけなくても、家にある人形、住民の手仕事、町の歴史を生かして、人を呼び込むことができます。
この催しの強みは、次の3つです。
・家に眠る人形を生かせる
・商店街を歩く理由が生まれる
・住民と観光客が自然に話せる
九度山町には、高野山、慈尊院、真田ゆかりの歴史、人形文化、手作りの食といった魅力があります。
それぞれは小さな点かもしれません。
でも、人形めぐりによってそれらが線でつながり、町全体がひとつの物語になります。
だからこそ、この行事は単なる春のイベントではなく、小さな町が自分たちの力で未来をつくる取り組みとして見ることができます。
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