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【新プロジェクトX】KOMTRAX誕生秘話と“エレキ部隊”の下剋上〜郡山から世界へ広がった建機IT革命〜2025年8月30日

「建設機械 起こせ!IT革命 〜“エレキ部隊”の下剋上〜」

2025年8月30日にNHKで放送された「新プロジェクトX」では、建設機械の世界にIT革命を起こした挑戦者たちが紹介されました。アルミボディの小さな箱から始まった開発が、災害復旧や世界中の建設現場を支えるインフラとなり、数えきれない命と暮らしを守る力となったのです。この記事では、放送で描かれたすべてのエピソードをわかりやすく整理しながら、より詳しく紹介していきます。

災害から生まれた発想

1995年1月、阪神・淡路大震災が発生しました。街の復興を目指し建設機械は昼夜を問わず稼働しましたが、過酷な環境により故障が相次ぎ、復旧作業は難航しました。現場で建機を扱っていた販売会社の佐野俊和は、修理の要望に対応しながら「もし建機が自分でSOSを出せたら」と考えました。当時はまだインターネットが一般に普及する前。そんな中で、子どもたちの間で大人気だった「たまごっち」を思い出し、「機械も自分の状態を伝えることができれば故障対応が早まる」とひらめいたのです。

佐野はコマツの技術者にメールを送り、数人の若手が集まりました。彼らは、建機の稼働時間や位置情報を人工衛星に飛ばし、ネットを通じて修理担当者に伝える試作機を作り上げました。ここから未来を変える挑戦が動き出したのです。

郡山から始まった挑戦と開発中止の危機

試作機を取り付けてテストしたのは、福島・郡山で建機レンタル事業を始めたばかりの四家千佳史でした。彼は「これは建機に革命を起こす」と直感し、15台の機械に装着してテストを続けました。しかし半年後、メーカーの役員が「開発を続ける意味があるのか」と議論し始めます。数日後には開発中止の決定が下されてしまいました。

その時、四家は思い切った行動に出ます。「建機1000台分のシステムを私が買います」。総額1億5000万円という莫大な額でしたが、これで開発は続行されることになりました。小さな会社の決断が、大きな未来を切り開いた瞬間でした。

KOMTRAXの誕生と拡大

新たに加わった技術者の1人が、入社3年目の西畑孝志です。当時、会社の中では車体設計が花形で、電子部門は最下層の扱いでした。そんな中で彼は「どんな環境でも位置情報を正しく送る」技術改良に挑み続けました。開発中、四家の会社で盗難が多発。彼から「遠隔でエンジンをロックする機能が欲しい」と強い要望が届きます。通常なら2か月かかる作業を3週間でやりきり、1999年12月、位置情報・稼働時間・遠隔ロックを備えたシステム「KOMTRAX」が誕生しました。

四家の会社では、システムを活用して建機の所在や利用状況を一括で管理できるようになり、盗難防止や稼働効率の向上を実現しました。これが業績の拡大につながり、2000年にはコマツの坂根正弘が全車両に標準搭載する決断を下します。建機業界の常識を変える大きな一歩でした。

SOS機能への挑戦と仲間の結束

しかし社内には「エレキ部門にばかり注目が集まる」と不満を漏らす声もありました。それでも神田俊彦らリーダーが「今こそエレキが輝くとき」とメンバーを励まし、再び原点に立ち返ります。それが「建機が自らSOSを発する」機能、つまり不具合を自動で知らせる仕組みでした。期限は迫り、検証もうまくいかない中、他部署の仲間が「ソフト書き込みを俺たちがやる」と手を差し伸べ、2001年に新システムは標準搭載されました。派手な話題にはならなかったものの、技術者たちの粘りと連帯感は確かな成果を残しました。

中国市場での大成功

次の舞台は中国・上海でした。経済成長に沸く中、建機需要は爆発的に増えましたが、借金を踏み倒す業者や燃料費高騰といった問題が山積。現地社員シュウ・デンユウは「エンジンロック機能があれば銀行が安心して融資できる」と要望しました。さらにチン・リョウが膨大なデータを解析し、燃費の良い操作方法を見つけ出しました。これにより、燃料消費を抑えた建機運用が実現。システムは中国で一気に普及し、やがて世界中へ広がっていきました。

東日本大震災で証明された使命

2011年3月11日、東日本大震災が発生。四家の故郷・福島も甚大な被害を受けます。彼は横浜から現場を支援し、システムで稼働可能な建機を洗い出し、限られた燃料を効率的に配分しました。社員の山下博貴は「休止はできない」と現場に残り、メカニックの星和延も避難先から戻って修理に駆けつけました。津波で家族を失った佐藤洋も翌日から捜索活動に参加。多くの人が命を懸けて「建機を止めない」使命を果たしました。あれから14年、山下は「しっかり貢献できた」と胸を張って振り返っています。

未来に広がる応用

その後もシステムは進化を続けました。2024年、能登半島地震ではSOS機能が稼働し、メカニックが迅速に現場へ。今では世界中の建設現場で標準技術となり、カンボジアでは地雷撤去にも活用。危険地帯の土地を整備し、人々の未来を切り開く役割を果たしています。

まとめ

今回の放送は、佐野俊和の小さなひらめきから始まり、四家千佳史の大胆な決断、西畑孝志や仲間の奮闘が積み重なって、世界を変える革命を生んだ物語でした。挑戦の裏には失敗や批判がつきものでしたが、「建機を止めない」という現場の願いが彼らを突き動かしました。そして今も、その技術は災害現場や世界の建設現場で人々を支え続けています。

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