あの“21球”が語りかけるものとは?伝説の瞬間をいま再び
1979年10月の日本シリーズ第7戦。舞台は熱狂の大阪スタヂアム。3勝3敗で迎えた最終戦、運命のマウンドに立ったのは広島東洋カープの守護神、江夏豊。相手は打線好調の近鉄バファローズ。この試合のラストイニングで投じられた『21球』は、単なる野球の記録ではなく、「人間とは何か」「勝負とは何か」を問う物語として今も語り継がれています。
2025年10月17日の『時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜』では、1983年放送の『NHK特集 スポーツドキュメント 江夏の21球』を再放送。当時の映像を通して、あの緊張と興奮、そして人間ドラマを改めて振り返りました。スタジオでは池上彰と塙宣之が登場し、「スポーツとは人生の縮図」というテーマで、江夏の生き様を語り合いました。
9回裏、21球の始まり――すべてを背負った男のマウンド
試合は3対4、広島が1点リードで迎えた9回裏。古葉竹識監督の采配はこうでした。「最後は江夏で締める」。この言葉どおり、満身創痍のエースが登板します。
1人目の打者、羽田耕一。江夏は“打ってこないだろう”と読んでいましたが、初球をセンター前に運ばれます。ここで球場全体がざわめきます。さらに続く打者が仕掛け、盗塁成功。ノーアウト二塁。誰もが同点を覚悟したその瞬間、江夏の表情には焦りがありませんでした。
「同点は絶対に許さない」。古葉監督は前進守備を指示。次の打者クリス・アーノルドはサインを見落とし、ヒットエンドランが失敗。江夏は冷静にアウトを重ねます。続く打者平野光泰の場面では、ランナーが再び盗塁。満塁のピンチを招きながらも、江夏は一球一球を丁寧に投げ続けました。
満塁、スクイズのサイン――運命を変えた“外し”
1アウト満塁。球場の空気は張りつめ、誰もが固唾を飲む中、西本幸雄監督はスクイズのサインを送ります。バッターは石渡茂。一方、江夏はキャッチャーの水沼四郎とアイコンタクトを交わし、直感的にボールを外します。投球動作に入った瞬間に球をわずかにずらし、見事スクイズ失敗。キャッチャーがボールを掴み、三塁走者は挟殺プレーでアウト。スタンドがどよめき、チームメイトも驚愕しました。
江夏は後に「自分でもどうして外せたのか分からない」「奇跡のような一瞬だった」と語っています。これが、のちに“神の21球”と呼ばれる理由です。
一方、石渡はインタビューで「そんなタイミングで外せるものなのか」と語り、今でもその瞬間を鮮明に覚えているといいます。西本監督にとっても、このスクイズ失敗は特別な意味を持ちました。彼は大毎オリオンズ時代、スクイズ失敗で監督を解任された苦い経験があり、そのリベンジをかけた采配だったのです。
衣笠の言葉が導いた“最後の三振”
スクイズ失敗の直後、衣笠祥雄が江夏に歩み寄り、肩を軽く叩きました。「頼んだぞ」。その一言で江夏の心はすっと軽くなったといいます。
9回裏ツーアウト、カウント2ストライク。最後のバッターは渾身のストレートに空振り。試合終了。広島カープ初の日本一が決まった瞬間でした。26分49秒、わずか21球で描かれた奇跡のドラマ。ベンチも観客席も涙に包まれ、江夏は静かにマウンドに立ち尽くしていました。
後に野村克也は「あの1球が、勝者と敗者を決める怖さを教えてくれた」と語り、勝負の残酷さと美しさを噛み締めました。
“江夏の21球”が描いた新しいスポーツドキュメンタリーの形
この映像が放送されたのは1983年のNHK特集。原案は作家山際淳司の著書『江夏の21球』です。当時としては画期的に、「試合の裏にある心理戦」や「選手の心の揺れ」を丁寧に掘り下げた内容でした。それまでのスポーツ番組が勝敗や記録を中心にしていたのに対し、この作品は“人間ドラマとしてのスポーツ”を描き出しました。
ナレーションの抑制された語り口、音楽を最小限にした編集、江夏の息づかいをそのまま伝える音声。これらが視聴者の心を震わせ、今なお多くのファンが“スポーツ映像の金字塔”と呼ぶ所以です。
スタジオトークに見る、時代を超えた野球愛
再放送スタジオでは、池上彰が「古葉監督はあえてブルペンにピッチャーを送って江夏を奮い立たせたのでは」と分析。江夏と監督の間に生まれた“信頼と挑戦”の関係性を指摘しました。
ゲストの塙宣之は、自身の野球ファンとしての記憶を重ね合わせます。印象に残るシーンとして1987年の江川卓が打たれた逆転ホームランを挙げ、「父は広島ファン、僕は巨人ファン。あのときは一緒に泣いた」と語りました。そして、「今のプロ野球には江夏のようなキャラクターの強い選手が必要」と熱く語りました。
現在も語り継がれる“あの瞬間”――広島の居酒屋に息づく記憶
番組の終盤には、当時のチームメイト木下富雄が登場。現在、広島市内で居酒屋を営む木下さんは「緊張なんてしていなかった。むしろ『江夏、何してるんだ!』と思っていた」と笑いながら回想。店を訪れるファンとの会話でも、いまだに『江夏の21球』の話題が出るといいます。
あの日のドラマは、単なる試合記録ではなく、広島という街の誇りとして受け継がれているのです。
まとめ:21球が残した“心の物語”
この記事のポイントは次の3つです。
・『江夏の21球』は、1979年日本シリーズ第7戦を描いたスポーツ史の金字塔
・スクイズを外した一瞬の判断が、チームの運命を変えた
・40年以上たった今も、選手・監督・ファンの心に息づく“勝負の記憶”
勝負の世界には、データにも映像にも残らない「心の動き」があります。江夏の21球は、そのすべてを映し出した瞬間でした。勝ち負けを超えた人間の強さと迷い、そして信念。あの26分49秒は、今も私たちに“生きる覚悟”を問いかけ続けています。
出典:NHK総合『時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜 江夏の21球』(2025年10月17日放送)
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