地域のシンボルが揺らぐ今 工事が進まない“公共施設”の裏側
あなたの街にある図書館や体育館、学校などの公共施設。気づけば老朽化が進み、立て替えの話が出ているのに、工事がまったく始まらない――そんな現象が全国で広がっています。2025年10月31日放送の『首都圏情報 ネタドリ!』では、「工事ができない岐路に立つ公共施設」をテーマに、現場で起きている深刻な問題を掘り下げました。
入札不調が続く現場 なぜ工事が始まらないのか
番組はまず、中野サンプラザの問題から切り込みました。再開発計画が白紙撤回され、地域の象徴的な建物が行き場を失ったままの状態。こうした「止まった再開発」は中野区だけではありません。NHKが関東甲信越44自治体を対象に行った独自調査によると、2024年度の1年間で509件もの工事計画が変更・延期になっていることがわかりました。
原因の一つは、建設資材の高騰です。自治体の工事予算は、見積もりから議会での承認を経て実施まで1年ほどかかります。その間に資材価格が急上昇すると、設定された予定価格では採算が取れず、業者が手を挙げられなくなるのです。
たとえばさいたま市南区の学校建設計画では、最初の入札に業者ゼロ。10%価格を上げ、工期を延ばしても応募はありませんでした。同様に千葉県立銚子商業高校でも設計業務の入札を4回行ったものの、すべて不成立。横浜市の建設会社社長は「自治体の予定価格が実際の原価より2億円も低い」と語り、厳しい現場の実情を明かしました。
さらに、人手不足も追い打ちをかけています。建設業界では30年前に比べ労働者が約3割減少。業者は限られた人員で複数の現場を抱え、入札に参加する余裕がなくなっているのです。
各地で模索する自治体の対策
こうした現状に対し、番組では上森准教授と古本記者がスタジオで解説しました。アンケート結果によると、入札不調の案件のうち約6件に1件が不成立。その多くが学校施設で、建て替え期を迎えた建物が一斉に老朽化しているのが現実です。
自治体ごとの対策も紹介されました。さいたま市は業者へのアンケートを実施し、どの条件なら受注しやすいかを調査。千葉県では発注時期を見直し、繁忙期を避ける工夫をしています。また横浜市は、人件費高騰に対応するため、現場労務費を別途上乗せして支払う新方式を導入しました。
こうした努力の背景には、総務省が示した「公共施設の統廃合」方針があります。すべてを維持し続けるのではなく、地域にとって本当に必要な施設だけを残し、持続可能な運営を目指す考え方です。
統廃合の最前線 浜松市と深谷市の決断
静岡県の浜松市では、かつて1915施設あった公共施設を、今年4月までに700施設まで削減しました。利用が減った集会所や老朽化した保育園を段階的に閉鎖し、土地や建物を売却。その収益を他の施設の維持管理費に充てるという仕組みです。
一方、埼玉県深谷市では、市役所本庁舎・図書館・体育館などを一体化した複合施設を新設。以前は点在していた施設の管理コストが年間5500万円かかっていましたが、集約後は1500万円の削減に成功しました。約10年間で27施設を5施設にまとめ、さらに今後10年で15施設削減を目指しています。
ただし、廃止された施設の利用者からは「歩いて行けなくなった」「地域の集まりの場が減った」といった声も。深谷市は説明会を重ね、理解を得ながら次の段階へ進もうとしています。
奈良県の新モデル “共有する公共施設”
番組では、奈良県建築保全センターが進める新たな試みも紹介されました。奈良県内の8市町が協定を結び、それぞれの自治体にあるスポーツ施設や文化ホールを相互利用できるようにする取り組みです。これにより、施設ごとの稼働率を上げつつ、維持コストを分担できます。
上森准教授は「公共施設にかかる費用の4分の3は維持費。維持を続ければ将来の負担が膨らむ」と警鐘を鳴らします。これからの行政運営では、“何を残すか”を住民と一緒に判断しなければならない時代に入ったのです。
中野サンプラザが映す“地域の選択”
番組の最後に再び登場したのが中野サンプラザ。今年6月、再開発計画が白紙となり、現在は住民と区が協議を重ねています。かつて音楽イベントや式典で多くの人に愛されたこの建物を、壊すのか、残すのか。それとも新しい形に生まれ変わらせるのか――。
この議論は単なる再開発の問題ではなく、「地域が何を誇りに思い、何を未来に残すのか」という問いを突きつけています。公共施設は単なる建物ではなく、地域の記憶そのもの。その扱いを誤れば、地域の絆や文化も失われかねません。
まとめ
この記事のポイントを整理します。
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資材高騰と人手不足により、全国で公共施設工事が滞っている。
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自治体は統廃合や複合施設化、相互利用など新しい方法を模索。
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公共施設の在り方は、地域の未来をどう描くかという“選択”の問題でもある。
中野サンプラザ、浜松市、深谷市、奈良県――それぞれの現場に共通するのは、「限られた資源の中で何を守り、どうつなぐか」というテーマです。
あなたの街でも、もしかしたら同じ問題が始まっているかもしれません。今こそ、地域のシンボルをどう未来へ受け渡すか、一緒に考える時です。
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