ロシアで「政治犯」にされる声の記録
このページでは『ドキュランドへようこそ「“政治犯”にされて―クレムリンに抗(あらが)う声―」(2026年2月13日)』の内容を分かりやすくまとめています。
言葉を発しただけで、ある日「犯罪」に変わってしまう。
そんな空気が濃くなるロシアで、それでも声を止めなかった人たちを追う番組です。
番組の軸は、言論統制のなかで「反戦」「政権批判」を口にした市民が、政治犯として捕らえられていく流れです。
そして、捕らえられた本人だけでなく、残された家族や支援者の姿が重なります。
原題は「POLITZEK: VOICES THAT DEFY THE KREMLIN」。
制作はフランス/ベルギー/ドイツの共同で、Babel DocやClin d’Œil Films、DWなどが名を連ねます。
この番組は「巨大な権力」対「小さな個人」の物語に見えて、実はもう少し複雑です。
国を大切に思うからこそ声を上げたのに、それが“敵”として扱われる。
そのねじれが、見ている側の胸をじわじわ締めつけます。
反戦を訴えた活動家・学生が直面する現実
番組説明の中でまず強く示されるのが、「反戦を訴えた」ことで拘束される人がいる、という事実です。
戦争に反対と言っただけで、警察や裁判の対象になる。
それが“例外”ではなくなっている、という空気が描かれます。
この状況を支える仕組みのひとつとして、戦争をめぐる発言を厳しく罰する法律の整備が進んだことが国際的にも指摘されています。
たとえば、人権団体は、軍に関する「虚偽情報」や反戦の呼びかけなどを罰する法制度が、取材や抗議行動を大きく縛ったと説明しています。
実際に、ロシアでは戦争関連の発言を理由にした有罪判決や拘禁が続き、監視団体が件数の集計も行っています。
OVD-Infoは、2024年・2025年の「戦争関連の発言」をめぐる判決数や実刑の数を報告しています。
番組が見せようとするのは、数字そのものよりも、数字の中にいる“普通の人”の生活です。
学校や仕事、家族との日常が、取り調べや拘束で突然割れていく。
その割れ方が、静かで、だからこそ怖いのだと思います。
演劇が裁判にかけられる「表現」の取り締まり
番組説明には、「演劇の内容が不適切だと裁判にかけられる演出家」が登場するとあります。
ここで焦点になるのは、ただの政治の話ではなく、表現の自由そのものです。
舞台や芸術は、遠回しに現実を映すことがあります。
けれど、その“遠回し”さえ疑われ、法の場に引きずり出される。
それは作り手にとって、作品だけでなく人生全体の問題になります。
映画情報の紹介文でも、劇場関係者が「カフカ的(理不尽で出口が見えない)」な裁判に直面する、とされています。
「何がいけないのか」が曖昧なまま責められる怖さ。
その曖昧さが、周りの人まで黙らせていきます。
番組は、ここを“派手な事件”としてではなく、社会の空気として積み上げていくはずです。
言葉を選び、沈黙が増え、舞台の灯りが少しずつ弱くなる。
その変化は、気づいたときには取り返しがつかない形になりがちです。
政権批判動画で収監された14歳の少年
番組説明の中で特に衝撃的なのが、「政権を批判する動画を投稿して収監された14歳の少年」です。
14歳は、大人の社会のルールを学んでいる途中の年齢です。
その年齢の発言が、刑罰と結びつく。
作品紹介では「10代の若者が重い刑を受けた」ことが語られ、複数の人物の物語が交差するとされています。
ここで大事なのは、“特別な子”の話にしないことです。
スマホで動画を上げるのは、今の10代では当たり前の行動だからです。
「投稿」→「通報や監視」→「捜査」→「裁判」→「収監」。
この流れが社会の中で動いてしまうと、子ども側は止めようがありません。
家族も、弁護士も、学校も、守りたくても守れない瞬間が出てきます。
背景として、国連の人権高等弁務官事務所(OHCHR)関連の報告でも、政治的な理由での拘束や扱いへの懸念が示されています。
番組は、そうした大きな問題を、少年という一点からこちらに渡してきます。
家族と支援者の動き:面会・差し入れ・支援の輪
番組概要は「その家族や支援者らの姿を追った」と明記しています。
ここが、この番組の“心臓”だと思います。
捕らえられた本人は、画面に出続けることが難しい場合があります。
その代わりに映るのが、外に残された人の生活です。
面会の準備、差し入れの段取り、弁護士との連絡、署名や支援の呼びかけ。
支える側は、ただ優しいだけでは務まりません。
怖さと怒りと疲れを抱えながら、それでもやる。
「今日できること」を積み上げるしかないからです。
作品情報の説明でも、母親たちが子どもを自由にするために闘う姿が軸にあるとされています。
勝てる保証がないのに、立ち止まれない。
その姿が、番組全体に“抵抗の重さ”を与えます。
取材するロシア人ジャーナリストの立場と危険
番組説明は「ロシア人ジャーナリストが伝える」としています。
これは、取材の重みが一段上がるポイントです。
外から見て「ひどい国だ」と言うのは簡単です。
でも、その国の中で暮らし、その国を知っている人が、危険を分かったうえで記録する。
それは“告発”であると同時に、“同じ社会にいる者としての責任”にも見えます。
映画としては、ほぼ1年にわたって秘密裏に撮影された、と紹介されています。
カメラを向けるだけで、撮る側も撮られる側も危険になる。
その緊張感は、映像の呼吸や沈黙に残ります。
そして、ジャーナリズムが弱ると、社会は「何が起きているか」を知りにくくなります。
だからこそ、この番組は“ニュース”とは違う形で、時間をかけて人の顔を映すのだと思います。
作品情報:原題・監督・制作体制を正確に整理
原題は「POLITZEK: VOICES THAT DEFY THE KREMLIN」です。
制作年は2025年とされ、共同制作としてBabel Doc、Clin d’Œil Films、DW、RTBF、VRT、SWRなどがクレジットされています。
監督はManon Loizeau(マノン・ロワゾー)さんとEkaterina Mamontova(エカテリーナ・マモントワ)さん。
脚本にSasha Koulaeva(サーシャ・クラエワ)さんが入る情報もあります。
作曲はAlexei Aigui(アレクセイ・アイギ)さんと紹介されています。
また、この作品はDW Documentaryの発信でも取り上げられ、視聴可能になった旨が告知されています。
番組(NHKの放送)とは別に、国際的にも流通する形のドキュメンタリーだと分かります。
背景知識:戦争と言葉をめぐる法律が何を変えたか
ここからは背景知識として、全体の補強です。
番組が描く「声を上げた人が捕まる」現実は、突然生まれたものではありません。
2022年以降、戦争に関する情報発信や抗議行動を厳しく罰する枠組みが整い、人権団体が強い懸念を示してきました。
「軍についての虚偽情報」「軍の信用を傷つける行為」など、広く取れる言い方が、取り締まりの土台になると指摘されています。
その結果として、戦争関連の発言を理由にした判決が積み上がっていることを、監視団体がデータで示しています。
もちろん、法律があるだけで自動的に弾圧が起きるわけではありません。
けれど、法律が“道具”として置かれると、社会の空気は一気に変わります。
番組は、その空気の中で「それでも話す人」を映す作品です。
似た言葉との違い:「政治犯」「良心の囚人」「外国の代理人」
番組が使う中心の言葉は政治犯です。
これは一般に、「政治的な理由で不当に処罰されている人」を指す場面で使われます。
一方で、国際的には「良心の囚人(思想や信条の表明だけで拘束された人)」という言い方が使われることもあります。
ただ、この番組が描くのは、本人が何をしたとされ、どんな手続きで裁かれたのか、という“現実の流れ”です。
そしてロシアでは「外国の代理人(foreign agent)」など、社会の中で人を孤立させるためのラベルが問題になってきました。
同じ「ラベル」でも、逮捕・裁判・収監まで直結するものと、生活のしづらさをじわじわ広げるものがあり、混同すると見え方がズレます。
番組は、そのズレも含めて、「言葉で人が囲われていく感じ」を伝える構成だと読み取れます。
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