なぜ江戸城を知ると東京がもっと面白くなるのか
「ただの城じゃない?」と思った人ほど驚くはず。実は江戸城は、今の東京の地形や町の形を決めた“都市の原点”なんです。
坂や川、曲がった道の理由も、すべては江戸時代の設計にありました。広大な堀や石垣は、単なる防御ではなく、権力や仕組みを表す重要なヒントでもあります。
知らないままだと見逃してしまう「東京の本当の姿」。その秘密を知ることで、普段の景色が一気に面白く変わります。
【歴史探偵】シン・大奥 CGでよみがえる江戸城の秘密と白粉の真実(2025年8月27日放送)
江戸城とは何か?
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江戸城は、現在の皇居を中心に広がる巨大な城で、その範囲は周囲約14kmにも及ぶ、日本でも最大級の城郭でした。
ただの「お城」と思われがちですが、実際はまったく違います。江戸城は、徳川幕府の政治の中心であり、さらにその周囲に広がる江戸の町全体を含めた「都市そのもの」でした。
もともとこの場所には、室町時代に太田道灌が築いた小さな城がありました。しかし、徳川家康が江戸に入ると、一気に巨大な城へと作り変えられます。
ここで重要なのが、城だけでなく「町づくり」も同時に行われた点です。
つまり江戸城は
・政治の中心
・軍事拠点
・都市の設計の核
という3つの役割を同時に担っていました。
ブラタモリで見えてくるのは、この「城=都市」という考え方です。
今の東京はゼロから作られたのではなく、江戸城を中心に発展した都市の延長線上にあります。
だからこそ、江戸城を理解することは、東京という都市の成り立ちそのものを理解することにつながるのです。
地形から読み解く江戸城と東京の成り立ち
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江戸城の最大の特徴のひとつが、地形を徹底的に利用した設計です。
当時の江戸は、今のような平らな都市ではなく、
・高台(武蔵野台地)
・低地(湿地や海の入り江)
が入り組んだ複雑な地形でした。
特に現在の日比谷周辺は海が入り込んだ「入江」でしたが、これを埋め立てて都市を広げていきます。
この地形を活かして、
・高い場所に城の中心を置く
・低い場所に町や水路を配置する
という合理的な構造が作られました。
さらに、自然の川や海水を取り込んで堀として利用することで、人工的にすべてを作る必要がなかったのです。
この影響は現代にも残っています。
例えば
・東京に坂が多い理由
・川の流れが複雑な理由
・道路が曲がっている場所
これらはすべて江戸時代の地形と都市設計の名残です。
つまり江戸城は、ただの建物ではなく、
地形そのものを取り込んだ巨大な都市システムだったのです。
石垣と堀に隠された防御と権力の仕組み
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江戸城の防御を語るうえで欠かせないのが、石垣と堀です。
まず堀は、単なる水の溝ではありません。
川や海とつながることで、水を常に保ち、城を囲む巨大な防御ラインとして機能していました。
敵が攻め込もうとしても、
・水を越える必要がある
・橋を通らないと入れない
という仕組みで、侵入を制限していました。
一方で石垣は、驚くほど高度な技術で作られています。
代表的なのが**算木積(さんぎづみ)**という方法で、石を長短交互に組み合わせることで強度を高めています。
さらに面白いのが、石垣に刻まれた「刻印」です。
これは石を担当した大名を示す印で、誰がどの部分を作ったかがわかる仕組みになっています。
ここがとても重要で、
石垣はただの防御ではなく
権力の見える化でもありました
全国の大名が動員されて作られたことで、
・幕府への従属を示す
・巨大な権力を視覚的に表す
という役割も果たしていたのです。
つまり石垣と堀は
「守るための装置」でありながら
「支配を示す象徴」でもあったのです。
町割りと天下普請が作った江戸の都市設計
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江戸の町は、自然にできたものではなく、完全に計画された都市でした。
その基盤となったのが町割りと天下普請です。
町割りでは、
・武士の屋敷
・商人の町
・寺社
が明確に分けられ、役割ごとに配置されました。
これによって、
治安・物流・経済
すべてが効率よく機能する都市が作られました。
そして、この巨大都市を短期間で作り上げたのが天下普請です。
天下普請とは、幕府が行う工事に全国の大名を動員する仕組みで、江戸城の石垣や堀もこの方法で築かれました。
具体的には
・石の調達(伊豆や瀬戸内海から運搬)
・人員の確保
・工事の分担
すべてを大名が担当していました。
さらにこの仕組みには政治的な意味もあります。
・大名の財力を消耗させる
・幕府への忠誠を示させる
・反乱の余力をなくす
つまり江戸の町づくりは
都市計画でありながら政治戦略でもあったのです。
2階建てバスと船で巡る現代東京と江戸のつながり
ブラタモリの面白さは、「今の東京の中に江戸を見る」ことにあります。
2階建てバスのように高い位置から見ると、
・道の曲がり方
・町の区画
・坂の配置
が、江戸時代のまま残っていることに気づきます。
一方で船から見ると、石垣や堀の構造がよくわかります。
実は江戸城は「水の城」であり、水路が都市の重要なインフラでした。
石垣を水面から見ると、
・高さの違い
・積み方の工夫
・防御の意図
がはっきり見えてきます。
さらに現代の東京の多くの場所が、
・外堀の跡
・武家地
・水路跡
の上に作られています。
つまり東京は、
完全に新しい都市ではなく
江戸の構造を土台に進化した都市なのです。
この視点を持つと、普段の景色がまったく違って見えてきます。
次回の本丸編では、こうした
・地形
・石垣
・町割り
のすべてが集約された「核心部分」が描かれるはずです。
今回の復習は、その理解を一気に深めるための土台。
知っているかどうかで、見え方が大きく変わる内容になっています。
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