「隣人たちの戦争」コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々まとめ
2025年8月29日にNHK総合で放送された「時をかけるテレビ」では、1999年のNHKスペシャル「隣人たちの戦争 ~コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々~」が再放送されました。解説はジャーナリストの池上彰さん、ゲストは女優のサヘル・ローズさん。民族が隣り合って暮らしていたコソボの街で、戦争によって人間関係が壊れていく様子を描いたドキュメンタリーです。この記事では、当時の証言から25年後の現地取材までを詳しく整理して紹介します。
コソボ紛争の背景と舞台
コソボは旧ユーゴスラビアの自治州で、多数派のアルバニア系住民と少数派のセルビア系住民が暮らしていました。1990年代に入るとユーゴスラビアが分裂し、民族間の対立が深まります。コソボではセルビア政府による強い支配に不満を持つアルバニア系住民が独立を求め、やがて武力衝突に発展しました。
1999年にはNATO軍が国連安保理の承認なしに軍事介入し、空爆などで戦闘は激化。最終的にセルビア側が撤退し、アルバニア系が主導権を握ることになります。この紛争で100万人規模の難民が発生し、日常の隣人関係は壊れてしまいました。
番組の舞台となったのは州都プリシュティナの「ハイダルドゥシィ通り」。かつてはセルビア人とアルバニア人が同じアパートに住み、互いに行き来していた地域です。しかし戦争が起こると、隣人同士が疑い合い、時には命を奪い合う存在になってしまいました。
若者ラマダンさんの証言
番組で大きく取り上げられたのは、当時18歳だったラマダン・レパヤさんです。彼の家は戦争で焼け落ち、故郷を追われました。2人のいとこをセルビア兵に虐殺され、「セルビア人を全て殺すしかない」と憎しみに駆られたことを打ち明けています。
わずか2週間の訓練で戦場に送られたラマダンさんは、山岳地帯で戦い「誰だって銃を撃ち続けるしかなかった」と振り返ります。戦後は心を病み、前線を離れ、難民キャンプでテント作りなどの支援活動を行いました。しかし彼の心からセルビア人への怒りが消えることはありませんでした。
セルビア人住民の苦悩
一方で、通りに暮らしていたセルビア人のボジョビッチ夫妻は、外に出るときにセルビア語を話すのをやめざるを得ませんでした。アルバニア人から攻撃されるのを恐れたからです。紛争前には約2万人いたセルビア人は、戦後には2000人にまで減りました。
またスロボダンカさんというセルビア人女性は、セルビア系のラジオ局で働いていました。戦争中、海外からの報道で自国兵士による虐殺を知り衝撃を受けます。戦後に戻っても近所のアルバニア人を恐れ、自由に外出できない生活が続きました。彼女の元夫は戦後にアルバニア人に殺され、その悲しみを背負いながら生きています。
アパートに暮らす隣人たち
アパートにはアルバニア人のハティジェさんとセルビア人のブラーナさんも住んでいました。10年来の付き合いでしたが、戦争で関係は破綻します。ブラーナさんの息子はアルバニア語を話せる兵士で、避難していたハティジェさんに向かって脅迫の言葉を放ったといわれています。母親のブラーナさんは「そんなことはない」と否定しましたが、後に息子の部屋から銃や覆面が押収され、戦争犯罪に関わっていた疑いが持ち上がりました。母は「息子は血で汚れていない」と必死に訴えつつも、「軍に従わなければ殺されていた」とも語りました。
憎しみの連鎖と犠牲
スロボダンカさんの元夫が殺害された事件は、住民たちに深い傷を残しました。彼女は息子を葬儀に行かせませんでした。「息子に隣人へ銃を向ける人間になってほしくなかった」からです。この言葉は、戦争が人の心をどう追い込むのかを示す象徴的な場面でした。
ラマダンさんは「再び戦争が起きたら任務をまっとうする」と語り、セルビア人への憎しみが消えていないことを明かしました。戦争は終わっても、人々の心の中には対立の火種が残っていたのです。
放送6年後の取材
2005年、番組は6年後の住民を追いました。ラマダンさんは戦争で負った傷が悪化し、走ることもできなくなっていました。「僕は混乱の時代に生まれた、運が悪かった」と語り、若さを奪われた現実を静かに受け止めていました。
一方、セルビア人のドラガン・ボヤニッチさんは、アルバニア系に父を殺されました。その悲しみから「いつか兵士になってコソボに戻る」と語り、憎しみを胸に抱え続けていました。
スタジオでは、サヘル・ローズさんが自身の戦争体験を紹介。イラン・イラク戦争で家族を失った彼女は、イラク兵が「銃を向けた相手が誰か分からなかった。私にも守る家族がいた」と語った言葉を紹介し、戦争の複雑さを伝えました。
紛争から25年後の現在
そして2025年、紛争から25年後のハイダルドゥシィ通りが再び取材されました。父を殺されたドラガンさんはセルビアから戻り、25年ぶりにかつてのアパートを訪ねました。時間が経っても記憶は消えず、故郷は失ったままの存在でした。
一方、ラマダンさんは取材を拒否しました。憎しみを抱えたまま心を閉ざし、戦争の記憶を語ることを拒んだのです。戦後25年経っても、通りの人々の間には溝が残り続けていることが浮かび上がりました。
まとめ
「隣人たちの戦争」は、隣に住んでいた人がある日突然「敵」になってしまう現実を映し出しました。互いに顔見知りで、生活を支え合ってきた人々が、民族や政治の対立で憎しみに変わる姿は衝撃的です。
池上彰さんとサヘル・ローズさんの解説によって、この物語は単なる過去の出来事ではなく、ウクライナや中東など現代の紛争にも通じる教訓として示されました。
戦争が残すのは破壊された街だけでなく、人の心に刻まれた「隣人への不信感」です。その連鎖をどう断ち切るかが、今も問われ続けています。
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