近藤勇たちは、なぜ“時代を動かす”存在になれたのか|「新選組エピソード・ゼロ」
あなたは「新選組」と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか?青い羽織に白いだんだら模様、“誠”の旗を掲げ、京都の街を駆け抜けた若者たち。彼らは「忠義」や「覚悟」を象徴する存在として語り継がれてきましたが、同時に“敗者の美学”をまとった集団でもあります。
しかし、そもそも彼らはなぜ、幕末という激動の時代に登場し、人々の心を打つ存在となったのでしょうか。NHK「歴史探偵」の新作『新選組エピソード・ゼロ』は、その答えを「誕生の原点」にまで遡って探ろうとしています。
この記事では、放送に先立ち、文化社会学の視点から新選組誕生の背景をひもとき、近藤勇や土方歳三らが歩んだ「身分を越えた挑戦」と「武士道の再定義」を、わかりやすく解説していきます。放送後には番組の具体的なエピソードも追記し、彼らが残した“誠の生き方”をさらに深く掘り下げる予定です。
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農民から武士へ――「身分の壁」を越えた挑戦
幕末の日本は、身分制度がまだ色濃く残る社会でした。農民は農民、武士は武士。どんなに努力しても、生まれによって人生の道が決まってしまうのが当たり前の時代。
そんな中で、近藤勇や土方歳三たちは、幼い頃から「自分の力で人生を切り開く」という志を抱いていました。
近藤は武蔵国多摩郡、現在の東京都調布市近くの農家に生まれました。家業は農業でしたが、少年期から剣術に強い関心を持ち、近隣の道場に通い詰めます。やがて彼が出会ったのが、天然理心流という剣術の流派。実戦重視で、庶民にも門戸を開いた流派でした。形式よりも「生きるための剣」を学ぶ場であり、近藤のような農民出身者でも受け入れられたのです。
やがて近藤は、その道場主である近藤周助の養子となり、正式に武士として名乗る資格を得ます。これは偶然ではなく、彼の誠実な人柄と努力が認められた結果でした。
一方の土方歳三も、多摩の農家に生まれ、家業を手伝いながら剣術修行を積みました。彼は薬の行商をしながら旅を重ね、各地で人と出会い、己の世界を広げていきました。その経験が後に、組織をまとめる冷静な判断力となって花開きます。
このように、彼らは「生まれ」ではなく「志」で道を選び、自らの信念を貫いた。まさに身分制度という“厚い壁”に風穴をあけた、先駆者たちだったのです。
時代が彼らを呼んだ――幕末の「武士道」とは何だったのか
幕末は、日本の価値観が大きく揺らいだ時代でした。西洋列強が迫り、幕府の威信が低下する中で、武士たちは「忠義」と「現実」の間で揺れ動いていました。
そんな時代に、近藤勇は「武士とは何か」という問いに真っ正面から向き合いました。彼にとって武士道とは、血筋や名門に生まれた者が持つ特権ではなく、「己の信念に従って生きること」。それが、彼の生涯のテーマでした。
新選組の旗印『誠』の一文字には、その精神が凝縮されています。「誠」とは、嘘をつかず、己に偽らず、志を曲げないという覚悟。彼らの掲げた「局中法度(きょくちゅうはっと)」――つまり組織のルール――は、厳しくも公正でした。裏切り者や脱走者には容赦なく切腹が命じられましたが、それは“恐怖による統制”ではなく、“覚悟の共有”でもあったのです。
この時代、武士道はもはや形式的なものではなく、“行動する倫理”へと変化していました。近藤や土方たちは、弱き者を守り、秩序を保ち、己の信念を貫くことで、武士の魂を再定義したと言えるでしょう。
つまり、彼らは「最後の武士」ではなく、「新しい武士」だったのです。
「新選組誕生」の社会的意味――なぜ彼らは人々の心を打つのか
新選組が結成されたのは1863年。京都の治安は乱れ、尊王攘夷派の浪士たちが暗殺や放火を繰り返す中で、幕府や会津藩が治安維持のために組織したのが「浪士組」でした。そこに参加したのが、近藤勇たち多摩の剣士たち。
しかし、上洛した浪士組は思想の違いから分裂。尊王攘夷派が帰国する中、近藤たちは「京都に残る」という決断をします。ここから“壬生浪士組”、そして“新選組”が誕生しました。
彼らは単なる警備隊ではありませんでした。武士でありながら、農民の出身でもある彼らは、“庶民の代表としての武士”という新しい立ち位置を確立しました。局長・近藤勇、副長・土方歳三、一番隊組長・沖田総司――それぞれが信念と覚悟で組織を支えます。
彼らが人々の心を打つ理由は、ただ強かったからではありません。彼らは、自分の信じた正義のために生き、そして散った。その潔さ、そして理想を貫いた姿が、敗者であっても輝きを放つのです。
新選組は幕末の“治安組織”でありながら、同時に“理想の共同体”でもありました。彼らが掲げた『誠』の精神は、社会の混乱を正すだけでなく、人としての「信じる力」を象徴していたのです。
放送後追記予定:近藤勇が示した理想の「士道」と仲間の絆
放送では、河合敦(多摩大学客員教授)が登場し、史実に基づいて近藤勇の“誠の生き方”をひもときます。
・近藤がなぜ「農民から武士」への道を選んだのか
・土方歳三、沖田総司らがどのように組織を支えたのか
・京都に残るという決断が、どんな意味を持っていたのか
これらのエピソードは、現代にも通じる“信念の物語”として紹介される見込みです。放送後には、番組の具体的な内容とともに更新し、彼らの人間的な魅力をさらに掘り下げます。
まとめ:時代が呼び、彼らが応えた
この記事のポイントは以下の3つです。
・近藤勇たちは、身分制度の崩壊期に「志」で生きる新しい武士像を築いた。
・新選組は、秩序と信念を守る“庶民の武士団”として社会の不安を支えた。
・彼らの生き様は、現代にも通じる「誠実に生きることの尊さ」を教えてくれる。
彼らの物語は、単なる過去の伝説ではありません。身分も、時代も、環境も関係なく、信じるもののために行動する勇気を私たちに問いかけています。
「誠の旗」は、今もなお私たちの心の中に掲げられているのです。放送後の追記では、さらに具体的な史実や名場面を紹介します。どうぞお楽しみに。
出典:NHK総合『歴史探偵 新選組エピソード・ゼロ』(2025年10月15日放送)
https://www.nhk.jp/p/rekishitantei/
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