虫の声は「癒しの音」?科学が解き明かす理由

秋の虫が鳴く理由は、ずばり“生きるため”。スズムシやコオロギなどのオスは、メスを引き寄せるために鳴きます。あの心地よい音は、実は“愛のメッセージ”であり、種をつなぐための命がけの行動なのです。
しかし、聞く側の私たち人間はなぜ、その音を「うるさい」ではなく「癒される」と感じるのでしょうか。東邦大学と国立環境研究所(NIES)の共同研究によると、虫の鳴き声には人の脳をリラックスさせる効果があることが確認されています。
この実験では、スズムシ・エンマコオロギ・キンヒバリ・カンタンなど複数種の虫の声を組み合わせた音源を被験者に聴かせ、その時の脳波や心理的変化を測定しました。その結果、虫の種類が多いほど「好ましい」「落ち着く」と感じる傾向が強まり、同時にα波(リラックス時に出る脳波)の増加が見られたのです。
これは、虫たちの音がそれぞれ異なる周波数やテンポを持っており、それが自然界の“ハーモニー”をつくり出すからだと考えられています。たとえば、スズムシは高音で短く鳴き、コオロギはやや低音で間隔を広く取ります。この音の重なりが、単調ではない「自然なリズム」を生み、聴く人の脳を心地よく刺激するのです。
さらに、虫の鳴き声は“自然音”の一種でもあります。波の音や風の音、鳥のさえずりと同様に、一定のリズムとゆらぎを持つ音は、人のストレスを軽減し、自律神経を整える働きがあることが分かっています。つまり虫の声は、人工的な音にはない「癒しの周波数」をもっているというわけです。
日本人だけが“虫の声”を「音楽」と感じる?

虫の声に心を動かされるのは、どうやら日本人特有の感性のようです。海外では「虫の声=雑音」とされることが多く、リラックス音として扱われることはほとんどありません。ではなぜ、日本人だけが虫の声を“風流”と感じるのでしょうか?
それは、言語と思考の仕組みに関係しています。近赤外分光法を用いた脳科学の研究によると、日本語を母語とする人は虫の鳴き声を左脳(言語を処理する部分)で分析する傾向があることが分かりました。一方、英語を母語とする人は右脳(音楽的・感情的処理)で受け取る傾向があります。
つまり、日本人は虫の鳴き声を「意味のある音」「声」として理解し、外国人は「環境音」として聞くという違いがあるのです。たとえば、私たちは虫の声を聞くと「秋だな」「静かだな」と“情景”を想像します。これは虫の音を“言葉のように解釈”している証拠です。
この感性は、古くからの文化にも深く根づいています。平安時代の『源氏物語』や『枕草子』、さらに和歌や俳句にも「虫の音」は頻繁に登場します。「秋の夜長」「虫の声」は、季節の移ろいや人の心の寂しさを表す象徴でした。文学や音楽の中で長く磨かれてきたこの美意識が、今の私たちにも受け継がれているのです。
また、神道やアニミズム(自然のすべてに魂が宿るという考え)の影響も大きいといわれます。虫の声を“生き物の息づかい”として尊ぶ感性が、「雑音」ではなく「声」として受け取る文化を育てたと考えられます。
「自然と共に生きる」心が庭を生んだ
今回の放送テーマのひとつ、「人はなぜ庭をつくるようになった?」も、この虫の声の感性と深くつながっています。
人が庭をつくるようになったのは、自然と距離をとるためではなく、自然と共に生きるためでした。古代メソポタミアでは庭は神への祈りの場、ヨーロッパでは権力の象徴でしたが、日本の庭は違います。日本では、枯山水や露地庭など、自然の縮図を自分の暮らしの中に取り込む発想が発展しました。
庭で虫の声を聞き、風の音を感じ、月を眺める――そうした営みそのものが、日本人の「自然と心を通わせる文化」を象徴しています。つまり、庭は“静かな対話の場”。虫の声を心地よく感じるのは、人が自然の中にある一部としての自分を感じ取る瞬間なのかもしれません。
心で聴く“虫の音”がくれるもの
虫の声は、ただの背景音ではなく、季節や生命のサイクルを感じさせる“自然からのメッセージ”。忙しい現代社会では、静かな夜に耳を傾ける時間さえ減っていますが、ほんの数分でも虫の声を聞くだけで、心の緊張がゆるむのを感じる人は多いはずです。
『チコちゃんに叱られる!』では、科学的な分析だけでなく、チコちゃんらしいユーモアを交えながら、「なぜ人は自然の音に惹かれるのか」という根本的な問いにも迫るでしょう。若村麻由美さんと屋敷裕政さんがどんなリアクションを見せるのかも楽しみです。
まとめ
この記事のポイントは次の3つです。
・虫の声はオスの求愛行動による“命の音”であり、複数種の音が重なり合うことで脳にリラックス効果を与える。
・日本人は虫の声を「意味のある音」として左脳で処理し、文学的・文化的にも情緒を感じる独自の感性を持つ。
・虫の声を愛でる心は、「自然と共に生きる」日本人の文化と庭づくりの精神にもつながっている。
放送後には、チコちゃんが出した“叱られるほど深い答え”を追記予定です。秋の夜、虫の声に耳を澄ませながら、自然と心のつながりを感じてみてください。
ソース:
・東邦大学×国立環境研究所 共同研究(2022年)
・大学ジャーナルオンライン
・note(虫の音とα波研究)
・ウィキペディア『Insects in Japanese culture』
・PMC(脳科学研究論文)
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