未解決事件『ベルトラッキ贋作事件』
約8億円で取り引きされた絵画が偽物だったという衝撃の事実から、被害総額約40億円に及ぶとされるヴォルフガング・ベルトラッキの贋作事件。
世界の美術市場を揺るがしたこの事件は、日本の公立美術館も巻き込み、今も行方不明の絵画が追跡されています。この記事では、事件の本質と、絵画の“価値”とは何かを立体的に理解できる視点をまとめています。
NHK【未解決事件 File.06 詐欺村 国際トクリュウ事件】カンボジアの海外詐欺拠点と“かけ子軟禁”の実態に迫る深層まとめ|2025年11月15日
世界が騙された手口は“模倣”ではなく“創作”だった
多くの偽造事件は、既存作品をまねてコピーするという方法です。
しかし、ベルトラッキはそこから大きく外れた手法を取りました。
彼が行ったのは、
『その作家が描いたかもしれない未発見作品』
を自ら描いてしまうという、過去に例を見ないアプローチでした。
彼が再現したのは「絵の雰囲気」だった
20世紀前半の表現主義、抽象、キュビスムなどの画家たち—
マックス・エルンスト
キスリング
キャンディンスキー
これらの画家の筆致、色彩、構図、画面の重さ、絵具の乗り方まで研究し尽くし、
「この画家が描くなら、こういう作品が存在していてもおかしくない」
と専門家が納得してしまうレベルの“空気感”をつくりあげたのです。
来歴(プロヴェナンス)もゼロから作り上げた
彼は絵だけを偽造したのではありません。
・戦前から存在していたとされる架空コレクターの設定
・古い紙を使った偽造ラベル
・写真加工による「昔から家にあった風」の家族写真
・倉庫に眠っていたという偽ストーリー
これらを徹底し、絵の“人生そのもの”を作り出しました。
こうして、生まれたばかりの偽物に「100年の歴史」を与え、市場で堂々と流通させていったのです。
鑑定家でも見抜けなかった理由
多くの専門家やオークション会社がだまされた背景には、当時の美術市場の事情がありました。
来歴が“信頼の証”とされすぎていた
偽物であっても、来歴が立派であれば専門家が信じてしまうことがあります。
特に、戦前コレクションのラベルや昔の所蔵写真は“確かな証拠”として扱われがちでした。
科学分析が必ず行われていたわけではなかった
絵具の成分を調べる科学分析は、今よりも一般的ではなく、
「鑑定家の目利き」と「来歴」の2本柱で真贋を判断していた時代がありました。
その結果、
1914年の作品とされた絵から、当時存在しないはずの『チタン白』が検出されるまで長年発覚しなかった
という事態が起きたのです。
日本の公立美術館も被害に遭っていた
報道では、日本の公立美術館が税金を使って購入した作品の中にも、後から偽物と判明したものがあるとされています。
しかし、
・館名
・購入価格
・どの作品か
といった具体的な情報は公にされておらず、まだ明確でない部分が多く残っています。
美術館が購入する場合、「展示実績」や「来歴」が重視されますが、そこに巧妙な偽造が入り込むと、プロの鑑定家でも疑わないことがあります。
行方不明の絵画が多数あるという現実
この事件の恐ろしい点は、発覚した作品のほかに、
『いまも市場のどこかで眠っている偽作が多数存在する』
と考えられていることです。
ある疑惑作品は、
・ヨーロッパで売られたはずの絵の“別バージョン”がドバイで見つかった
という例もあり、2つの似た絵が同時に存在するなど、通常ではありえない状況も生まれています。
美術市場は世界規模で広がっているため、一度流通すると追跡は非常に困難です。
絵の価値を作る“3つの柱”
この事件を通して、“絵画の価値とは何か”が浮き彫りになりました。
① 来歴(プロヴェナンス)
誰が所蔵していたのか、どんな歴史を辿ったのか。
歴史の重みそのものが価値を左右します。
② 技術(絵具・キャンバス・筆致)
素材や技法が時代と一致しているか。
科学分析の重要性が事件後に改めて認識されました。
③ 評価(専門家・美術館・市場)
学術的価値、市場価値、展示歴などが加わって絵の価値が形づくられます。
ベルトラッキは、この3つの柱すべてを“偽装”することで、世界中を欺きました。
公立美術館にとっての深刻なリスク
公的機関が高額な作品を購入する際、
来歴と鑑定書だけを信じるのは危険だという認識が広まりました。
事件後、
・科学分析の導入
・第三者鑑定
・来歴の再調査
などの動きが世界的に強まり、「本当に信じられる証拠とは何か」が問われるようになりました。
この事件が残した“美術界最大の問い”
ベルトラッキ事件は、世界にこう問いかけています。
『本物とは何を指すのか?』
『絵の価値は誰が決めるのか?』
『“物語”はどこまで信用できるのか?』
技術の巧妙さだけでなく、美術市場の構造そのものが試された事件でした。
まとめ
ベルトラッキ贋作事件は、単なる詐欺事件ではなく、美術界全体を揺さぶった歴史的事件です。
・未発見作品を装う巧妙な創作
・専門家や大手オークション会社を欺く緻密な来歴設定
・日本の美術館への波及
・いまも行方不明の作品が残る現実
・“本物の価値とは何か”という問いかけ
これらすべてが重なり、美術の世界が抱える脆さを浮き彫りにしました。
この放送内容はまだ公開前のため、番組の最新情報は反映できません。
放送後に詳細がわかり次第、この記事をさらに深く書き直します。
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