流氷が運ぶ命のリレー 知床でつながる海と陸の物語
このページでは『シリーズHidden Japan 流氷からの贈り物(2026年1月3日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
日本が世界に誇る野生の王国・知床では、なぜこれほど多くの命が集まり、季節ごとにドラマが生まれるのか。その答えは、はるか北からやってくる流氷にあります。この記事を読むことで、流氷がどのように海と陸を結び、ヒグマやオオワシ、クジラまでを支えているのか、その仕組みと今起きている変化までを一気につかむことができます。
知床はなぜ特別な場所なのか
北海道の東端に位置する知床は、山と海が非常に近く、自然のつながりがはっきり見える場所です。1964年に国立公園に指定され、2005年には世界自然遺産として登録されました。
この地域が特別なのは、森の動物と海の生き物が別々に生きているのではなく、同じ恵みを分け合っている点にあります。ヒグマ、キツネ、オオワシ、アザラシといった動物たちは、それぞれ違う場所で暮らしながら、同じ命の流れの中にいます。
知床では、海で生まれた命が川を通って森へ届き、森の命が再び海へ戻っていきます。この循環が長い時間をかけて守られてきたことが、知床が「野生の王国」と呼ばれる理由です。
秋 海から川へ 鮭がつなぐ命
秋になると、鮭が産卵のために海から川へと戻ってきます。この動きは、知床の自然にとって大きな節目です。川沿いではヒグマが鮭を待ち構え、力強く捕らえます。
ヒグマにとって鮭は、冬ごもり前に体に脂肪を蓄えるための重要な食べ物です。十分に栄養をとれるかどうかが、その冬を越えられるかどうかを左右します。
海岸や川辺ではキツネも鮭やその残りを狙います。鮭はヒグマやキツネに食べられるだけでなく、食べ残しや排せつ物として森に栄養を残します。
こうして、海で育った鮭の栄養は森へ運ばれ、土や植物を豊かにします。秋の鮭は、知床における海と陸を結ぶ象徴的な存在です。
冬 流氷が呼び寄せる猛禽たち
冬になると、オホーツク海から流氷が知床の海岸に押し寄せます。白い氷に覆われた海は、一見すると静かですが、その上空では激しい命のやり取りが始まります。
この流氷の海を目指してやってくるのがオオワシです。世界におよそ5000羽ほどしかいないとされ、そのうち約3分の1が知床とその周辺で冬を過ごします。
早朝、漁師が凍える寒さの中で海へ出て、スケトウダラを水揚げします。産卵のため浅瀬に集まった魚です。漁で取り逃がされた魚を目当てに、オオワシが次々と集まり、そこへオジロワシも現れます。
鋭い爪で魚を奪い合う姿は、空の王者たちの真剣勝負です。
夜になると雰囲気は一変します。満天の星の下、月明かりに照らされた流氷の海でシマフクロウが動き出します。北海道にわずか約100つがいしかいない希少な鳥で、静かな夜の中で獲物を探します。
春 氷の下で始まる大増殖
流氷の役割は、海の表面だけにとどまりません。氷の下には、目に見えない世界が広がっています。
そこにはキタユウレイクラゲやトガリテマリクラゲ、羽ばたくように泳ぐミジンウキマイマイといった不思議な生き物が集まります。それらを狙うのが『クリオネ』です。氷の下でも、食うか食われるかの世界が続いています。
3月下旬、平均気温が0℃を超えるころ、氷の下の海の色が変わり始めます。これは植物プランクトンが一気に増え始めた合図です。
流氷には、シベリアの大地から流れ込んだ鉄が閉じ込められています。その鉄が海に溶け出すことで、オキアミなどの動物プランクトンが急激に増えていきます。1000kmに及ぶ流氷の旅は、命の材料を運ぶ旅でもあります。
夏 海と陸が最高潮を迎える
増えたオキアミを求めて、海は一気ににぎやかになります。ニシンの大群が現れ、その後を追うようにシャチやナガスクジラが姿を見せます。
全長20mを超え、体重50t以上にもなるナガスクジラが集まる光景は、流氷の贈り物が生んだ命の集結です。
海鳥では、オーストラリアから赤道を越えてやってくるハシボソミズナギドリが、次々と海に飛び込みオキアミを捕らえます。
陸では、冬眠から目を覚ましたヒグマの親子が活動を始め、エゾシカを狙う場面も見られます。岩場では昆布が育ち、砂地にはホタテガイが広がります。
天敵のカレイやヒトデから逃げようと水を噴き出して跳ねるホタテガイ、その騒ぎに引き寄せられて現れる巨大なミズダコ。夏の知床は、命の選別があちこちで起こります。
海の恵みは陸へ戻る
海岸で暮らすキタキツネは、潮が引くと岩の間を歩き回り、鋭い嗅覚で獲物を探します。見つけた食べ物は子ギツネに分け与え、親は再び獲物を探しに向かいます。
知床の海は、ときに思いがけない大きな贈り物をもたらします。打ち上げられたクジラです。その匂いに引き寄せられてヒグマが集まり、クジラの栄養を食べます。
やがてその栄養は、排せつ物などを通して森や海へと戻っていきます。知床では、海と陸の間で命が行き来し続けています。
流氷が減ると何が起きるのか
しかし今、この命の輪に変化が起きています。ここ40年でオホーツク海の流氷の面積は約25%減少しました。原因のひとつが地球温暖化です。
流氷は景色の一部ではなく、栄養を運び、プランクトンを増やし、その先にいる生き物を支える存在です。その量が減れば、知床で見られてきた命のリレーも形を変えていきます。
流氷の減少は、海の下から陸の森まで、静かに影響を広げています。
まとめ
知床の自然は、ヒグマやオオワシ、クジラといった目立つ生き物だけで成り立っているわけではありません。はるか北から運ばれてくる流氷が鉄を届け、プランクトンを増やし、オキアミを育て、その先に海と陸の命をつなげています。
『流氷からの贈り物』は、壮大な風景の裏で続く見えないつながりを伝えてくれる物語でした。この贈り物がこれからも知床に届き続けるかどうかは、私たちの未来とも深く結びついています。
【シリーズHidden Japan】西表 生命紡ぐ島|西表島が守る生物多様性とマングローブの森、イリオモテヤマネコとカンムリワシの島|2026年1月2日
知床が「海を含めて」世界遺産に登録された理由 流氷がつくる命の土台

ここでは、番組本編を補足する筆者からの追加情報として、知床がなぜ「海を含めて」世界自然遺産に登録されたのかを、流氷との関係から紹介します。知床の価値は、森の美しさや動物の多さだけでは語りきれません。その根っこには、毎年やってくる流氷がつくり出す、はっきりとした自然の仕組みがあります。
流氷がある海は栄養が集まりやすい
知床の沖にやってくる流氷は、北の海で生まれ、長い距離を移動してきます。この氷が海に浮かぶことで、海水がかき混ぜられ、海の深いところにある栄養が表面まで運ばれやすくなります。春になり流氷が溶けると、その栄養を使って植物プランクトンが一気に増えます。ここが、知床の海が急ににぎやかになる出発点です。
海の豊かさが森の命まで支えている
プランクトンが増えると、それを食べる小さな生き物や魚が集まり、さらに大きな魚や海鳥、クジラへと命がつながっていきます。知床では、この海の豊かさが川を通して森にも届きます。魚を食べた動物が森に戻り、栄養を運ぶことで、ヒグマやワシなどの命も支えられています。海と森が切り離されていないことが、知床の大きな特徴です。
世界でも珍しい「流氷が育てる生態系」
知床周辺は、人が暮らす場所の近くで流氷が見られる世界でも珍しい地域です。この流氷を中心にした自然の循環が、毎年ほぼ同じリズムで繰り返されています。その安定した仕組みと、海から陸まで続く生態系のつながりが評価され、知床は「陸だけでなく海を含めて」世界自然遺産に登録されました。知床の価値は、目に見える景色だけでなく、流氷から始まる命の流れそのものにあります。
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