近代文学と演劇を動かした情熱の原点
このページでは『先人たちの底力 知恵泉選 〜近代文学・演劇を作ったおっちょこちょい〜坪内逍遥(2026年2月3日)』の内容を分かりやすくまとめています。
不器用なのに突き進み、失敗してもまた立ち上がる——そんな坪内逍遥の歩みは、日本の近代文学と近代演劇を形づくった原動力でした。
理想にまっすぐ向き合い続けた姿は、今の私たちにも勇気をくれる物語として心に響きます。
坪内逍遥と『小説神髄』が切り開いた日本近代文学
この回の主人公は、日本の近代文学を文字どおりゼロからデザインした作家・批評家、坪内逍遥です。
逍遥は岐阜県に生まれ、東京で英文学を学んだのち、のちの早稲田大学の前身となる東京専門学校で教え始めます。
そこで生まれたのが、日本文学史を揺さぶった理論書『小説神髄』。1885年ごろに刊行されたこの本は、「これからの小説は、作り話ではなく“生きた人間の心”を描くべきだ」という大胆な主張を打ち出し、それまで主流だった読本・講談・人情噺のスタイルを根底から批判しました。
逍遥は理論だけで終わらず、自ら『当世書生気質』という小説を書き上げ、当時の学生たちの生活や心理をリアルに描こうとします。しかし結果は、必ずしも大絶賛とはいきませんでした。「理屈っぽい」「読みにくい」と酷評され、本人も心を折られるほどの打撃を受けます。
それでも逍遥は、「読者に受けないからやめる」のではなく、「なぜ伝わらないのか」を考え抜きます。この番組では、失敗を真正面から受け止めながらも、冷静に作品を分析し直し、次の挑戦へとつなげていく逍遥の姿が、現代の私たちにとっても“仕事の教科書”のように語られていきます。近代文学の父として称えられる裏側に、何度もくじけそうになった一人の人間の姿があったことが、ドラマチックに浮かび上がります。
シェイクスピアとイプセンに挑んだ近代演劇改革の全貌
文学の世界で道を切り開いたあと、逍遥は視線を舞台へ移し、近代演劇の改革に踏み込みます。キーワードになるのが、シェイクスピアとイプセンです。
逍遥は、シェイクスピア全戯曲の翻訳という途方もないプロジェクトに挑み、『シェークスピヤ全集』全40巻を完訳しました。
その過程で、自ら指導にあたった文芸協会の公演では、『ハムレット』やノルウェーの劇作家イプセンによる『人形の家』などを日本の観客に紹介します。
当時の日本では、歌舞伎や新派が主流で、「心の葛藤」をリアルに台詞で語る近代劇はまだまだ受け入れられていませんでした。逍遥は、舞台装置や演技法、セリフ回しまで欧米の演劇理論を研究し、教壇で語っていた理論をそのまま舞台で実験するかのように、新しい芝居作りに突き進みます。
しかし、その挑戦は決して華々しい成功の連続ではありません。観客には難解に見え、興行的にも赤字がかさむ公演も多く、保守的な演劇ファンからは厳しい批判も浴びます。それでも逍遥は、「日本人が世界に通用する演劇文化を持つためには、この道しかない」と信じて舵を切り続けました。
この回では、欧米の脚本を単に翻訳するだけでなく、「日本語でどうすれば人物の感情が立ち上がるのか」「日本の俳優がどう身体を使えばよいのか」といった、細部にこだわる逍遥の姿が、舞台写真や資料とともに紹介されます。近代演劇という言葉が、抽象的なスローガンではなく、血の通った試行錯誤の積み重ねであることが、強く伝わってきます。
“何をやってもうまくいかない”おっちょこちょいな天才の失敗列伝
サブタイトルにあるとおり、この番組が照らすのは、「何をやってもうまくいかない」おっちょこちょいとしての逍遥です。
自分で小説を書けば酷評され、演劇公演を打てば赤字とトラブル続き。逍遥が中心となってつくった文芸協会では、俳優の養成から公演企画まで大きな構想を掲げたものの、内紛が相次ぎ、最終的には解散へと追い込まれます。
ある意味で逍遥は、「時代の少し先を走りすぎた人」でした。観客も俳優も、まだ心の準備が追いついていないのに、一気に“世界標準”の演劇を持ち込もうとしたため、誤解や反発も生まれます。周囲への伝え方や人心掌握が得意だったわけでもなく、リーダーとしての弱さもたびたび露呈してしまいます。
番組では、こうしたエピソードを単なる失敗談として笑い飛ばすのではなく、「先に走る者が必ず抱えるジレンマ」として掘り下げていきます。うまく説明できないまま暴走してしまう瞬間、周囲の理解が得られず孤立してしまう瞬間……そのどれもが、現代のプロジェクトリーダーやクリエイターが直面する悩みと重なります。
“天才”という言葉からは程遠い、どこか不器用で、人間くさい逍遥の姿が描かれることで、視聴者は「完璧だから道を切り開いたのではない」「失敗まみれでも、時代は変えられる」というメッセージを強く感じる構成になっています。
苦境から生まれた「現場主義」の知恵とリーダーシップの学び
では、逍遥はどのようにして数々の苦境を乗り越えたのか――この回の核心がここにあります。
逍遥の強みは、単なる理論家で終わらなかったことです。教壇で近代文学や近代演劇の理論を語るだけでなく、自分で小説を書き、戯曲を書き、実際に劇団を組織し、俳優に演技を教え、公演の指導まで行いました。
現場で失敗し続けたことで、逍遥は次第に「理論を押しつける」姿勢から、「相手の立場に立って伝え方を変える」姿勢へと変わっていきます。観客の反応を細かく観察し、俳優たちの不安や戸惑いに耳を傾けながら、「日本語の響き」「舞台での身体の動き」「観客の集中力が持つ時間」など、実務的な知見を積み上げていきました。
番組では、逍遥が次第に“現場主義のリーダー”へと変わっていくプロセスが、資料や専門家の解説を通して語られます。
・失敗を冷静に振り返り、原因を「自分の伝え方」に求め直す視点
・長期的なビジョンを持ちながら、小さな改良を積み重ねる粘り強さ
・理論を難しい言葉のままではなく、具体的な演技指導や演出の工夫に落とし込む翻訳力
これらは、現代の組織づくりやチームマネジメントにもそのまま通じる知恵として提示されます。タイトルにある「知恵泉」の名の通り、逍遥の失敗の歴史は、苦境に立つ私たちが汲み取ることのできる“知恵の泉”として描かれていきます。
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館に受け継がれた逍遥の夢
逍遥の挑戦は、彼の死とともに終わったわけではありません。東京・西早稲田に立つ早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称エンパク)は、その象徴的な存在です。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館
この博物館は、1928年、逍遥の古稀と、半生をかけて訳し続けた『シェークスピヤ全集』全40巻の翻訳完成を記念して設立されました。
建物そのものが、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」をモデルに設計されており、正面にはラテン語で「Totus Mundus Agit Histrionem(全世界は劇場なり)」という言葉が掲げられています。
エンパクは現在、古今東西の演劇・映像に関する資料を約100万点所蔵し、アジアでも屈指の演劇博物館として、多くの研究者や学生、観客に開かれています。
番組では、この博物館の成り立ちや展示資料を通して、逍遥が生涯抱き続けた「日本にも、世界レベルの演劇文化の拠点をつくりたい」という夢がどのように形になったのかが紹介されていきます。
・鉄筋コンクリート造の堅牢な構造にこめられた、震災を経験した逍遥の安全へのこだわり
・シェイクスピアだけでなく、歌舞伎や新劇、映画・テレビまで視野に入れた、広い意味での“舞台芸術”へのまなざし
こうしたディテールが語られることで、視聴者は「逍遥の志は、いまも早稲田のキャンパスで息づいている」という実感を持つことができます。
寺島しのぶと平田オリザが語る「今を生きる私たちへのメッセージ」
この回をさらに立体的にしているのが、ゲストたちの視点です。俳優の寺島しのぶ、劇作家・演出家の平田オリザ、そしてエンタメビジネスの専門家・中山淳雄が、逍遥の人生からそれぞれの立場で“今に効く知恵”を引き出します。
俳優の立場からは、シェイクスピアやイプセンのような古典作品を、日本語で、現代の観客にどう届けるのかというリアルな悩みが語られます。逍遥が格闘した「翻訳」と「演技」の問題は、今日の舞台現場でもまったく古びていないことが浮き彫りになります。
一方で、現代演劇を牽引してきた劇作家としての平田オリザは、逍遥の「おっちょこちょい」な側面を、むしろクリエイティブの源泉として評価していきます。周囲に理解されないまま突き進んでしまう危うさと、その危うさがなければ新しい文化は生まれないという矛盾。そこから、「失敗を恐れずに、新しい表現に挑むことの重要性」が、視聴者へのメッセージとして立ち上がります。
司会の高井正智アナウンサーが話をまとめ、番組全体としては、「完璧でなくてもいい。むしろ不器用さを抱えたまま挑み続けることが、時代を変える力になる」という力強いメッセージで締めくくられていきます。坪内逍遥という一人の“おっちょこちょい”に寄り添うことで、視聴者それぞれの仕事や人生に、そのまま持ち帰れる知恵が浮かび上がる構成になっています。
放送内容についてのご注意
番組内容をもとに構成していますが、実際の放送と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
坪内逍遥は、日本の近代文学と近代演劇を切り開いた存在でありながら、数え切れない失敗に悩み続けた人物でした。うまくいかない現実に折れそうになりながらも挑戦を重ね、やがて新しい文化の土台を築き上げます。その姿は、不器用でも前に進むことの大切さを教えてくれる学びそのものです。
Eテレ【先人たちの底力知恵泉】信長の弟織田有楽斎 逃げるが“価値”そして静寂の境地へ|逃げの有楽・戦国時代生き残り術・和睦の知恵・織田信長弟・有楽斎静寂境地・歴史教養 2026年1月27日
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