記事内には、広告が含まれています。

【おとなのEテレタイムマシン】土曜美の朝 野にきらめく生命 日本画家 堀文子|堀文子 ブルーポピーと大磯アトリエが語る“生命の輝き”|2026年2月3日

おとなのEテレタイムマシン
メール購読のご案内

いつも「気になるNHK」をご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、NHKの番組紹介や見どころ、新着情報などをいち早くお届けしています。

スポンサーリンク

野に宿るいのちを追い続けた画家の旅

このページでは『おとなのEテレタイムマシン 土曜美の朝 野にきらめく生命 日本画家 堀文子(2026年2月3日)』の内容を分かりやすくまとめています。

深い森の静けさや草花のかすかな息づかいに耳を澄ませ、ひとつひとつの生命を描き続けた日本画家・堀文子。その視線の先には、名もなき草花の中に潜む“生きる力”がありました。アトリエに差し込む光のように、堀文子の世界は今も鮮やかによみがえります。

野にきらめく生命を描く 日本画家・堀文子とは

堀文子は、1918年に東京・麹町で生まれ、生涯を通じて自然の営みと小さないのちに心を向け続けた日本画家です。少女の頃は科学者に憧れましたが、やがて絵の世界に進み、女子美術専門学校(現・女子美術大学)で日本画を学びました。植物研究室で農作物を観察・記録する仕事にも就き、そこで培った観察眼が、細部まで描き込まれた花や草の表現につながっていきます。

戦後は、新しい日本画を目指す創造美術や創画会で活躍し、強い線と構成力のある作品を次々と発表しました。その一方で、自然の中に身を置きたいという思いから都会を離れ、神奈川県の大磯に拠点を移します。ここで四季の移ろいや、庭に咲く草花、野鳥の姿などを静かに見つめる暮らしを続けたことが、「野にきらめく生命」というテーマへと結びついていきました。

堀文子の生き方を語るうえで欠かせないのが、「群れない、慣れない、頼らない」という信条です。誰かに合わせるのではなく、自分の目で見て、自分の足で現場へ行き、自分の手で描く。この孤高の姿勢が、野に咲く小さな花や名もない虫たちを、ひとつひとつ尊い存在として描き出す力になっています。

NHKアーカイブ企画 おとなのEテレタイムマシン の見どころ

おとなのEテレタイムマシン は、NHKの膨大なアーカイブから選ばれた名作番組を、リマスター映像で現代に届けるシリーズです。今回取り上げられるのは、1996年に放送された教養番組「土曜美の朝」の一編、「野にきらめく生命 日本画家 堀文子」です。NHKが長年撮りためてきた美術番組の中から、時代を超えて見てほしい回として選ばれていること自体が、この画家への評価の高さを物語っています。

番組では、スタジオ解説よりも、堀文子自身の言葉や制作風景、アトリエでの時間が中心になります。絵の技法を説明するというより、「なぜ野の花を描くのか」「なぜ小さな命に惹かれるのか」といった内面の問いに迫る構成で、画集や展覧会カタログを読むだけでは見えてこない、画家の息づかいが伝わる作りになっているのが大きな魅力です。

また、1990年代当時のインタビュー映像には、100歳まで生きた堀文子の、まだ中年〜壮年期の精力的な姿が収められています。後年の回顧展や書籍で知った人にとっても、「命の画家」と呼ばれるようになる前夜の表情や声に触れられる、貴重な記録といえます。

大磯アトリエで向き合う、名もなき草花と いのち の気配

番組の重要な舞台となるのが、神奈川県大磯町のアトリエです。海と丘陵に挟まれた温暖な町で、堀文子は1967年頃から暮らし始めました。庭には「高麗ホルトノキ」と呼ばれる大木が立ち、再開発で伐採されそうだった木を守るために、堀がその土地を買い取って残したというエピソードも知られています。

この大磯のアトリエでは、庭先に咲く名もなき草花や、季節ごとに現れる小さな虫、野鳥の姿が、日々のモチーフになりました。ささやかな雑草であっても、画面の中では主役として描かれ、葉の一枚、花弁の一つひとつに、繊細な線と色が注がれます。こうした姿勢は、その後、箱根・芦ノ湖の成川美術館で開かれた「収蔵品セレクション 第1回 〜野に咲く花たち〜」などの展示からもはっきりと読み取れます。トスカーナや軽井沢で出会った野の花を描いた作品と並び、大磯での観察から生まれた作品群が紹介されています。

番組でも、アトリエの窓辺や庭を歩きながら、堀文子が「どんな花にも、生きている理由がある」「目立たないものほど、よく見てあげたくなる」といった趣旨の言葉を語る流れが軸になっていきます。身近な草むらに宿るいのちの輝きに気づかせてくれるのが、この回の大きな見どころです。

軽井沢とトスカーナ、旅する画家が見つけた 野に咲く花 の宇宙

堀文子の「野にきらめく生命」は、日本の庭先にとどまりません。長野県の高原リゾート軽井沢や、イタリア中部のトスカーナにもアトリエを構え、季節ごとに拠点を移しながら制作を続けました。軽井沢では高原の植物や森の風景を、トスカーナでは麦畑や丘陵の自然を描き、その中に自生する野に咲く花を丁寧に追いかけています。

箱根・芦ノ湖成川美術館で開催された「堀文子 収蔵品セレクション 第1回〜野に咲く花たち〜」では、「トスカーナの麦畑」など、ヨーロッパでのスケッチをもとにした作品も展示されました。広大な風景の中に、そっと描き込まれた小さな植物たちが、画面のリズムをつくり、遠く離れた土地でも、堀にとっての主役はやはり「名もなき草花」であることがわかります。

番組では、こうした旅のエピソードも織り込みながら、「自分の目で見るために旅に出る」「観光地ではなく、畑の片隅にこそ描きたいものがある」という、堀文子ならではの視点が紹介されます。華やかな観光名所ではなく、人の目に留まりにくい場所にこそ光を当てる姿勢が、画面に充満する静かな緊張感につながっています。

幻の花ブルーポピーからミジンコまで、堀文子の「命の画家」としての軌跡

堀文子が「命の画家」と呼ばれる大きな理由のひとつが、ヒマラヤの高山植物ブルーポピー(青いケシ)を追いかけた旅です。80歳を過ぎてから、標高4,000〜5,000メートル級の山へ自ら足を運び、酸素ボンベを使いながら「幻の花」とも呼ばれるブルーポピーに出会い、それをもとにした作品を制作しました。

このブルーポピーの絵は大きな反響を呼びましたが、堀は「命がけで出会った花だから」と、同じモチーフを繰り返し商業的に描くことを拒み、二枚目を描かなかったと伝えられています。ここにも、「群れない、慣れない、頼らない」生き方が貫かれています。

晩年になると、堀の興味はさらにミクロな世界へと向かい、顕微鏡でミジンコやプランクトンの姿を観察し、その形や動きを日本画に落とし込んでいきました。身近な雑草や虫、見えないほど小さな生物まで、「生きているものはすべて尊い」という視点で描き続けた軌跡が、「野にきらめく生命」という番組タイトルそのものを体現しています。

再放送でよみがえる「土曜美の朝」―今あらためて見る価値がある理由

今回のおとなのEテレタイムマシンでの再放送は、単なる懐かし番組のアンコールではありません。100歳まで絵筆を握り続けた堀文子の人生が完結した今、1996年当時の言葉や表情を見直すことで、「なぜここまで一貫して“いのち”を描き続けたのか」が、より深く理解できるタイミングだからです。

視聴のポイントは、大きく三つあります。ひとつめは、アトリエや庭でのさりげないしぐさや、花に触れる手つきなど、言葉にならない「観察する姿勢」に目を向けること。ふたつめは、「群れない」生き方を貫きながらも、どこかユーモアと柔らかさを感じさせる語り口に耳を澄ませること。三つめは、画面に映し出される作品の細部を、できるだけじっくりと見ることです。

命の画家と呼ばれたひとりの日本画家の人生を通して、「小さなものを大切にするとはどういうことか」「目立たない存在に、どう光を当てるのか」という問いに向き合える一本になっています。美術番組としてはもちろん、これからの生き方を考えるヒントとしても、見逃せない内容です。

ご注意とまとめ

番組内容は事前情報をもとに記載しているため、実際の放送と一部異なる場合があります。

堀文子は、野に咲く草花や小さないのちに寄り添いながら、生涯を通して自然と向き合い続けた日本画家です。大磯のアトリエでの日常から、国外の旅で出会った植物まで、どれも「生きる力」を見つめる視線で描かれてきました。今回の特集では、その創作の背景や言葉が紹介され、作品に込められた思いがより鮮やかに伝わります。

【おとなのEテレタイムマシン】現代ジャーナル 河合隼雄の最終講義〜こころを探る〜|コンステレーション心理学を日本語で読み解く“こころの星座”と1992年の講義回顧|2026年1月31日


気になるNHKをもっと見る

購読すると最新の投稿がメールで送信されます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました