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NHK【ゴッホが日本にやってきた!】東京都美術館のゴッホ展2025|家族がつないだ夢と日本初公開の手紙|2025年9月23日

ゴッホが日本にやってきた!家族がつないだ夢と名画の秘密

「ゴッホの絵は知っているけれど、なぜ世界中の人々が彼にこれほどまでに魅了されるのだろう?」と感じたことはありませんか。あるいは、「なぜゴッホ展は日本で開催されるたびに長蛇の列ができるのか?」と疑問を持つ方もいるでしょう。答えはシンプルでありながら奥深く、家族がつないだ強い絆にあります。

今回のNHK総合『ゴッホが日本にやってきた!〜名画の誕生と家族〜 東京編』では、上野・東京都美術館で開幕した「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」にスポットを当てました。展示には世界各地から集められたゴッホの名画30点以上が来日し、日本初公開となる直筆の手紙も登場。ゴッホの芸術だけでなく、家族の支えがどのように彼を巨匠へと導いたのかを紐解く特別な内容でした。

27歳で聖職者の道を捨て、画家を志す

若き日のフィンセント・ファン・ゴッホは、牧師を目指してベルギーの炭鉱町に赴任しました。炭鉱夫やその家族の生活に寄り添い、布教活動を行いましたが、あまりに熱心すぎて周囲と衝突し、わずか数年で職を失います。失意の中、27歳で「芸術によって人々を救う」ことを決意しました。

その背中を押したのが、弟のテオドルス・ファン・ゴッホ(テオ)です。美術商として働いていたテオは、兄の才能を信じ、生活費や絵の具代を工面し続けました。兄から届く手紙には「人間のささやかな痕跡を絵に残したい」という言葉があり、炭鉱夫や農民といった名もなき人々を描くことに情熱を傾けた姿がうかがえます。

芸術の都・パリで色彩を開花させる

32歳でパリに移り住んだゴッホは、印象派の画家たちと交流を深め、彼らから新しい光の表現や筆づかいを学びます。弟テオの支えで暮らしながら、ゴッホはひたすら花を描き続け、独自の色彩感覚を磨いていきました。

今回の展示で特に注目されているのは、日本初公開の画家仲間への手紙です。その中には、孤児を描く難しさや社会的に弱い立場の人々へのまなざしが綴られており、単なる芸術家としてではなく「人間としてのゴッホ」が強く伝わってきます。

アルルで見つけた光と自然への共感

34歳で南仏アルルへ移ったゴッホは、『種まく人』『耕された畑』など、自然と人の営みを温かな視線で描きました。ゴッホにとって自然は単なる風景ではなく、人が生きる土地そのもの。大地を耕し、種をまく人々の姿に深い共感を抱いていたのです。

彼はこの地で「画家の共同生活」を夢見て、尊敬するポール・ゴーギャンを呼び寄せました。しかし、理想とは裏腹に2か月で対立し、共同生活は破綻。ゴッホは心に大きな傷を負い、精神的に不安定になっていきます。それでも彼は「絵画で人を慰めたい」という信念を手紙に書き続け、創作の手を止めることはありませんでした。

療養院で生まれた傑作

36歳、ゴッホはサン=レミの療養院に入ります。心の治療を続けながらも、調子の良い日は制作をやめませんでした。『オリーブ園』では、細かな筆触で光を取り込み、リズミカルに配置された木々が生き生きと描かれています。

この時期、弟テオに子どもが誕生し、甥に「フィンセント・ウィレム」と名付けられました。これを喜んだゴッホは『花咲くアーモンドの木の枝』を描いて贈り、家族愛を象徴する作品として今日まで語り継がれています。今回の展覧会では、この名画を取り入れたイマーシブ空間が来場者を魅了しています。

最期の地・オーヴェルでの怒涛の創作

37歳でオーヴェル=シュル=オワーズに移り住んだゴッホは、医師で画家でもあったポール・ガシェと交流しながら、わずか2か月で70点以上の油彩を描き上げました。『オーヴェルの教会』や『麦畑』など、短期間で生まれた作品群は迫力に満ちています。

しかし病は回復せず、彼は麦畑で自ら命を絶ちます。享年37歳。その半年後には弟テオも病死しました。

残されたのは、膨大な作品と手紙。ここで登場するのが、テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(ヨー)です。彼女は夫の遺志を継ぎ、手紙を整理して出版、さらにゴッホの絵を世に広めるため大規模な展覧会を開催しました。『ヒマワリ』をロンドンのナショナル・ギャラリーに売却したのも彼女の尽力です。ヨーがいなければ、ゴッホは今日ほどの評価を得られなかったかもしれません。

息子のフィンセント・ウィレムは、オランダにファン・ゴッホ美術館を設立し、作品と資料を守り抜きました。その活動があるからこそ、私たちは今ゴッホの芸術を目の当たりにできるのです。

展覧会情報

今回の「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」は、東京都美術館で12月21日まで開催。その後は愛知県美術館で2026年1月3日から3月23日まで巡回します。日本初公開の手紙や、家族との絆を象徴する名画を間近で鑑賞できる貴重な機会です。

まとめ

この記事のポイントは以下の3つです。

  • ゴッホは聖職者から画家へ転身し、弟テオの支えで創作を続けた

  • アルルやサン=レミで独自の画風を確立し、『種まく人』『花咲くアーモンドの木の枝』などを制作した

  • 没後、ヨーとフィンセント・ウィレムが彼の作品を世界に広め、今も評価を高めている

展覧会を訪れれば、名画の迫力だけでなく、家族の愛と絆がゴッホを巨匠に押し上げた物語を体感できます。芸術は一人の力だけではなく、家族や支えてくれる人々によって未来に残されるものだと強く感じられるでしょう。


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