棚田に息づく未来の暮らし
もしあなたが、日々の忙しさの中で「自然と共に生きるってどういうことだろう」と感じたことがあるなら、岡山県久米南町上籾(かみもみ)という小さな集落の物語は、きっと心に響くはずです。ここには70人ほどの人々が暮らし、山々に抱かれるように広がる棚田があります。その棚田は1200年の歴史を持ち、「日本の棚田百選」に選ばれるほどの美しさです。けれども、この美しい風景の裏では、少子高齢化、耕作放棄地の増加、後継者不足といった課題が重なっています。この記事では、アメリカから移住し、この地で『循環型の暮らし』を実践しているカイル・ホルツヒューターさんと、村の人々が支え合いながら生きる姿を紹介します。
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棚田に刻まれた1200年の歴史と人の営み
上籾地区の棚田は、総面積約22ヘクタール。約1000枚もの田んぼが階段のように山の斜面に並び、四季折々に違う表情を見せます。春には水面が鏡のように空を映し、夏には青々とした稲が風に揺れ、秋には黄金の波が一面に広がる。冬には霜が棚田を銀色に包み込み、まるで自然が描く絵のようです。農家は約40戸。平均年齢は65歳を超え、高齢化の進行は深刻です。それでも、長年培ってきた技と誇りを胸に、住民たちは田を守り続けています。「この景色だけは絶やしたくない」――その思いが、今日の上籾を支えています。
異国から来た一人の男が見つけた「里山の哲学」
そんな上籾に、8年前、ひとりのアメリカ人がやってきました。彼の名はカイル・ホルツヒューター。米国ウィスコンシン州出身、哲学と宗教学を学んだのち、自然と人との関係に関心を持ち、日本で『パーマカルチャー』という暮らしの形に出会いました。和歌山県で自然農法を学び、さらにオーストラリアで循環型の建築や生活技術を体験。その後、日本で博士号(生物資源科学)を取得し、左官技能士一級の資格も持つという、知識と実践の両方を備えた人物です。
2017年、カイルさんはこの上籾に移住し、「パーマカルチャーセンター上籾」を設立。約3.3ヘクタールの森や棚田を拠点に、自然と共に暮らすための実践を始めました。
“耕さない田んぼ”が教えてくれる、自然との対話
カイルさんが挑戦しているのは『耕さない田んぼ』。これは、田を深く耕さず、微生物や虫たちの力を借りて、自然のリズムに合わせて稲を育てる方法です。トラクターを使わない代わりに、手作業で田を整え、水の流れや日照を観察します。「自然には、自ら回復する力がある。それを信じて見守ることが大切なんです」とカイルさん。農薬や化学肥料を使わずに、自然の循環を最大限に活かすこの農法は、環境負荷が少なく、棚田の保全にもつながっています。
こうした取り組みを学ぼうと、国内外から年間300人以上が上籾を訪れます。田植え体験や建築ワークショップ、森の循環講座などを通して、参加者は自然と共にある暮らしを体感します。カイルさんは稲わらを使った『ストローベイル建築』にも取り組み、風土に根ざした建物づくりを広めています。上籾はいまや、「学びの村」「自然の学校」としても注目される存在です。
補助金がもたらした“心の揺れ”
しかし、理想の暮らしの裏には現実の壁もありました。この夏、国が進める『中山間地域等直接支払制度』という補助金の申請をめぐり、村は大きく揺れました。この制度は、農業の担い手が減る中で、山間地の農地を守るための仕組み。地域ぐるみで申請し、協働作業や景観保全を行うことで、支援金が交付されます。
ただ、申請には多くの書類作成や組織的な取り決めが必要で、地元住民にとっては大きな負担になります。「申請の条件が厳しすぎる」「外から来た人が主導していいのか」――そんな意見の食い違いが、静かな村を揺らしました。理想と現実、変わる勇気と守る覚悟。その間で、住民一人ひとりが葛藤しているのです。
カイルさんは、「本当に持続可能なのは技術ではなく“人のつながり”」と話します。補助金の制度をどう使うかだけでなく、どうすれば“共に暮らすこと”ができるのかを、彼と村の人々は模索しています。
限界集落だからこそ見える“希望の芽”
上籾は「限界集落」と呼ばれる地域ですが、その言葉では語りきれない強さがあります。たとえば、田植えや稲刈りの季節になると、若者も高齢者も総出で作業に参加し、作業の後は一緒におにぎりを頬張る。祭りの日には、移住者と地元住民が肩を並べて太鼓を叩く。こうした日常の小さな営みこそが、地域を支える本当の力です。
上籾では、外から訪れる人も「客」ではなく「仲間」として迎え入れられます。カイルさんは、海外の学生や都市部の若者にも声をかけ、「一緒に暮らす」「一緒に作る」体験を通じて、新しいコミュニティの形を育てています。その光景は、まるで小さな未来の縮図。過疎地であっても、人と人がつながれば希望が芽生えるということを、上籾は体現しているのです。
棚田から生まれる未来へのメッセージ
上籾の棚田に立つと、季節の風が頬を撫で、稲の香りが心に染みます。見上げれば山、見下ろせば水のきらめき。その一つひとつが、人と自然の関係を語っています。パーマカルチャーとは、「自然のしくみを学び、暮らしに活かすこと」。上籾の人々は、その思想を日常の中に取り込みながら、次の世代へバトンを渡そうとしています。
カイルさんの言葉にこうあります。「便利さを追いかけるよりも、手を使い、時間をかけ、自然と一緒に生きることの方がずっと豊かなんです」。この村の挑戦は、単なる地域活性ではなく、“生き方そのものを見直す”ための試みなのです。
まとめ
この記事のポイントは3つです。
・上籾地区は1200年の歴史を持つ棚田を抱える集落で、過疎と高齢化の中でも人々が暮らしを守っている。
・アメリカ出身のカイル・ホルツヒューターさんが『循環型の暮らし』を実践し、国内外から多くの人が訪れている。
・補助金申請をめぐる揺れは、地域の在り方を見つめ直す契機となり、「人とのつながり」を中心にした持続可能な未来を探っている。
棚田を守るということは、ただ農地を維持することではなく、人と自然の関係を守ること。上籾での挑戦は、これからの日本の農村がどう生き延びるかを示す、ひとつの希望の形です。
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