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カイル・ホルツヒューターが岡山・上籾へ移住した理由と循環型の暮らし|ETV特集

ETV特集

カイル博士が1200年の棚田で始めた新しい暮らし

2026年9月17日放送のNHK Eテレ「ETV特集 カイル博士と棚田の集落」では、岡山県久米南町上籾に暮らすアメリカ人、カイル・ホルツヒューターさんと地域住民の半年が描かれます。

舞台となる上籾は、美しい棚田が残る一方で人口減少が進む山あいの集落です。そこへ移住したカイルさんは、農業だけでなく自然建築やエネルギー、食、水まで含めた「パーマカルチャー」の実践拠点を築きました。

なぜアメリカ出身の博士が、この小さな集落を暮らしの場所に選んだのでしょうか。

この記事でわかること

  • カイル・ホルツヒューターさんが上籾へ移住した理由
  • カイルさんの経歴と「博士」と呼ばれる理由
  • パーマカルチャーセンター上籾で実践していること
  • 1200年続く上籾棚田が直面している現実

カイル・ホルツヒューターが上籾へ移住した理由

公式動画:Permaculture Center Kamimomi Video Tour 20180202

カイル・ホルツヒューターさんが久米南町を選んだ経緯は、久米南町が発行した広報資料にも残されています。

夫婦で田舎暮らしのできる場所を探していた時、カイルさんは上籾でパーマカルチャーの講師を依頼され、現地に宿泊しました。その際に空き家を見つけ、自治会長から所有者を紹介してもらったことが移住へつながりました。

決め手となったのは、上籾の雰囲気でした。つまり、仕事や研究の都合でたまたま移り住んだのではなく、実際に滞在して土地を知ったことから暮らしが始まったのです。

2017年にはパーマカルチャーセンター上籾を設立。上籾を、自然と共生する生活を実際に試し、学べる場所へと育てていきました。

カイル博士は生物資源科学の博士で1級左官技能士

番組タイトルでは「カイル博士」と呼ばれています。

カイルさんは米国ウィスコンシン州出身。2000年にアイオワ州のルーサー大学を卒業し、哲学と宗教学を学びました。

その後の歩みは、一般的な大学研究者とはかなり異なります。

アメリカで有機農業を学んだ後、2001年から和歌山県で自然農法を研修。さらに赤目自然農塾で学び、オーストラリアではパーマカルチャーデザインやエコビレッジについて学びました。

2011年には日本大学大学院生物資源科学研究科の博士後期課程を修了。自然素材を使った断熱材、特にストローベイルと呼ばれる藁を利用した建築の研究に取り組み、生物資源科学の博士号を取得しています。

さらに2016年には1級左官技能士を取得しています。

研究者でありながら、自分の手で土や藁を扱う左官職人・自然建築ビルダーでもあることが、カイルさんの大きな特徴です。

パーマカルチャーセンター上籾で何をしているのか

パーマカルチャーセンター上籾、通称「パミモミ」は、単なる農園ではありません。

上籾みろく農場協議会は、この場所を持続可能な暮らしの技術・知識・コミュニティを実験、実践、実演する教育の場と説明しています。

活動には、

  • 自然農による野菜作り
  • 不耕起・冬期湛水による米作り
  • パーマカルチャーデザイン
  • 自然素材を利用した建築
  • DIY左官
  • 国内外の参加者を対象としたワークショップ
  • 短期・長期の研修生受け入れ

などがあります。

敷地には棚田や畑、果樹園、森林があり、湧き水も利用されています。食べ物だけでなく、燃料や建築材料まで土地の資源を生かす仕組みを考える場所になっています。

パーマカルチャーは「農法」の名前だけではありません。

土地、水、食、住まい、エネルギー、人同士の関係まで一体として考え、できるだけ循環する暮らしをデザインしていく考え方です。

カイルさんが上籾で行っていることも、米を作ることだけが目的ではありません。棚田と森林、古民家、地域社会まで含め、暮らしそのものを持続可能な形へ組み直そうとする試みです。

なぜ国内外から年間300人が上籾を訪れるのか

NHKによると、こうしたカイルさんの暮らしを学ぶため、国内外から年間約300人が上籾を訪れています。

人口約70人と紹介される小さな集落に、それを大きく上回る数の人が外から訪れていることになります。

その背景には、カイルさん自身が日本と海外の両方で農業・建築・パーマカルチャーを学んできた経歴があります。

パーマカルチャーセンターでは日本語と英語の両方を使った講座にも対応しており、自然農や左官、自然建築を実際に手を動かして学べることも特徴です。

過疎化が進む地域に、観光ではなく「暮らしを学ぶために人が来る」という新しい流れが生まれているのです。

上籾棚田は約1000枚・22ヘクタール

カイルさんの活動を理解するうえで欠かせないのが、上籾の棚田です。

岡山県観光連盟によると、上籾棚田は約22ヘクタール、約1000枚。国の「日本の棚田百選」に選ばれ、現在は「つなぐ棚田遺産」にも認定されています。

所在地は、

岡山県久米郡久米南町上籾

です。

JR弓削駅または誕生寺駅から車で約15分。山の斜面に沿って田が連なり、上部にはため池もあります。

美しい景観そのものが長い年月をかけて人の手で維持されてきた農地です。

美しい棚田を守るだけでは済まない現実

番組が描くのは、理想的な田舎暮らしだけではありません。

NHKは上籾を70人が暮らす集落として紹介し、人が減ったことで棚田の維持が難しくなっているとしています。さらに番組では、中山間地域を対象とする国の補助金申請をめぐり、集落が揺れる様子も記録されています。

棚田は、そこに存在するだけで自然に残り続けるものではありません。

水路の管理、草刈り、田植え、稲刈り、農道の維持など、多くの作業を継続する人が必要です。担い手が減れば、美しい景色だけでなく、長く続いてきた農地そのものを維持する仕組みが弱くなっていきます。

一方で、外からやってきたカイルさんの周囲には、年間300人もの人が訪れるようになりました。

番組が映し出すのは、「移住者が集落を救う」という単純な物語ではなく、昔から住む人と新しく加わった人が、限られた人数で土地をどう次の世代へつないでいくかという問題です。

カイルさんの活動は農業から地域へ広がった

久米南町の広報資料には、カイルさんがパーマカルチャーセンターを運営する一方、地域の消防団にも加入したことが紹介されています。

ここは重要なポイントです。

パーマカルチャーを教えるためだけに上籾へ通うのではなく、実際に住民となり、地域の役割も担うようになったからです。

2001年に日本で自然農法を学び始め、オーストラリアでパーマカルチャーを学び、博士号を取得し、左官技能士となり、2017年には上籾に拠点を作る。

バラバラに見える農業、研究、建築の経験が、現在の上籾でひとつにつながっています。

まとめ

カイル・ホルツヒューターさんが岡山県久米南町上籾へ移住したきっかけは、パーマカルチャーの講師として現地を訪れ、宿泊中に空き家を見つけたことでした。

上籾の雰囲気にひかれて移住し、2017年にはパーマカルチャーセンター上籾を設立しました。

カイルさんは生物資源科学の博士であり、1級左官技能士でもあります。自然農、不耕起の米作り、自然建築などを組み合わせ、土地にある資源を生かす循環型の暮らしを実践してきました。

しかし、その舞台となる1200年の歴史を持つ棚田では人口減少が進み、従来の方法だけでは維持することが難しくなっています。

「ETV特集 カイル博士と棚田の集落」が描くのは、外国人移住者の珍しい田舎暮らしではなく、長く続いてきた集落に新しい人や考え方が加わったとき、地域をどう次へつなぐのかという物語です。

参考リンク


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